第17話 ユッキーのためにご飯作ったり掃除したり洗濯したりとかしてる

「それで、どうしてあんな下半身で物事考えてそうな人たちと一緒にいたんです?」


 ひとまず落ち着くためにと立ち戻った、地方都市ロンドラルの我が家。

 未だかつて、一度として客を招き入れる目的で使用されたことがなかった、一階の応接室にて。

 我が物顔でソファに深く腰掛けたミルが、隣でちょこんと遠慮がちに座る桜色の髪の少女――名はリナリアだと自己紹介された――に向けて、なんともまあ直球でデリカシーのない問いを口にした。


 下半身で物事を考えてそうな人たちとは勿論、つい先刻リナリアを襲おうとしていた、例のチンピラ三人組のことだ。

 まだあの時体感した恐怖心が抜けてないかもしれない、とか配慮出来ないんだろうかこいつは。

 そんなことが出来たら開口一番アホなこと言い出さないか。


 机を挟んで対面して座る俺が自分のことのように申し訳なく思っていると、リナリアは思いのほか事もなげに、ミルに答えた。


「実は私、二週間後までに出来るだけレベルを上げたくって。だから冒険者の人たちとパーティを組んで、効率よくモンスターを狩りたいなって思ってギルドに足を運んでみたんだけど……いざ行ってみたら、どうしたらいいか分からなくなっちゃって」


「確かに、ギルドの空気はなんか独特だからな。うるさく騒いでる癖して、なんか張り詰めた緊張感が漂ってると言うか」


 思い当たる節があり、俺はつい口を挟んだ。

 と、共感出来る人間がいて嬉しいからか、リナリアは柔和な表情とともにうんうんとしきりに頷く。


 その態度に、無理をして振る舞っているような気配はない。

 どうやら純粋に、立ち直りの早い子のようだ……なんて印象を俺が受けている中、リナリアは言葉を続ける。


「あ、まさにそんな感じかな。なんて言うか……いきなりふらっと来て、誰かにパーティ組まないかとか持ち掛けられる雰囲気じゃなかったもん」


「ふむ……そうしてリナリアちゃんが途方に暮れていたところにつけ込んできたのが、あの汚物三人衆というわけですか」


「うん。困ってた私に親切にしてくれて、良い狩り場を知ってるから一緒にパーティ組もうって誘ってくれたの。あの時は私も、顔は変なのにいい人たちだなって思ったんだけど……」


「実はただのチンピラで、危うくちょろまかされそうになったと」


 ミルに言われて、リナリアは苦笑いを浮かべた。


 あっさり騙されたことに、恥ずかしさを覚えているらしい。

 まあそんな風に恥じらえる時点で、先程の件が彼女の心に深い爪痕を残すような事態にまでは至らず、ただの失敗談として認識されている証拠ではある。

 強い子なのか、それともただ鈍いだけなのかは、怪しいものだけど。


 実際あんなことがあった直後なのに、こうしてよく知りもしない人間の家までのこのこ着いてくる辺り、ちょっと無防備な気がする。

 いや、それは流石に言い過ぎか。

 リナリアからしてみれば、俺たちは窮地を救ってくれた恩人なわけで。

 そんな相手に対しても過剰に警戒心を抱けというのは、捻くれが過ぎる。


 俺が黙々と思索に耽っていると、机の下で、いきなり足を蹴られた。


「いてえなおい、俺が何をしたって言うんだ」


「さあ、自分の胸に聞いてみたらどうですかね? このむっつりスケベ」


 ミルを軽く睨むと、どことなく不愉快そうに誹られた。

 また俺を発情してる奴扱いしたいんだろうが、完全に言いがかりだ。


 ……まあ、ミルのことはどうでもいい。それよりもリナリアだ。

 彼女はさっき、俺の琴線に触れる重大なひと言を発した。


 そう、レベルを上げたいと。

 その辺りに関して、レベリングのプロである俺としては、根掘り葉掘り聞かずにはいられない。

 がその前に、鬱陶しくて真面目な話をしようにもやたらとその腰を折りたがる邪魔者を排除しよう。


「おいミル」


「なんですかユッキー」


「お茶」


「……は? いきなり私をこき使おうとか良い度胸ですねユッキー。もしや、ここらで私とユッキーとの間に存在している上下関係を、はっきりと体に教え込む必要があったりします?」


