第38話 大司教の審問
「いいえ。私の心はもう彼に向くことはありません。」
ヤースミーンは必死に大司教に訴えるが、大司教は耳を貸さない。
『ならば、ブレイズとシマダタカシのどちらか一人を選ぶとしたら。だれを選ぶ。』
ヤースミーンは沈黙した。そして長い時間が経ったように感じられた後でぽつりと言った。
「私はどちらか一人と言われたらシマダタカシを選びます。」
謁見室を沈黙が支配した。まるで悪いことをして審問されているようだと貴史は考えた。そして、それに応えるように、大司教の声が頭の中に響いた。
『すまなかった。ちょっと確かめておきたかったのだ。もとより君たちの望みはすべてかなえることがハインリッヒの触書にも定めてある。望みどおりに3人は再生する。』
ヤースミーンの顔がにわかに明るくなった。
「本当ですか。」
『本当だ。これから係りの者に準備をさせよう。』
大司教の「声」に呼応して侍従たちが走り回って準備を始めた。ある者は大司教の前の床に魔法陣を書き、他の者たちは布や儀式の道具らしきものを運んでくる。
やがて、準備が整ったらしく侍従たちがそれぞれの持ち場で待機を始めた時、謁見室は目もくらむような光に満たされた。
目を開けていられないほどにまぶしい光の中で、床の魔法人の上に三体の人型が見え始めていた。
光が薄れていく時には魔法人の上には、貴史が死体として見たことがあるブレイズ、アリサ、ヤンの 三人が横たわっていた。
貴史が長身の美女、アリサの裸身をしげしげと眺めていると右足に激痛が走った。
「何をじろじろ見ているんですか。」
ヤースミーンが貴史の右足を踏んづけていた。
「いや、つい目が向いてしまって。」
貴史とヤースミーンがもめている間に、侍従たちは用意していたトーガを3人に着せて助け起こしていた。
「三人共気が付いたみたいです」
ヤースミーンは侍従達に介抱されているかつての仲間に駆け寄っていく。貴史とタリーもその後を追った。
最初に意識がはっきりしてきたのはブレイズだった。焦点が合っていなかった彼の目はやがて周囲の光景を映し始めたようだ。
「ここは何処だ。」
周囲を見回したブレイズはやがて、ヤースミーンの顔を認めた。
「ヤースミーン、ここは何処なんだ。エレファントキングはどうなった。」
ブレイズは立て続けにヤースミーンに訊ねながら、自分の手のひらを見つめている。
「エレファントキングはこの人達が退治しました。ブレイズ、あなたはエレファントキングの魔法障壁にはじき返された私の火炎の魔法に焼き尽くされて死んだのです。今日、エレファントキングの討伐の褒賞として大司教様にあなた達を蘇らせてもらいました。」
「そうだ。俺は火炎に焼かれ自分の皮膚が溶け落ち、筋肉が焼け縮むのを見た。気が狂いそうな苦痛に耐えられなくて、俺はこの苦痛を取り除いてくれるなら何でもすると願って、逃げたのを覚えている。」
ブレイズは茫然としてつぶやいた。
「傷も火傷も、魔法で治そうとするとそれを受けた時以上の苦痛を感じるからな。」
隣にいたヤンが口を開いた。
「俺は自分の身を盾にしてブレイズを蘇らせようとしたが、お前は苦痛を嫌って逃げた。俺だって半身が焼け焦がされていたが、ブレイズさえ蘇れば形勢を逆転できると信じていたんだ。結局、お前は戻ってこないまま、俺はエレファントキングに背後から斬られたんだ。」
何だか雲行きが怪しかった。せっかく再生されたのに、死ぬ間際の記憶のせいで仲間割れが始まりそうだ。
「やめなさいよ。ヤースミーンが復活させてくれたというのなら、死んだときのことなんか忘れて水に流しなさい。」
アリサが、大人びた雰囲気で二人をたしなめると立ち上がった。何気なく振り返った彼女は、大司教の姿を認めると驚愕の表情を浮かべて後ずさった。
「ヤースミーン何なのあの化け物は。」
ヤースミーンは慌ててアリサの言葉を遮った。
「アリサ、大司教様ですよ。ちゃんとお礼を言わないと。」
ブレイズとヤンも大司教の姿を見て畏怖の表情であとずさった。
『ケンカをするだけの元気が合って結構だ。私の術もまだまだ衰えていないということだな。』
再生された三人が自分たちが居る場所を認識してかしこまっているのを見てとった大司教は侍従達に告げた。
「彼らはこの世に引き戻されたばかりで疲れているだろう。少し休ませてやりなさい。そして、魔物を倒した勇者さん達は、この城にゆっくり滞在していっていいですよ。」
謁見の時間の終わりだった。貴史たちは、ブレイズ達3人と一かたまりになって謁見の間を後にした。
「大司教様あの娘、このまま返してよろしいのですか。」
侍従長が大司教に訊ねた。
『ああ、あの娘は力が強すぎて放っておくのが危険だと言いたいのですね。私もあのブレイズと言う男がヤースミーンの力を好きに使えるとしたら厄介だと思っていました。しかし、異世界から召喚されたシマダタカシなる男が現れたので、うまく収まりそうですね。』
侍従はうなずいて引き下がった。
『いくつもの世界を統べる存在がいるとするなら、うまくバランスをとるものだと感心させられますね。』
大司教の顔から微かに声が漏れた。笑っているのだ。
侍従は大司教の機嫌がよいので安堵した。
「大司教様、ここに長居されるとお体に障ります。ご寝所に戻られますか。」
『ああ、そうしてくれ。』
大司教は冒険者たちが出ていった扉の方ちらと見た。
『新たなる世界に足を踏み出す者たちに神のご加護があらんことを。』
「もったいない。」
侍従長は冒険者風情に大司教が祝福するのがちょっと面白くなかった。
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