弐朝壱夜:二人の旅立ち~1~

 微かな光が、眠るレーメの目を掠めた。時折響く鳥の甲高い鳴き声や囀り声は、家の中に居る彼女の耳にも届いている。


「うーん……」


 周囲の様子に気付いたレーメは目を擦った後ゆっくりと開いた。すると眼前には、見覚えのない天井が視界に広がっている。驚いた彼女は慌て、飛び上がるように起きあがった。


「こ、ここは……?」


 レーメは辺りを見回した。部屋には彼女が生活する上で必要と感じる以上の家具がいくつか置かれている。飾り気のある装飾品は殆どないが、殺風景と言う程でもなく、しかし不要なものが多く点在する。普段使われていない部屋、と言う言葉が良く当てはまりそうだ。頭上に広がる天井どころか、部屋にも彼女の身に覚えは無い。


「うぅ……目が痛い……。頭がぐるぐるする……」


 カーテンの隙間から漏れる朝日は気持ちの良い一日の始まりを告げているが、レーメの頭の調子は最悪の状態だ。


「……目が……痛い……?」


 目を押さえながらレーメは昨日の出来事をやっとの事で思い出した。泣きすぎたあまり、目も頭も痛くなったのだ。


「あ……。泣かないって決めたのに……」


 頭痛と目の痛みと自らの決意の脆さに嘆きながらも、彼女はまだぼんやりとする頭を回転させ、渋々と朝の支度を開始するのだった。




 朝食の準備が整ったと呼び出され、レーメはリビングへ訪れる。昨日夕食をとった場所だ。


「おお、おはようレーメ」

「お……おはよう。ゴルダ……」


 既に席に着いていたゴルダが、レーメに微笑みと朝の挨拶を向けた。彼女の返事はぎこちないが、その表情は嬉しさで顔が綻んでいる。

 昨日と同じ席に座るように促され、レーメは席に着いた。


「お前起きるの遅いなー」


 キッチンからやってきたティオは大皿を手にしている。彼はレーメを見つけると早々に喧嘩を売るような発言を向けた。そんなティオの態度に対して、そんなティオの態度に対して、ゴルダは呆れ返った表情を向ける。


「おはよう。ティオ」


 朝に頭の働かないレーメは、ティオの第一声など気にせずに、腫れた顔を彼に向けた。


「うおぉっ?!」


 レーメの顔を見たティオは体をのけぞって驚きの声をあげる。その大袈裟な反応により、危うく皿を落とすところだった。


「お前、顔腫れすぎっ?!」

「ん」


 ティオはテーブルに皿を置くと、静かに頷く彼女の顔を無遠慮に覗き込んだ。


「大丈夫かよ?」

「いいの」


 あまり見つめないでほしいと思ったレーメは、覗き込まれた顔を逸らして答える。彼女の素っ気ない反応に対し、ティオは小さな溜息をつき昨日座っていた席に座った。


「今日も……サンドウィッチか」


 ゴルダは皿の上に並んでいるサンドウィッチの列を眺めて呻った。


「悪かったな、毎朝サンドウィッチでさ」

「いやいや、悪いなどと言っておらん。毎日中身が違っているからこれはこれで楽しめるぞ!」


 彼の言う通り、背からは色とりどりの具材がはみ出していた。卵であったりトマトとレタスが一緒に挟まっていたりと、様々だ。

 不思議な事に……と前置きするのも可笑しな事だが、どのサンドウィッチにも具材が贅沢に詰まっているが、その中身も見た目も至って普通、平凡だ。一見がさつなティオが作ったとは思えない普通の朝食を眺め、レーメは不思議な物を見た様に目を擦る。


「よし、いただきます……っと」


 ティオはゴルダのフォローを聞き入れずに、少し不機嫌そうな顔で先にサンドウィッチを頬張り始める。ゴルダも続けて食べ始めると、呆然としていたレーメも彼らに倣ってサンドウィッチに手を伸ばした。


「はへ?ほへふはひは?」


 食べ物を口に頬張る三人は、揃って静かに食事を続けていたが、何口か食べたティオが口に物を入れたまま喋り始めた。


「食いながら喋るなといつも言っておるだろ!」


 昨日と似たやり取りをする二人に、黙って視線を向けるレーメ。同じ事を何度繰り返すつもりだと言う呆れ半分、少し楽しそうだと言う憧れ半分だ。


「これに入ってる肉、何かいつもと違ってうまいな?」

「お前が作ったんじゃろ?何言っておるんだ」

「いや、昨日の肉が余ってたから使ったんだよ。調理済みっぽかったけど使っても問題なさそうだったからな」


 そこまで言ったティオは無言で食べ続けているレーメを一瞥する。レーメは彼の視線に気付き、口にしていたサンドウィッチを置いて飲み物を一口飲み込んだ。


「……そのお肉、ハーブ焼きにしたから」

「おまっ……いつの間にそんな事してたんだよ。意外に手が込んでるな……」

「いつも暇だから料理してた」

「へー、じゃあ何でも作れんだ?」

「……」


「そこで何で黙るんだよ」と言いはしなかったが、黙ってしまったレーメをティオは軽く睨み付けた。


「……何でもってわけじゃない」


 彼の視線の意味を読み取ったのか、レーメはそう答えると再びサンドウィッチを食べ始める。

 すると、彼女の曖昧な答えによりやや強制的に会話が終わってしまい、三人の間に再び沈黙が訪れた。


(こいつ口数少ねぇな。オレ、こいつと旅するのか……)


 会話の流れも、旅の生活も、先が読めそうにない。ティオは不透明な未来に向かって頭をうなだれた。

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