 俺の簡素な要求に対し、ミルはどんと腕を組んで構え、威圧感のような何かを発しているような気がする……が、普段の素行がアホすぎていまいち伝わってこない。


 ただし腕を組んでるおかげで、俺的には割と理想的な大きさと形の胸が寄せ上げられているので、部分的な迫力はものすごいけどと思いつつ、口先ではミルを説得にかかる。


「いいかミル。お前は俺のお助けキャラ……これは間違いないな?」


「ええ。正直不服な面もありますが、それが私のお仕事ですからね」


「じゃあミルは、この店の主であり社長である俺にとって、秘書みたいなもんなわけだ」


「ん……まあ、そうなんですかね?」


「ああ、そうなんだ。そして秘書の仕事と言えば……お茶汲みだ」


「んん?」


「と言うわけで、よろしく」


「なんだか腑に落ちないものを感じますが……私も悪魔じゃありません。家事もまともに出来ない不肖のユッキーのため、別にお茶汲みくらいならしてあげなくもないですよ?」


「お、そうかそうか! いやー、助かる! じゃあ今葉っぱ切れてるから、まずは買ってくるところから頼むわ! 俺実はめちゃくちゃお茶にはうるさいから、街外れの入り組んだ路地裏にある廃屋みたいな建物で、ミイラみたいにしわくちゃで今にも死にそうなババアがやってる店があるから、そこで買ってきてくれ。はいこれ金」


 さっきから首を傾げっぱなしのミルを、俺は引っ張って立ち上がらせ、そのまま部屋の外に追いやろうとする。


 が、扉の前に差し掛かったところで、ミルの二の足に力が入った。


「待ってください……日頃からニート癖が抜けずにだらしのないユッキーのためにご飯作ったり掃除したり洗濯したりとかしてるのは、他でもないこの私ですよね? そんな私だからこそ知ってるんですけど……お茶っ葉、昨日買ったばかりなのでいっぱいあります」


「なん……だと」


 踏み止まるミルに衝撃の事実を告げられ、開いた口が塞がらない俺。

 ミルはむむ、と顎に手を当て考え込むような素振りを見せたかと思ったら、あれ、と何かに気づいたような顔をした。 


「それ以前にユッキーがお茶にうるさいとか初めて聞きましたよ。この前なんて、間違えて庭で刈った後台所に置きっぱなしにしてた雑草で煎れた、お茶とは言えない何かをうっかり飲ませちゃったのに……翌日おなか壊しただけで何も言ってきませんでしたし。第一この街には入り組んだ路地とかありません。妖怪みたいなおばあちゃんが営む店とかも聞いたことないです」


「おい待て今なんかさらっとすごいこと言わなかったか」


「そんなことより! もしかしなくてもユッキー……私に嘘吐こうとしましたね?」


 こちらに反論の余地を与えてくれることなく、問い詰めてくるミル。

 雲行きが怪しくなってきて、俺は額から汗を垂らす。


「ま、まああれだ。言葉の綾ってやつだ。うん、そういうことにしよう!」


「誤魔化しても無駄です。ユッキーが私を無駄なおつかいに行かせて追い払おうとしたことなんて、お見通しですからね」 


「ぐっ」


「ほらやっぱり! しかし何のために……はっ、まさか!」


「……? ひゃっ」


 かっと目を見開いたかと思ったら、リナリアの方に視線を向けるミル。

 そして何を思ったか、いきなり見つめられて子犬のように目を瞬かせていたリナリアに駆け寄ると、後ろからぎゅっと抱き留める。


 驚くリナリアを腕に抱えながら、ミルはまるで刑事が犯人を取り調べでもするかのような緊迫感で告げてきた。


「私がいない間に、お礼と称してリナリアちゃんを毒牙に掛けようとしてましたねユッキー!」


「は、はあ? 何の話だ、お得意の妄想も行き過ぎると……」


「ええい、問答無用です! 何かちょうどいいものは……ありました、性獣撃退ストレート!」


 あらぬ疑いを掛けられ否定しようとする俺のことなどお構いなしに、何かを探すように周囲を見回すミル。

 程なくして、壁際の棚の上にアンティークっぽく置かれていた、誰かよく知らないけどなんか偉そうな異世界人のブロンズ像を引っ掴むと、メジャーリーガーも顔負けの鮮やかなフォームで全力投球してきた。


 レベル9999の投擲によって音速を超えて飛んできた一撃を回避するなど、レベル300の俺には当然不可能。


 誰かよく知らないけどなんか偉そうな異世界人のブロンズ像が顔面に直撃した俺は、勢いに押されて部屋から吹き飛ばされる。

 当てられた側の筈なのに、危険球で一発退場させられる羽目になった。




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