伍朝四夜:ヒを見ぬ者~1~
――私の不安を解き放ってくれますか?――
――彼らを包む
先の見えない永久の暗闇
彼らはいつまで
走り続けていれば良いのでしょうか?
私は知っています
彼らはそれを表現出来ない
そう、本当は
優しい人なのです――
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夜が深まる中、火の番をすべくアーブは焚き火の前で一人眠い目を擦っていた。
レーメとティオは悪意ある者に睡眠を阻まれる事なく、すやすやと寝息を立てている。そんな二人の様子を見守り、アーブは微笑む。
レーメは日中に見せていた心配そうな表情とは真逆に、無防備な寝顔だ。あまりにも可愛らしい寝顔なので、アーブは思わず彼女のほっぺたをつついてしまいそうになった。
ティオはと言うと、手も足も伸ばし放題で、一目見て寝相が悪いというのが判る寝方をしている。ノストの人々に対する不満を露わにしていたティオだが、寝ているときの様子は素直な様子だ。そんな彼を見て、アーブは再び微笑んだ。
街の人々から悪意を受けようが、『成人の儀』で旅をしていようが、アーブにとって彼らはまだ子供に過ぎない。『暁』へ不安を見せるレーメと、街の大人たちへ憤りを隠せないティオ。そんな二人の様子から、人恋しさがよく表れていたとアーブは感じるのだった。
空を見上げると、雲一つない空には満天の星々が輝いている。
星の光を見つめていると音が聞こえてきそうだと、アーブは錯覚する事が多い。そんな星の煌めきに併せるように詩を歌い始めた。
――穏やかな太陽は 数多の生命を
包み込み 照らし見守る
水面に映る 真実は曇りなく
天翔ける彩の橋 奇跡を運び行く
願いの辿り着く場所
留まること 知らず
受け止めた 大地
茜に 染まる
集う願いを 束ねて祈り
沈む太陽に 妖精は眠る――
それは、アーブが昼間に二人に歌った詩の続きだ。
「『暁の丘』……です、か」
ふと呟いて空から視線を下げ、仄かな暖かさを与える火の様子を伺う。
炎の揺らめきを眺めながら、これからどうすれば良いか考えあぐねていた。
騒動に巻き込んでしまった二人がきちんとノストでの用事を終えることが出来るか見届けたい。
そのあとはどうすべきだろうか。妖精の話を追って旅をしていた吟遊詩人は、情報が途絶えてしまったことに戸惑っていた。
「太陽の国、サンシエント」
アーブは頭の中を整理するように、手のひらを炎にかざして独り言ちた。
サンシエントは、レーメたちの生まれ育ったこの国の名前だ。通称、太陽の国と呼ばれている。
「太陽の国には、太陽の妖精が……いるはずです」
子どもたちは妖精の存在を知らないと言っていた。その場では言及しなかったが、本来この国にも妖精がいるべきだということを、吟遊詩人は知っている。
妖精の存在は希少で、妖精が留まる地には彼らにまつわる別名がつけられている。
太陽の妖精が存在する国。
それが、サンシエントが太陽の国と呼ばれる所以だと言うのに、肝心の妖精の所在は不明だ。
「太陽の妖精の存在そのものが、地域によって知られていない理由……」
アーブはかざしていた手を頭上へと思いっきり伸ばした。
「ふう。もう少し、調べてみる必要がありますね。私の勘がはずれていると、良いのですけれども……」
そして、気分を入れ替えようと焚火に薪をくべる。
そんなアーブの頭を、突然ちくりとした小さな痛みが襲う。頭痛は次第にずきずきと頭を打ち鳴らすように痛みを増していったかと思うと、続いて金属音のような高音の耳鳴りがし始めた。
「うっ……!!」
耐えきれなくなったアーブは、痛みを堪えるように俯き小さく呻いてこめかみを抑える。
そして目をつぶり深呼吸した後、眉間にしわが寄った状態の頭を首が許す限りの範囲まで後ろへと倒す。
「はー……」
アーブはかき乱された思考の中、集中出来る限りの意識を利用して周囲の気配を探る。その結果、近くには認識している者以外の気配がしないことが分かり、一旦安堵してみせる。
アーブは気配を探るのを止め、目を凝らして闇に包まれた周囲を見回す。
いつの間にかアーブのそばには大人しい小動物たちがすり寄り、何かに脅えるように震えていた。耳鳴りの向こう側で、どこかで動物が遠吠えをしているようにも感じる。
アーブは目に見える限りの範囲に異常がないことを確認したあと、レーメとティオの様子を一瞥して未だ痛む頭から手を離した。
寝入っている二人はアーブや動物の変化に気づかず、数分前と変わらずに穏やかな寝息を立てている。
二人に何もなかった事に対し、アーブは安堵の溜息をつき警戒を解く。そして、近くに寄ってきたリスを優しく抱き上げる。
大きく波を打つような頭痛と耳鳴りは未だ残るものの、時間が経つにつれ次第に波を引いて弱まっていった。
「……大丈夫ですよ。大丈夫……。どこか……どこか遠い所で、理から外れる者が力を振るっているだけです……。だから、まだ、大丈夫です……」
未だ小さく頭を苛む痛みに堪えながらリスに向かって微笑むアーブは、まるで言い聞かせるように呟いた。
頭痛と耳鳴りが完全に引いてからしばらくすると、周囲に集まっていた小動物たちは少しずつ姿を消していった。
吟遊詩人は吐息を零し、再び空を仰ぐ。
「ああ……」
空には先程と変わらず、多くの星が煌めいている。耳鳴りは止んだが、少し前まで聞こえそうだと思っていた星の音の欠片は、もう聞こえそうにない。
「私は……あなたにいらない心配をかけてしまっていますね……」
アーブが語りかけていたリスは、すでに彼らの元から離れている。
悲観した静かな声色は、風に流れて消えていった。
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