ウィンナコーヒーと生徒会室

「東条先生!」

 パタパタと廊下を走る音がして、僕は足を止めた。

「廊下は走るな」

 にこにことした女子生徒が一人、僕の元へ走ってきた所だった。

「すみません!今回の数学のテスト、満点取れました!」

 受け持ちではないクラスの生徒であったから名前は定かではないが、よく質問をしに来てくれた生徒だった。

「よかったな、この調子で頑張れ」

 素直に喜ぶ事が出来て自然と頬が緩む。

「ありがとうございます!」

「どういたしまして」

 ぽっと頬を染めた生徒が後ろを振り向いて歩き出したので、僕も職員室に向かってまた歩き出した。

 教師になって徐々に教師という職業にも慣れ、以前よりも笑顔は増えた気がする。たまに告白なんかしてくる生徒がいるのは困ったものだが。

 職員室に入ると、テストの採点をしていた真波拓という教師と目が合った。僕の席の真正面の数学教師であり、恩師でもある。

「俺の生徒から満点が出たんだが、よくお前に質問に行くらしいな」

「ええ、まあ、そうですね」

 少しヒヤッとして僕は椅子に座る。座るとキィと高い音が鳴った。

「お前も成長したみたいで俺は嬉しいよ」

「あ、ありがとうございます」

 心配は杞憂に終わったようでホッと胸を撫で下ろす。嫌味を言う教師ではないのを昔から分かってはいたが今は立場が違う。気安く昔のように真波と呼べるような関係では無かった。それでもたまにテンションが上がると呼び捨てにしては怒られる。

 真波先生はまた採点を始めたので、僕も次の授業の準備を始める。微積分の授業だ。星川逹がよく難しいと頭を悩ませていたなと思い出した。


 昼休み、僕は生徒会室へと向かった。今日は定例の生徒会執行部の集会があるからだ。僕はそれの担当を任されている。生徒会室に入ると、まだ生徒達は誰も来ていなかった。僕は懐かしい気持ちになって、生徒会室の上部に並ぶ歴代の執行部の集合写真へと目をやる。2028/3/1と書かれたそれには、僕を含めた十数人が並んで笑顔を並ばせている。その中には生徒会長だった桜、副会長の僕、それに委員長の蓮に事務局長の那瑠、副事務局長の逹、書記の葵が含まれていた。そう考えると驚きだ。高校時代に集まって、今でも交流のある僕達六人が生徒会執行部のメンバーであることに。いや、そんな仲間だったから集まったのかもしれない。そんな昔の思い出に浸っていると、現生徒会長である星川有希が生徒会室にノックして入ってきた。星川逹と空野葵の娘である。

「あ、璃音先生、お早いですね」

「そうだな、今日は皆遅いようだ」

「何を眺めてらっしゃったんですか?」

「あ?ああ、昔の生徒会執行部の写真をな」

 僕は少し気恥しい気持ちになって、自分の席へと着いて弁当を広げた。有希も上座である自分の席へと向かって僕と同じようにそうする。

「璃音先生は副会長だったんですよね」

「そうだな、懐かしいよ」

 有希が話しかけてくるので僕も素直に答える。

「桜さんとはその時からお付き合いを?」

 僕はその言葉に噎せた。今の若い生徒が言う付き合うという感覚が分からなかったのだ。

「いや、付き合ってはいなかったよ」

「そうなんですか、驚きです」

 有希は逹の面影を残す笑顔でふふっと笑って箸を取った。こうして有希と世間話をするのはついこの間行われた那瑠の店で開かれた会食以来だ。親友の娘という事もあって、彼女とは打ち解けた関係でいるし、たまに六人で集まる時には決まって顔を出すので、仲は良好と言えよう。そうしているうちに続々と生徒達が集まってきたので、僕達の話はそれっきりになった。

