第35話 最上層に待ち受けるモノ

 隠し階段は、他の階層と階層を繋ぐ階段と比べると、遥かに長かった。

 ミルいわく、これまで登ってきた十五階層すべてを合わせた程度の高さを、一気に登ったとのことだ。

 また、ダンジョンの外観を思い出す限りでは、この先が最上層である可能性が高いらしい。

 わざわざ隠されていた上、ひたすらに長い階段の先にある、ダンジョンの最上層。

 これはきっと、とんでもなく強いボスとか、大量の金銀財宝が待ち受けているに違いないと、主にリナリアが期待に胸を躍らせ、猫耳と尻尾をひょこひょこ動かしながら突入すると。


 そこは、高い天井を備えた大広間のような場所だった。

 そして、その中央には。

 体長にして十五メートル程はありそうなモンスターの巨躯が静かに横たわっていた。

 鮮やかな空色の鱗に覆われた、爬虫類のような身体。容易く獲物を屠れそうな鋭い爪と牙。折り畳まれているが、ひと目で巨大だと分かる、一対の翼。

 異世界に来てから実物を見るのは初めてだが、断言できる。


 ファンタジーでは定番の最強生物、ドラゴンだ。

 しかしその最強生物は瞳を閉じ、眠るように巨躯を縮こめ、身じろぎ一つすることはなかった。


「あのドラゴン、傷だらけだ……」


 そう呟きを漏らしたのは、リナリアだ。

 リナリアはゆっくりとした足取りで、ドラゴンの元へと近づいていく。そして、傷ついた身体を労るように、優しく撫でた。 

 俺とミルもそれに続きながら、改めてドラゴンを観察する。


 ……確かに、傷だらけだ。

 身を守っていたはずの鱗はどころどころ砕かれているし、よく見れば片翼があらぬ方向に曲がっている。鱗のない腹部にある大きな刺し傷が、決定打だろうか。

 間違いない。このドラゴンは、もう死んでいる。

 恐らく、何者かに殺されたのだ。


「でも……誰が殺したんだ。それ以前に、ドラゴンって殺せるような強さなのか?」


 俺はその疑問を、さっきから隣で黙っているミルにぶつける。


「……このドラゴンは大きさからしてまだ若いですが、それでもレベルで言えばユッキーと同程度の300はあったはずです。元々はダンジョンのボスとしてここに君臨していたんでしょうけど……そんな存在をこうも一方的にフルボッコにできるとなると、人間業じゃないですね」


「つまり……このドラゴンを余裕で倒せるくらい高レベルの奴がここに来たってことか?」


 俺の問いに、ミルは至って真面目な表情で頷く。


「はい。なんならまだここにいる可能性が高いです」


「……? どういう意味だ」


「遺骸を見た限り、このドラゴンが殺されたのは約二週間前。そしてダンジョン周辺でモンスターが大量に出現するようになったのも約二週間前からです」


「それになんの関係が……」


 俺がそう、言いかけたところで。


「あれ? こっちにもまだ部屋があるよ?」


 おもむろに、リナリアのそんな声が聞こえてきた。

 見れば、リナリアは広間の奥、ドラゴンに気を取られたあまり注目していなかった、台座の方にいた。

 台座の陰に隠れて分かりにくくなっていたが、どうやらその裏に別の部屋があるらしい。


「もしかしたら、ここにダンジョンの隠し財宝があるかも!?」


 閃いたとばかりに猫耳を立てるリナリア。

 そのまま、奥の部屋に突入しようとするが。


「待ってください、リナリアちゃん」


 ミルがそれを呼び止めた。


「どうしたのミルっち? あ、べ、別に財宝を独り占めしたりとかは……しない、よ?」


 目が泳いでいたり語尾が疑問系だったりするのが怪しいリナリアだが、多分、ミルが言いたいのはそういうことではない。


「もちろん財宝は私とリナリアちゃんで山分けするんですが、それよりもですね……その部屋から猛烈に臭い悪魔の気配がぷんぷん漂っているので、注意してください」


 なんか当たり前のようにハブられる俺だが、一旦それは置いておくとして。

 ……今こいつ、悪魔の気配って言ったよな。

 カメレオンが現れた時は、騒いだ挙げ句にあの珍獣が出てきて拍子抜けだったが。

 このドラゴンの遺骸を見せつけられた直後だと、冗談だと流すことができない。


 ……ああ、そうか。

 さっきミルが言っていた意味が、ようやく分かった。

 昨晩の仮説も、当たっていたんだろう。

 要するに。

 ダンジョンのボスであったドラゴンをあっさり倒して代わりに居座り、その強大さに畏怖したモンスターが集まってきた結果、大量出現なんて異常事態を引き起こしてしまう元凶となった悪魔が、今ここにいる。

 ……つまり、俺たちは。

 そんな恐ろしい、裏ボス的な存在が待ち受ける場所に、のこのこと足を踏み入れてしまったのだ。

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