第19話 森の魔物はクリームシチューに

ギルガメッシュの裏手にはタリーの手によって魔物の解体処理場が作られている。



貴史はタリーと共にパープルラビットを食肉処理するのに忙しかった。




タリーはパープルラビットの皮を剥いで、内臓を取り除いている。



「シマダタカシ、君が五体も仕留めてくれたおかげで潤沢に使えるよ。」



「どういたしまして。ところで、ヤースミーンが僕のことを刃物の使い方が判っていないと言うんですけど、どういうことなんでしょう。」



タリーは少し考えてから口を開いた。



「おそらく戦いの時の剣の使い方だろう。きっとシマダタカシはこんな風に使っている。」



タリーハ持っていた包丁をパープルラビットの腕の肉に叩きつけた。刃先で少し肉が切れていた。



「刃物として使うとこんな感じだ。」



タリーは腕の肉に当てた包丁の刃をすうっと引いて見せた。あまり力は入れていないのに肉は包丁を叩きつけた時よりも深く切れる。



貴史はそういうことだったのかと無言で感心した。



「それはそうと今夜はこいつらをこのまま姿焼きにして宿泊している騎士たちに出そうと思うがどうだろうか。」



貴史はギョッとして、タリーの手元を見た。皮を剥がれたパープルラビットは控えめに言ってもグロテスクだ。姿焼きにして食欲が湧くとは思えなかった。



「姿焼きは好みが別れますよ。大半の人はあまり好きじゃないのではないかと。」



貴史が言葉を選んで意見している横で、桶に水を汲んで運んできたヤースミーンが話に加わった。



「好みが別れる何てレベルではなくて、そんなグロイもの誰も食べませんよ。ちゃんとした料理にして出さないと、お客さんが寄りつかなくなりますよ。」



タリーは手元の物体を見下ろして言う。



「そうかな、丸焼きにすれば大勢の客がパーティー風に食べるのに最高だと思ったのだが。仕方がないから今夜の料理はオラフが作った根菜類とウサギ肉のクリームシチューをメインにしようか。」