 生徒会執行部会は滞りなく終了し、昼休みを大半残して解散となった。僕としてはありがたい。次の授業の準備が出来るからだ。

 有希がトコトコと駆け寄って来て僕の後をついて来る。どうしたのかと思い立ち止まると、彼女とぶつかった。

 「ふぇ」

 何とも可愛らしい呻き声を出して鼻をさする彼女と目を合わせる。彼女は身長が高く、僕が少し目を下げるだけで目は合った。一体誰の血を引いてここまでデカくなったのやら。

「どうした?」

「いえ、何だかもっとお話がしたくて」

 ふんわりと笑う所は母親譲りだなと思いながら頷いた。

「授業の準備をしながらでも良ければ」

「やったあ」

 子供の様に、いや実際子供なのだが、はしゃぐ姿をみて、やれやれと苦笑する。僕は採点するミニテストと他の教材を持ってまた生徒会室に向かった。そこなら誰にも邪魔されずに話す事が出来るだろう。後から有希を連れ立っているからか、僕の所為なのか分からないが良くも悪くも目立つ。

「さて、何の話をする?」

 僕は採点を始めながら有希に訊いた。しかし有希はニコニコとするだけで何も答えない。どうしたのかと訊くと、特に話したい事は無いが、何かしら話をしたいとの事だ。僕は思案して何かしら話題を探す。

「そうだな…最近数学の点はどうだ?」

「数学ですか、点数は悪くないですけど、最近数Cが難しくて付いていける気がしません」

「Cか、有希は理系だったな、進学希望先でCは使いそうなのか?」

「いえ、使いそうにはないです」

 有希は苦笑してそう答える。九月の頭、そろそろ本腰を入れて生徒指導に当たる期間が始まる。実際有希たち三年のみの延長講習が既に始まっていて彼らが帰る頃には日が暮れている。聖北高校は進学校であるからその力の入れようは凄まじい。

「そう言えば、次期生徒会長との引継ぎも終わって、引退目前で肩の荷も下りただろう」

 九月の第二週には次の生徒会長が決まり、しかもそれは有希の弟である晴樹に決まった、今年度の三年生の生徒会活動も終わりという訳だ。

「そうですね、これで精一杯勉強に打ち込めます」

「進路希望はもう出したのか」

「はい、聖北大にしようと思ってます」

 聖北大も僕達の母校であるし、この学校から一番進学していく人数が多い学校でもある。

「有希の学力ならもっと偏差値の高い学校も狙えるんじゃないか」

 有希は少し抜けている所もあるが学力は高く、二年時には学年から唯一留学も経験し、本当に誰の血を引いたのかと疑いたくなる。僕らが見ていない所で相当努力したであろう事は容易に想像できる。

