第28話 寄せ集めの勇者たち

「ベルタさんにバンビーナさん。留守中の店番をお願いしますね。酒場は本日休業の札を下げておきますから。」



ヤースミーンは酒場のお勘定場を兼ねている宿のフロントで必要な事を説明している。



打倒エレファントキングと勇ましく出発するために、タリーたちは留守中の準備をしていた。



タリーはオラフの小屋に同居しているエルフのボーノ一家に留守番を頼んだのだ。



「もし私たちが戻らなかったら、この宿兼酒場はあなたたちが使ってくれ。」



「タリーさん縁起でもないことを言わないでくださいよ。」



タリーが真顔でボーノに告げているので、貴史は遮ろうとしたが、タリーは譲らなかった。



「いいや。戦いに臨むときは後のことは言っておくものだ。残されたものが困るからね。」



前世で武人だったタリーは平然としている。



貴史は敵の手ごわさを考えると気が気ではなかった。タリーのように後のことを頼んだら二度とここに戻ってこられないような気がする。




「あんたたちが戻ってくると信じているよ。」



ボーノは言葉少なく答えた。



「そろそろ出発しますよ。」



ヤースミーンはすでに魔導士のローブを着て、杖とクロスボウを装備し終えている。貴史も慌てて武器の準備をした。最近使い始めた刀を抜きやすいように腰のあたりに装備し、ブレイズの大剣を背中に背負う。



「その刀、気にいってくれたようだな。」



タリーが貴史の装備に目を止めて言った。



「ええ、これならどうにか振り回せますからね。」



貴史は刀の柄に軽く手を触れながら答えた。剣と魔法が支配するこの世界では、武器との相性は大事なのだ。



タリーと、貴史、ヤースミーンにスラチンを加えた一行は前夜に降り積もった雪を踏みしめて出発した。この世界に来てから見慣れていた風景は一面の雪景色に変貌している。



しばらく歩くと、エレファントキングの城の方から四人連れの冒険者の一行と出会った。



「あんたたち、今からエレファントキングの城に行くつもりかね。」



リーダー格らしい男がタリー達に訊ねた。



「ああそうだが。」



タリーが答えると四人はヘラヘラと笑った。



「無駄足になるから帰ったほうがいい。あのダンジョンはゲルハルト王子様が率いるヒマリア正規軍でいっぱいだ。俺たちは地下5階に居たときに上から来たヒマリア軍に邪魔だと追い払われたんだ。」




ヤースミーンは焦りの表情を浮かべた。正規軍には魔導士部隊や専門化された特殊部隊も含まれていると聞く。先を越されては仲間たちを蘇らすことができなくなる。



「せっかくここまで来たのだから、入り口くらいまで入ってみるよ。」



タリーが鷹揚に答えると、冒険者たちは旅の安全を祈る言葉を口々に唱えて立ち去って行く。



元来は気のいい連中のようだ。



冒険者たちの姿が遠ざかっていくと、ヤースミーンが口を開いた。



「タリーさん、シマダタカシ、王子の軍勢に先を越されないように急ぎましょう。」



ヤースミーンは言葉通りに足を速めて歩き始めた。すれ違った冒険者たちの踏み後をたどって新雪を歩く労力を省こうとしている。



「今から行ってもダンジョンにさえ入れないかもしれませんね。」



貴史は、懸念を口にする。



「ああ、しかし君たちはスラチンが見つけた抜け穴を知っているのだろう?。それを使えば王子の軍勢を出し抜けるかもしれない。」



タリーは本気でエレファントキングと対決するつもりのようだ。貴史はため息をついてヤースミーンの後を追った。



雪が降っても、魔物は現れる。タリーの一行は度々魔物と遭遇したが、貴史とスラチンが注意を引いている隙に、ヤースミーンとタリーがクロスボウで狙い撃ちにする作戦で苦も無く倒すことができた。