タリーは名残惜しそうにパープルラビットの頭を切り落として、精肉処理を始めた。



「ほれスラチン、たまには栄養価の高いものを食べな。」



タリーは切り落としたパープルラビットの頭を足元をうろうろしていたスラチンに放り投げた。スラチンは嬉しそうに空中で受け止めると頭蓋骨をバリンバリンとかみ砕く。



「おい、スライムってあんなに強力な歯を持っていたのかよ。」



以前スラチンと戦っている最中に、腕をかまれたことがある貴史はぞっとしながら言う。



「彼らも肉食ですからね。あなたが咬まれた時は、ブレイズが買った防御力の高い篭手を着けていたから無事だったのですよ。」



「もしかしたら、スライムの群れに襲われて跡形も無く食われた旅人とかもいるのかな。」



「あり得ますね。」



ヤースミーンは真顔で答えた。



料理人としてのタリーは、嗜好にやや問題があるが、その腕は確かだ。



貴史も手伝ううちに、五体のパープルラビットは肉の山に変わり、その半分以上は地下の冷蔵貯蔵庫にストックされた。



タリーは残りの肉を調理場に運んで、シチューを作り始めた。



既に貴史とヤースミーンが火を起こしたかまどで、ぶつ切りにした肉をフライパンで表面を焼いてからブーケガルニと一緒にコトコトと煮始める。



「肉を煮込んでいる間に、野菜の下ごしらえだ。貴史とヤースミーンはカブとニンジンの皮を剥いてくれ。ペコロスは一皮剥いたら丸ごと使うからな。」



貴史はカブの皮を剥き始めたが調理台の上にばかでかいキノコが転がっているのに気がついた。



「タリーさんこのキノコもオラフさんが作ったのですか。」



「いや違う。そいつはさっき森のはずれ辺りを散歩していたらとことこ歩いていたから捕まえてきたんだ。シチューの具にしたら旨いにちがいない。」



「魔物じゃないですか。」



貴史とヤースミーンは同時に叫んだ。



「そんなもの食べて毒があったらどうするんですか。」



ヤースミーンが血相を変えて止めようとするが、タリーはケロッとした顔で答えた。



「君らと会う前にも同じ種類を捕まえて試食済みだ。いつかメイジマタンゴを倒してそいつできのこ御飯を作るのが私の夢だ。」



ヤースミーンはまだ納得していない顔だが、タリーはお構いなしにキノコを刻み始める。



その時、ギルガメッシュのフロントの呼び鈴が響いた。



「お客さんが来たみたいですね。私が見てきます。」



ヤースミーンが身軽に立ちあがると、フロントに駈けていった。



「シマダタカシ、新顔の客の中には危険な奴もいるからフロントに行ってくれ。私も後で行く。」



貴史はうなずいてヤースミーンの後を追った。



フロントではヤースミーンが仮面を付けた客に応対していた。黄金色の楕円形の目と口の部分に穴が空いたシンプルな仮面だ。



「一泊二食付きで一万クマいただきます。食事は、正面にある酒場で食べていただく事になりますが。」



ヤースミーンが説明すると、仮面の男は少し考えてから申し出た。



「実は私は戦いで顔に醜い火傷を負ったのだ。同席すると他の客が不快な思いをするかもしれないので、部屋に食事を運んでくれないか。」



ヤースミーンと貴史は顔を見合わせた。勝手に判断するわけにも行かなかったからだ。その時、後からタリーの声が聞こえた。



「もちろん大丈夫ですよ。お気遣いいただいて痛み入ります。」



「忙しそうなのに、手を煩わせてすまないな。」



「お気になさらないでください。」



仮面の男はタリーに一礼すると、ヤースミーンが差し出した帳面に記帳して鍵を受け取った。



「お二階の一番手前の部屋です。」



ヤースミーンが告げると、仮面の男が尋ねた。



「実は昼食も取っていないのだが、何か軽食があれば運んでもらえないか。」



「ドラゴンケバブサンドならありますが。」



「それはドラゴンの肉を使っているのか。」



「そうです。焼けた肉をそぎ落として野菜と一緒にパンにはさんでいますが。」



仮面の男は一瞬、躊躇したようだったがやがて言った。



「それを貰おう。」



「わかりました十分ほどしたらお届けします。」



仮面の男はうなずくと二階に上がっていった。ヤースミーンは宿帳の署名を見た。



「ハヌマーンさんという方です。珍しい名前ですね。」



「どこか遠い国から来た人なのかな。」



貴史は自分の世界なら東洋風の名前だと思ったが口には出さないことにした。



夕刻になると、ギルガメッシュの酒場は宿泊する騎士たちで賑わった。トリプルベリーの街の守備兵も酒場に飲みに来ているが、脱走兵に当たる騎士たちと顔を合わせても特にトラブルにはならない。



守備兵たちもレイナ姫陣営に鞍替えしようかと様子をうかがっているらしい。



貴史が守備兵たちのテーブルに陶器のジョッキに入ったビールを運ぶと、彼らの一人が話しかけてきた。



「今日のシチューもおいしいな。このキノコの味が絶品だけど何てキノコかおしえてくれないか?。」



「僕は詳しくないから判らないんですよ。」



キノコの魔物のぶつ切りだとは言いにくいので、貴史は適当にごまかす。


 

「そうか、自分でも採りに行きたいくらいなのだが。ところで、ハインリッヒ王が新しいおふれを出したのを知っているかい。」



「いいえ。知りません。」



「エレファントキングを倒した者にレイナ姫を妻にめとらすと言っていたのだけど、肝心のレイナ姫が国から出て行ってしまったので、報償の内容を変えたのさ。何でも大司教が願いを一つだけかなえてくれるらしいぜ。」



「へえ、そうなんですね。」



大司教が何者かわからない貴史は適当に受け流していた。しかし、厨房に戻ってヤースミーンにその話をすると彼女は顔色を変えた。



「シマダタカシ、その兵士は本当に大司教が願いを叶えてくれると言ったんですね。」



貴史は、彼女が何故それほど血相を変えるのかわからないままにうなずく。




ヤースミーンは思いつめたような表情で何事かを考えていた。

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