「いえ、聖北大なら家から通えますし、国立で安いので」

 彼女はにっこり笑って答える。何だか勿体無いが本人の希望を無闇に引き上げる訳にもいかない。

「そうか」

「はい、どうせここまで父と同じ学校を選んだのなら最後まで同じ学校に通ってみるのも悪くないかなあって」

「なるほどな、でも聖北大に魅力的な学部はあるか」

 僕は有希の将来の夢を聞いた事が無かったので、少々不安になる。もちろん聖北大は偏差値こそ低くないが、学部は私立のそこまで多くはない。

「理学部の物理学科志望です」

 僕は失礼ながら笑ってしまった。もしかしてとは思うが。

「蓮に影響されたな」

「あ、バレましたね」

 サラリと肯定された。昔から見ているのだ、僕達六人が集まる時、よく蓮に懐いていたのは昔に限った事では無い。

「しかし蓮と同じ道を選ぶのも大変だぞ、蓮は大学でも相当勉強していたから遊ぶ暇もあまり無かったしな」

「そうなんですか」

「ああ。まあ考える時間は沢山あるし、なりたいものを探すには大学選択はいい機会だ、しっかり悩めよ」

「分かりました」

 有希は僕の手元を覗きながら頷いた。

「先生、教師は楽しいですか」

「ん、まあ高校時代に想像していたものとは全く違っていたが、楽しいよ」

「どんなものを想像していたんですか」

「そうだな、例えば生徒とはもっと触れ合えるものだと思っていたが、こうして居られる時間は少なかったりとか、授業の準備は思っていたよりも難しいだとか、色々あるな」

 僕は採点を続けながら考える。僕が高校生の時は真波先生が担任で、今よりも総合的な時間が多かった。数学の時間がレクリエーション活動に変わった事も少なくなかった。

「なるほど」

 あの頃はとても楽しかったなと考えながら、まあ今でも楽しいのだが、腕時計を見る。もう少しで予鈴が鳴る所だ。

「さあ、授業が始まる、行こうか」

 僕は少々重くなった腰を上げる。こうして生徒と話す時間は貴重である。

「はいっ」

 有希は背中まであるポニーテールを揺らしながら歩き出す。彼女は逹に似ているから、そうしていると那瑠の様だ。

 僕らは途中で別れて、それぞれの教室に入った。教室はまだ騒がしい。あと一ヶ月もすれば彼等にも受験生としての自覚が芽生えて、昼休みも勉強する生徒が増えるだろう。ちらほらと机に齧り付く生徒が見受けられた。

「授業を始めるぞ」


 放課後僕は明日の準備をさっさと終わらせて帰路に就いた。今日は八時から桜と夕飯を外で食べる予定が入っている。僕は徒歩で那瑠の店に向かう。桜の希望だ。桜の仕事の関係上時間は遅くなるが、たまには一人で那瑠と話すのも悪くないだろう。

 聖北高校からそう遠くない彼女の店に数分で着いた。僕は迷わず扉を開けて中に入る。

「那瑠、こんばんは」

「よう、璃音早いな、まだ予約分の席開いてないからカウンターに座っててくれ」

 彼女はそう言って店の中を歩き回る。

「分かった」

 僕は言われた通りにカウンター席に着いた。まだ七時を過ぎた頃だから当分桜は来ないだろう。店内は混んでいて、カウンター以外に開いているテーブル席はない。ちらほらと聖北高校の制服を着て勉強している学生が見える。きっと三年生だろう、ここは学校から近いしコーヒーも他の店に比べたら安いので集まりやすいのだ。僕らの時代は智弘さんの店がそうだった。今彼女は店を閉めているから尚更那瑠の店は混んだ。

「あ、璃音さん」

「え、マジ?」

「こんばんは先生」

 カランカランとまたドアが開いた。そこには星川家の三つ子の姿が。

「こんばんはー」

 よく見ると彼らの後ろに有希の姿も見える。なんて奇遇なのだろう。その声で何人か既に座っていた生徒からの視線を感じる。

「こんばんは、お前らも勉強か」

「一応そうです」

 晴樹がそう答えた。こうして四人が並んでいるのを見るのも何だかいいなと思う。身長も四人とも揃っているし、顔も悪くないので眼福だ。

「お隣良いですか」

「他に開いてないし」

「隣失礼しまーす」

「失礼します」

 彼等は口々にそう言って僕の隣に腰掛ける。有希はにんまりして僕の隣に陣取った。

「璃音さん数学教えてください」

「ああ桜が来るまでな」

「桜さん来るの!」

「嬉しそうだな」

「そりゃもう」

 秋良は相当嬉しそうだ。幼い頃から秋良は桜に懐いていたのを思い出した。夏生はと言えばぼんやりとカウンターの頭上にある電球を眺めている。夏生だけはどうやら天然らしく何を考えているのか未だに掴めない。

