四朝参夜:伝承歌う者~2~

 二人はノストの街の入り口前まで到着した。


 レーメはすでにフードを被り、街中に入る為に形だけの準備を済ませている。


 しかし、二人ともなかなか心の準備を整えることが出来ず、門の前でおよび腰になっていた。いつもは我先にと魔物に飛び掛かるティオも、故郷に関しては消極的だ。


 最初はそわそわと落ち着かない様子の彼らであったが、ついにはどちらが先に入るかで口論し始めた。


「レーメ、先入れよ?」

「ティオが先」

「いやいや、レーメが先だろ。オレが先に入ったら目立つって」

「私が先に入る方が目立つ」


 最終的には二人とも街に入らなければならないため、譲ったところで得をするわけでもない。だが、気が引けてしまった二人は譲り合いを繰り返している。二人同時に入るという選択肢は、今の彼らには存在しないようだ。


 その時。


――始まりを告げる 妖精の奏――


 切なげな歌声が街の中から彼らのいる場所へと流れ始めた。


 最初にそれに気付いたレーメは息を飲んだ。次に彼女の様子に気付いたティオが不思議そうに辺りを見回している。


「??どうしたんだよ?」

「歌が聞こえる」

「……歌?どこから??」

「……」


 歌が聞こえていないティオに対して、街の中を指差すレーメ。彼女の指先を辿って視線を動かした先は、大勢の人で賑わっていた。


「あれ、なんで集まってるんだ?」

「……分からない。でも、あそこから歌が聞こえる」

「なんでだ?」


 ティオは左耳に左手を当て、音に集中する。聞こえてきたのは、人々のざわめきと、その中で微かに聞こえる歌声だった。


「あ、本当だ。あの人集りの中で誰か歌ってるのか?」

「……多分」


 自信がなさそうに頷くレーメの右腕を、ティオは掴んで歩き出そうとする。驚いた彼女は思わず腕を引っ込めようとした。


「……?ど……どこに?」

「ちょっと見に行こうぜ?」

「え……でも……」


 ティオはいつの間にか好奇心に突き動かされていたが、レーメは変わらず気弱な態度を見せている。


 そうして彼女が悩んでいるうちに、人集りに変化が生じた。


 ざわめきが罵声と化したと思うと、群衆の中に中心部に向かって石を投げつけている者が二人の目についた。


「……っ!!」


 その様子を目にしたレーメは身震いし、ティオの背後に隠れた。突然盾の役目を与えられたティオは彼女の態度に戸惑いながらも、人集りで起きている悲惨な状況に腹を立てる。


「なっ、なんだあれ?!何があったのか知らねーけど、石を投げることないだろ!」


 暫くすると、人集りの中心部から金色の髪を煌めかせた人物が飛び出してきた。どうやら罵声や石はその人物に向けられているようで、移動する毎に敵意が収束する位置も変わっていた。


「ど、どうしてそんなに怒るのですか?!」


 同時に何人もの怒鳴り声が発せられているため、どのような騒ぎがあったのか二人には全く聞き取れない。唯一、人集りから逃げ出してきた人物の声だけは聞き取れた。


「な、何?」


 集団で暴力を振るう街の人々に対し、ティオの後ろで脅え続けるレーメが声を震わせて呻く。彼女はこれまで罵倒されることがなかったわけではない。それでも、ここまでの規模の集団による恐怖を受けたことがなく、圧倒されていた。