意外といけるのかもしれない。貴史の心の中に希望が芽生え始めた。



エレファントキングの城を間近に臨むあたりに来ると、地上に駐留するヒマリア正規軍が目についた。地下ダンジョンに潜っている本体が乗ってきた騎馬や、物資を管理する少数の兵士達だ。



「どうします。声をかけますか。」



貴史の問いにタリーは首を振った。



「さっきの連中のように追い払われるのがおちだな。スラチンの抜け道を探してダンジョンの奥まで行こう。」



「でも、肝心のスラチンの抜け道が何処にあるかわからないんですよ。」



雪が降り、周囲の景色が一変したためか、さっきから抜け穴の入り口を探しても見つけられないのだ。



「ヤースミーン。どのへんか思い出せないか。」



「だめです。目印にしていたものが全部雪で隠されているので大雑把な場所しかわかりません。このあたりだったと思うんですけど。」



貴史達が雪原をうろうろしていると、ズンという低い音が響き、衝撃波が波のように雪を巻き上げて雪原を渡っていった。



それまで何もなかったはずの雪原には3人の人影が出現している。



貴史達が唖然として見つめるうちに、3人は何やらもめ始めた。



「じい、絶対大丈夫と大口を叩いた割に、洞窟の入り口など見当たらないではないか。」



「何をおっしゃるのですか姫様。私はラインハルト様の証言に従って、指定された場所に飛んだだけですぞ。」



「何ですかその言い方は。まるで私の位置指定が間違っていたみたいじゃないですか。」



聞き覚えのある声に、ヤースミーンが話しかける。



「あの、もしかしてレイナ姫様ではありませんか。」



だが、貴史達に背を向けていた三人は気が付かずにもめ続けていた。



「絶対この座標に入り口があるはずです。ないとしたらミッターマイヤーさんが飛び方を間違えたのですよ。」



「何をおっしゃる。たとえラインハルト様とて、今の侮辱は許しませんぞ。」



「すいません。」



ヤースミーンがさらに大きな声を出したので、三人はやっと気が付いて振り返った。



「おお、ギルガメッシュの酒場の面々ではないか。このような場所で何をしておるのじゃ。」



「私たちもダンジョンに続く洞窟の入り口を探していたのです。」



ミッターマイヤーの問いにヤースミーンが答えると、ラインハルトは雪の中に踏み出しながら言った。



「彼らも探していたくらいだからこの辺に入り口があるのに間違いはないんですよ。ぬおっ?。」



しゃべっている最中にラインハルトの姿は消えた。皆がラインハルトの姿が消えたあたりに集まってみると、彼は雪で入り口が隠れた竪穴に落ち込んでいた。そして、それこそが探していた洞窟の入り口だった。



「ほらね。やっぱりすぐ近くにあっただろ。」



穴の底で痛みをこらえながら勝ち誇るラインハルトに皆は苦笑するしかなかった。




一旦ラインハルトを穴から引っぱり上げたレイナ姫たちに、ヤースミーンは、戦いで倒れた友人たちを蘇らせるために、エレファントキングを倒しに向かっていると告げる。




レイナ姫は即座に答えた。



「私は兄のゲルハルト王子よりも先にエレファントキングを倒したいだけだ。手伝ってくれるのならエレファントキングを倒した暁にはそなたの希望がかなうように取り計らおう。どうだ一緒に戦わないか。」



ヤースミーンに異論があるわけもない。



「ぜひ一緒に戦わせてください。私たちも全力を尽くします。」



「私の兄がエレファントキングを倒して、大司教様に願い事などしたら非常にまずい事態になるのだ。そなた達の力量はグリーンドラゴンと戦った時に見せてもらった。頼りにしているぞ。」



レイナ姫の言葉にヤースミーンはかしこまって礼をする。



メンバーが増えた一行はダンジョンの奥を目指して、次々と狭い抜け穴に入った。

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