「よう、葵のとこの。いらっしゃい」

「那瑠さんこんばんは」

「こんばんは」

「カプチーノ三つとウインナーコーヒーを一つください」

「那瑠さん今日も可愛いですね」

「カプチーノにウインナーコーヒーね、晴樹そろそろいい歳の女性に可愛いは辞めような」

「はーい」

 僕は彼らの会話を聞きながら有希の手元を覗き込む。教えてくださいと言いながら取り出したのは数学Bの教科書、もしかしてはと思うが。

「プログラミングか」

「はい、授業ではやらないのでいつも一人でやるのですが、そろそろ分からなくなって来たので」

「そうか」

 僕は丁寧に分からない所を教えていく。彼女は飲み込みが早いのでスラスラと問題を解く。

「璃音は何を飲む?」

 那瑠は四人分のコーヒーを淹れながら僕に尋ねた。

「僕もウインナーコーヒーにしようか」

「了解」

 那瑠は手際よくコーヒーを淹れていく。僕達は暫しその動きに魅了された。

「おまちどおさま」

 コップの縁から溢れそうな生クリーム。甘いものが好きな僕のために彼女はチョコチップとチョコレートソースをトッピングしてくれた。

「あ、璃音さんのトッピング良いですね」

 有希は僕の前に置かれたコーヒーを見てそう言う。彼女のウインナーコーヒーにはキャラメルソースがトッピングされていた。

「ああ、これが美味いんだな」

「美味しそう」

 僕はスプーンで生クリームを掬って食べる。疲れた脳には甘いものが一番だ。

「さて、続きをやろうか」

「はい」

 僕らが数学Bをやっている間、晴樹は那瑠とお喋りをし、夏生は音楽を聴きながら課題に手を付け、秋良は何やら数列を書いていた。秋良がやっているのはどうやらプログラミング言語の様だ。

 気が付けば八時を回っていた。学生はそろそろと帰りだして、テーブル席は空いていく。そして代わりに呑み目的のサラリーマン達が席を埋めていく。ここは夜には居酒屋に変わるのでそのためだろう。桜は未だに姿を見せない。僕は気になって電話を掛けてみたが留守番電話に繋がってしまった。

