第12話 突き付けられる現実

 当初の予定通り最寄りの街を目指し、無事到着した俺とミル。

 俺の中に、素手で戦うことに対する抵抗感が強くあったのもあり、まずは武器屋へと足を運んだ。


「俺のおすすめはこれだ! 王国軍が正式採用しているロングソード。俺がとある筋から手に入れた、正真正銘の純正品! 切れ味は抜群だ!」


 やたら大きな声で捲し立ててくるのは、この武器屋の店主だ。

 恰幅のいいその体躯は、ただでさえ手狭な空間の中にこれでもかと武器を陳列している店内においては、些か以上に不釣り合いに思える。

 痩せろと言いたいところだが、中年おっさんにはありがちなビール腹っぽいし、まあ難しいだろう。


 ともあれ、俺は店主のおっさんから勧められた細身の長剣を手に取り、感触を確かめようとする……が。


「さっぱり分からん」


 持ってみたところで、何が良くて何が悪いのか、まるで判断がつかない。

 熟練度マックスの戦闘技能スキルをもってしても、武器の良し悪しを見極めようとなると別問題のようだ。


 困った俺は、ミルに視線を投げかける。

 と、ミルは小さく笑いながら、肩を竦めてみせた。


「まあユッキーの場合ならどれでも大丈夫でしょうし、色々試して気に入ったものを選べばいいんじゃないですか?」


 などと、雑なアドバイスを授けてくれたミル。

 まったく参考にならない意見をありがとうと言いたくなったが、流石に自重しておく。


 とりあえずそのまま白銀に艶めく刃を眺めながら、よく手入れされてそうだ……なんて月並みな感想を抱いていると、おっさんが訝しげに声を発した。


「どれでもいいってことはねえだろう。例えば何かしらの戦闘系スキルとか持ってたりしねえのか? もしあるってなら、そのスキルに合わせて武器を決めるのが無難だろうに」


 立派に蓄えた黒い顎ひげに手を触れながら尋ねてくるおっさんに、俺は正直なところを答えた。


「そうは言っても戦闘技能の熟練度最大だからなあ。どんな武器でも一流に扱えるらしいから、多分何でもいけるんじゃないか?」


「戦闘技能の熟練度最大……だと? 馬鹿みてえだが、俺はそういうの嫌いじゃねえぞ! はっはっはっ!」


 よほどあり得ないことなのか、どうやら冗談の類と受け取られたらしい。

 ま、変に騒がれるのもむず痒いし、それならそれでいいか。

 

 俺を面白い奴扱いして興が乗った店主に勧められるまま、多種多様な武器をひと通り手に取った末。

 俺が選んだのは、若干小振りな片手剣と、簡易な盾だ。


 それらに決めた理由は単純。

 かつてのゲーム内における俺が、片手剣と盾を装備しての勇者風スタイルでプレイすることが多かったからだ。

 つまりある意味では、使い慣れた武器というわけである。


 右手に剣を、左手に盾を装備した俺に、おっさんは景気よく告げてきた。


「まいどあり! 剣と盾、合わせて3000ゴールドだ!」


「分かった……じゃあミル、よろしくな」


 俺が手を差し出すと、ミルはきょとんと小首を傾げた。


「ん? 何の話ですか?」


「だってミルって、お助けキャラだろ?」


「まあそうですけど……あ、まさか。だからって、資金面での援助まで受けられると思ってますね? だとしたら大間違いですよ、甘えないでください元ニートのユッキー」


「いやいや、こういうのは最初に多少の金を渡されるもんだろ。今までずっと森の中に籠ってて、衣食住はアニスの世話になったりしていたから困らなかったが……金がなきゃ装備すら買えずに八方塞りになることもあるだろうし。ってことで、ほら」


「いや、ありませんけど」


「まさかお前、着服するつもりか!? 世界を救う使命を背負わせた勇者に対して、ひのきの棒とか少額のゴールドしか渡さないケチな王様はもはや定番だが、神から預かった俺の金をネコババするお助けキャラの駄天使とか聞いたことないぞ」