 ふと、ティオが人集りの方まで走り出した。訳も分からずに非難を受けている金髪の人物の事が見ていられなくなり、いてもたってもいられなくなったのだ。


「やめろよ!!!」


 彼らを分け隔てるように飛び出して手を広げると、大声で叫んだのだった。


「……!」


 レーメは目を大きく見開いて驚愕した。何故ティオがそんな行動に走ったのか、理解できなかったからだ。


 しかし、唖然としたのは彼女だけではない。ティオに庇われた人物も、そして敵意を向けていた人々も、一瞬言葉を失っていた。


 ほんの少しの時間、彼らの空間を静寂が支配する。


「どうしてあんたらは、すぐ人のことを蔑ろに出来るんだよ!!この人が何したって言うんだ!しかも石まで投げることないだろッ!!」


 敵意を向けられた人物を庇うことで多くの視線を一斉に浴びた彼は、回りを見渡して大声で叫ぶ。


 すると、静まり返っていた人々から少しずつざわめきが取り戻される。


「……あれ、ティオじゃないか?!」

「バカのティオだ!!!」

「暁の見すぎで頭がイカレたアホじゃねーか!!!」


 ティオに対して次々と発せられる言葉も暴言しかなかった。何を言っても無駄だ。そう思ったティオは、両手を握りしめて歯を食いしばり、街の人々を睨み付けた。


 レーメはティオに向けられた心無い言葉が、自分の胸に突き刺さるように感じながら、彼の様子を不安そうに見守っていた。


「暁を美化する奴なんか怪我したってかまわねーだろ!!」

「そうだ!暁は俺達を滅ぼす存在だ!そんなモノに憧れるなんて、この人でなし!!」

「ッ!!!」


 放っておくと暴言は強烈さを増していく一方。


 ティオに庇われていた金髪の人物は我に返ると彼の手を引っ張り、レーメのいる門の外まで走り出した。


 街の人々は暴言と物を餞別にするかのように二人を見送っていたが、二人が街の外に出るのを見止めると悪態をつきながらも解散していった。

 不満げにティオの立ち去った方向を見遣り集まって陰口を言う者もいるようだが、レーメたちにとって幸いなことに彼らは深追いしようとはしなかった。


「な、何するんだよ!?まだあいつらに言いたいこと言ってねーんだからな!!」

「そんなことはどうでもいいのです」

「どうでもよくない!」

「私を助けてくださった貴方が怪我してしまうことの方が問題です」


 二人を迎えたレーメは慌てている。ティオの連れてきた人物に髪の毛を見られないよう、フードを両手で掴んで外れないようにしながら、首を横に傾げてティオに問いかけた。


「だ……大丈夫?怪我……ない?」

「全然大丈夫だッ!!!」


 ティオは未だ不満があるようで、語気を強くして返事をする。


 レーメはうろたえながらも、宥める代わりに水袋を差し出す。受け取ったティオは怒りに任せるように中身を一気にあおったかと思うと、中身を自分自身の顔面にぶちまけて、水袋を地面に叩きつけた。


「クソッ!!」

「あっ……」


 レーメが中身が空になった水袋をひっくり返していると、ティオを街の外へと引っぱり出した人物が彼女に話しかけた。


「あら?もう一人いらっしゃったのですね」


 まさか自分にまで話かけられると思わなかったレーメはびくりと体を飛び上がらせかけた。


 金髪の人物はにこりと微笑んではいるが、その額からは汗が滲んでいる。


「あはは……みっともないところをお見せしてしまいました。けれども、助かりました。それに、不愉快な思いをさせてしまって……申し訳ありません」

「あんたのせいじゃないよ」


 ティオは少しだけ落ち着いた様子で、水と棘の緩くなった髪の毛をわしゃわしゃと掻き分ける。そんな様子を眺め、彼の気持ちと髪の毛の硬さは比例しているのだろうかとレーメは思うのだった。


「けれども……私が原因であるとは思います……。彼らはどうしてあんなにも怒っているのでしょうか?」

「一体何したっていうんだよ?」

「それがよくわからないのです。私しがない吟遊詩人で、歌っていたのですが……」

「吟遊詩人……初めて見た」

「見たってお前、なんか他に言い方あるだろ」


 珍しい動物でも発見したかのような物言いで呟くレーメに、ティオがが呆れかけていると。


「あ、『しがない』と言っても、『詩が無い』のではありません」

「……」

「ははははは……」


 二人が凍り付く駄洒落を披露した吟遊詩人が鮮やかに笑ってみせた。しかし、彼らの反応が返ってこない事に落胆したかと思うと、すぐに気を取り直して話を元に戻し始める。


「えー……オホン。私、吟遊詩人で名前はアーブです。私は世界中を巡りながら歌っています。この街では《妖精の歌》を歌いました」

「《妖精の歌》??」

「精霊じゃなくて?」

「……。ええ、妖精です」


 初めて耳にする単語に二人が首を傾げると、アーブはどこか考える素振りを見せた。


「お二人とも、この国の方でしょう?」

「ああ、《成人の儀》で旅してるんだ」

「《成人の儀》ですか。確かこの国……サンシエントの国が推し進めている行事でしたね」

「うん」

「妖精を知らない……のですか……」

「それより、どうやって《妖精の歌》っていうを歌ったらあんな目にあうんだ?」


 顔を見合わせる子どもたちを見て、「確かに、可笑しいですね」と言いたげな表情でアーブは首を傾げた。


 アーブの立ち振る舞いは実に優雅なものだ。衣装を高価なものに着替えでもすれば、吟遊詩人ではなくどこかの上流階級の人間に見えてもおかしくないだろう。

 歳は二十代だろうか。若い顔立ちは中性的ながらも見事に整っており、美形と言えるだろう。腰まで伸ばした金髪を、首の位置で一つにまとめている。

 緑の彩色を主体とした簡素な服装は、長旅をしていたことがわかるくらいに薄汚れている。


 アーブの様子は、どこかアンバランスさを感じさせるものだった。


「そういえば、彼らは《暁》が……と言っていたと思います。《妖精の歌》には一言だけ、暁という言葉があるのですが……」

「ん?暁?なんでだ?」

「妖精の歌で暁?」


 思わぬ単語の登場により、二人は互いに目を合わせて瞬きをする。

 すると、何かを思いついたのかアーブは得意げな表情で微笑み始めた。


「折角です、《妖精の歌》を歌いましょうか?」

「ちょ、ちょっと待て!!」

「はい?なんでしょうか」


 ティオは深刻な表情を向けて、気分良く歌い始めようとしたアーブを制止した。


「ここでやるのは止めた方がいいな。……ノストの街の奴って≪暁≫に関する事をすんげー毛嫌いするんだよ」

「え?!そうだったのですか?!」


 アーブは大きく開けた口を右手で押さえて驚いて見せた。どうやらこの吟遊詩人はノストでは≪暁≫が嫌悪されている事を知らないでいたようだ。


 ティオは深い溜息をつき、レーメは首を傾げた。


「……だからギンは酷い目にあったのかな?」


 アーブは納得した様子で頷いたが、すぐに他にも気になることがあったようで真剣な表情でレーメの顔を見つめた。


「……。ところで、ギンって何でしょうか?」

「吟遊詩人だからギン」

「え?私のことですか?」

「うん」


 名前で呼ばずに職業を略して言うレーメに、今度はアーブが瞬きを繰り返した。

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