「桜さん遅いですね」

 有希が問題を解きながらのんびりと呟く。

「そうだな」

「いつもこんな感じなんですか?」

「ああ、忙しいからな桜も」

 那瑠はテーブル席を一つ予約用にセッティングし終わった所だ。今夜は何を食べさせてくれるのだろう。

「那瑠さんお腹空いた」

 秋良がノートを仕舞い、メニュー表を眺め出した。

「何がいい」

「鶏軟骨の唐揚げと、おつまみキュウリ」

 隣から晴樹が口を出す。

 那瑠は完全に酒のつまみだなと笑いながらも頷いた。バイトの大学生がフライヤーを温め始める。

「今日は迎えに来るのか」

「はい、逹君が迎えに来てくれます」

 有希が答える。

「そうか」

 九時になったら学生は帰さなければいけないなと思っていたが、迎えに来るならいいかと思った。

「こんばんは~璃音電話に出られなくてすみません」

「問題ない」

「いらっしゃい」

 桜が到着したのは九時直前だった。三つ子は鶏軟骨の唐揚げを食べ終わった所だ。

「桜さんこんばんは」

 秋良が嬉しそうに言う。

「あら三つ子ちゃんに有希ちゃんまで」

「こんばんは桜さん」

「じゃあ数Bはまた今度な」

「はい」

 それぞれ口々に挨拶して、僕と桜はテーブル席に移動した。那瑠が料理を運んでくる。

「今日は南瓜の冷製スープにチキンサラダ、アーリオオーリオに赤ワイン。食後のデザートにはレモンシャーベットを用意してあります、他に何かご注文は」

「あ、では食後に私はアメリカンアイスコーヒーを」

「僕はウインナーコーヒーを」

「承りました、ごゆっくり」

 那瑠は伝票に書き込みをしてカウンターに戻る。僕達はそれを見送ってから料理に手を付けた。

 桜はお腹が空いていたのか、いただきますと言うと早速冷製スープに手を付ける。僕も倣って口に流し込んだ。

「今日は何か良いことがあったみたいですね」

「ん」

「顔に出てますよ」

「そうか」

 いつもポーカーフェイスだと生徒から言われているのだが、幼い頃から付き合ってきた彼女の前ではそれも発揮されないらしい。

「今日は久々に有希と長く話す時間があってな」

「ええ、それで?」

「自分の学生時代を思い出したよ」

 あっという間にお互いのスープが無くなっていく。僕は今日あった出来事を簡単に話す。

「それは楽しそうで何よりです」

 僕はサラダにフォークを伸ばして口に運んだ。フレンチソースがちょうどいい濃さだ。

「しかも生徒会室で話したんだが、有希は蓮に憧れているらしくてな」

「昔から懐いていましたからね」

「ああ、僕は全部桜と同じ学校で進路を選んでいたから、その気持ちがわかるよ」

「ふふ、そうでしたね」

 桜はパスタを器用にクルクルと巻いている。

「生徒会室ですか、懐かしいですね。まだ集合写真は残っているのですか」

「ああ、残っているよ」

「もう二十年は経ったと言うのに、恐ろしい」

 クスクスと笑う彼女。あの頃とちっとも変わらない笑顔に心が安らいだ。

「本当に桜は老けると言う事を知らないな」

「誉め言葉として受け取っておきます」

「ああ」

「貴方はいい父親の顔になりましたよ」

 僕らには今年五歳になる息子、誠がいる。今頃千晶の家で彼女の子供達に遊んで貰っているだろう。

「そうか」

「ええ」

 桜はにっこり笑う。何度この笑顔に癒され、救われてきただろう。

 食事が終わり、赤ワインが底をついた所で、バイトの子がコーヒーとシャーベットを持って来てくれた。空になったお皿も片付けてくれる。

 店内を見渡すと那瑠と目が合った。軽く微笑んでくれた彼女に僕も笑みを返す。

 ウインナーコーヒーには先程とは違うトッピングが添えられていた。キャラメルソースだ。有希が此方に向かって手を振っている。桜と僕は手を振り返して、コーヒーに口を付けた。丁度良い温度だ。

 桜はシャーベットを一口食べると幸せそうな顔をした。良い笑顔だ。

「美味いか」

「美味しいです」

 そうしてまったりとした時間を過ごしていると、逹が店に入って来た。迎えに来たのだろう。こちらには気が付いていないようで、有希や三つ子、那瑠と話をしている。

「逹もいい父親だな」

「そうですねえ、よくあそこまで育てたと思いますよ」

「四人ともいい子だからな」

「ええ、そう思います」

 那瑠が此方に向かって手を差し伸べたのを見て、やっと逹が僕達に気が付いた。彼は手を振ってコーヒーを片手に寄ってくる。

「久しぶり、一ヶ月振りくらいかな」

「お久しぶりです」

「久しぶり、そうだな」

 彼の持っているコーヒーはバニラ・ラテだ。ふんわりとした甘い匂いが漂う。

「なんか有希が今日はお世話になったみたいで」

「ああ、話をしただけだ」

「それでも有希は満足そうだったからさ、サンキューな」

「こちらこそ楽しかったよ」

「それならよかった」

 彼は爽やかに笑って、邪魔したな、と言うと有希の隣に戻っていく。

「バニラ・ラテも美味しそうですね」

「ん、そうだな」

 此処のコーヒーはどれも美味しいから、きっとそれも美味しいだろう。僕達は空になったカップを暫し眺めてから、伝票を持って立ち上がる。そろそろ誠が寝る時間だ、迎えに行かなければならないだろう。

「那瑠、ご馳走様です」

「お会計を」

「おう、美味しかったかい」

「もちろん」

 桜と那瑠が会話している間に僕は会計を済ませて荷物を持つ。桜の鞄には書類がぎっちり詰まっていて少し重たい。持ち帰ってまだ仕事をするつもりだろうか。

「じゃあ、また来るよ」

「お邪魔しました」

 僕達は那瑠たちに挨拶をして店を出る。外の空気は涼しく、残暑とは程遠い。

「さて、千晶の家に寄ろうか」

「ええ、こうして二人で学校の近くを歩くのも久しぶりですね」

「そうだな」

 僕達は心地よい沈黙に身を任せながら歩いた。あちこちで秋の虫が鳴いている。

 千晶の家に着くと誠が真っ先に出て来て桜に抱き着いた。恋しかったのだろう。僕達は千晶に礼を言って、誠を真ん中にして手を繋いで帰った。

 明日はどんな生徒と話が出来るだろう。それが楽しみだった。

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