「だから、そんなお金最初から預かってませんって。第一ここはゲームの中とかじゃありませんからね? 現実とゲームを混同しないでください。それと、流行に乗っかろうとしてるっぽい変なあだ名をつけるのも禁止です」


「え、じゃあ俺はどうやって武器を買うの?」


「それは勿論、自分で稼ぐしかないでしょう」


「は? 自分で稼ぐとか意味が分からないんだが?」


「ニートやってるとそんなことすら忘れちゃうんですか。正直ドン引きですよユッキー……勿論、働くんです」


「働く……だと?」


「どうしてそこでこの世の終わりみたいな顔するんですか。そんなの常識ですよ」


「うっ……というか待て。一文無しからスタートだって言うなら、なんでその辺の説明もせずに武器屋に案内したんだ」 


「勿論、ユッキーの反応を見て楽しむためです」


「お前なあ……!?」


 さらりと言ってのけたミルに、俺が異議を唱えようとしたその時。


 般若と化したおっさんが、思い切りカウンターを叩いた。

 木目が打ち鳴らされる派手な音が狭い店内に響いた直後、ひげで覆い隠されたおっさんの口から、怒号が飛び出す。 


「おい、いい加減にしろよてめえら! ここは武器屋だ、てめえらが夫婦漫才するための劇場にでも見えんのか!? 冷やかしなら出ていきやがれ!」


「いやほんとすみません。あ、でもこいつと夫婦扱いされるのは流石に勘弁願いたいと言うか……あっ」


 さっきまでの気の良さそうな姿はどこへやら。打って変わって怒り狂うおっさんに対し必死に弁明しようとする俺だったが、聞き入れてもらえない。


 言い訳の余地なく、手に持っていた剣と盾を取り上げられた上で、俺とミルは店内からつまみ出された。




「いやあ良かったですねユッキー、世間の厳しさを学べて。これも勉強です、社会復帰するためには必要不可欠だったんですよ」


 武器屋を離れてとぼとぼと歩く俺に、ミルは相変わらずの調子で接してくる。

 流石に今この態度を取られるとイラッと来たりもするのだが、ここは我慢。

 代わりに俺は、建設的な話をすることにした。


「……それで、金を稼ぐにはどうしたらいい。モンスターからドロップしたりはしないのか?」


「そんなわけないじゃないですか。まったくユッキーは重症ですね……そろそろ現実を直視して、働いてください」


「……働くって、どんな仕事をすればいいんだよ」


「まあ、ユッキーには靴磨き辺りがお似合いですかね。あっ、森を歩いてたら汚れちゃったんで、私の靴綺麗にしてください」


「雑用押し付けようったってそうはいかないぞ」


「ありゃ残念」


 気付けばいつものように、アホな方向へと流れていく俺とミルの会話。

 どうしてこうなるんだ……と軽く憂鬱な気分になりかけたところで、俺はあることを思い出した。


「そうだ、冒険者とかいるんだろこの世界。あれはどうなんだ」


「んー、まあ実力があればけっこう稼げる職業ではあるけど、安定しないし危険。やってるのは夢追いの馬鹿かはぐれ者ばかり……というのがこの世界における冒険者への認識です。主な仕事は害のあるモンスターの討伐や盗賊退治、商人の護衛や用心棒。まあ基本荒事ですね」


「実力があれば稼げる、か。それってかなり俺向きじゃないのか? 望んでもいないのにレベルカンストしてるし。あと冒険者っていかにもゲームっぽい肩書きだから、他の職業と比べたらまだモチベも保てそうだしな」


「動機は情けないですが……まあいいでしょう。ではさっそく、冒険者ギルドに行きましょうか。小さめとは言えこの町にもありますからね」


 そんなわけで、俺のとりあえずの進路は決定した。

 ……ニートでレベリング廃人だった俺が職探しとか、異世界は世知辛い。

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