第14話 森に棲む魔物たち

タリーのくれた地図は簡単なものだった。ギルガメッシュから森に行き、森の中を少し進めば「オラフの小屋」に着きそうに見える。しかし、実際は森の中を相当な時間歩かなければならなかった。



森にはモミの木のような針葉樹が多いが、落葉樹も入り交じっている。冬に向かう今、落葉樹は葉を落としているので森の中でも所々明るく日が差し込んでいた。



貴史とヤースミーンが進む道は荷車を引いて通るのに十分な道幅があった。自分たちが落ち葉を踏む音に混じって、森の中からガサリと何者かが動く音が聞こえた。ヤースミーンはビクッとして立ち止まる。



「シマダタカシ。森の中に何かいますよ。」



「何かいても不思議はないよ。きっと小鳥とか野ウサギじゃないかな。」



貴史は、ヤースミーンのリアクションが可愛らしかったので、笑いながら答える。



「もう。もしも魔物だったら笑い事では済みませんよ。」



ヤースミーンはふくれっ面をして歩き出した。貴史は荷車を引いて後を追う。二人は立木の影伝いに二人を追う影に気がついていなかった。



二人が三十分ほど歩いたところで森が開け、木の柵で囲われたこじんまりとした畑と古ぼけた丸太小屋が現れた。目的の農場にたどり着いたのだ。



貴史は小屋の入り口近くに荷車を置き、地面より一段高くなったウッドデッキに登ってから、入り口のドアをノックした。ヤースミーンも隣に立っている。



「誰だおまえら。」



中からは少し甲高い声で誰何する声が聞こえた。



「オラフさん。タリーさんに頼まれてビールを持ってきたんですが。」



貴史が言い終わらないうちにスチャッとドアが開いた。




中にいたのは少年のように見えたが、よく見ると顔立ちは大人びている。



「ビールってエールのことだよな。タリーが約束守って仕入れてくれたのか?。」



身長は百五十センチメートルほどで、目鼻立ちの整った東洋系の顔立ち。ストレートのロングヘアからキツネのような耳が飛び出している。



「まあ、あなたエルフね。この国には残っていないと思っていたのに。」



ヤースミーンの言葉にオラフらしきエルフは戸口に手を突いてポーズを取った。



「いかにも、俺はエルフのオラフだ。森の中で野菜を作らせたら人間なんかには負けないぜ。」



だが、ヤースミーンは彼の言葉には頓着しないでしゃがみ込んで頭をなで始めた。



「かわいい、この耳本物なんですね。私子供の頃からエルフに会いたかったんです。ここには一人で住んでいるんですか。」



「お、おい勝手に触らないでくれ。エルフ1人で住んでいるのかって意味ならその通りだけどな。」



オラフは心なしか顔を赤らめながら答える。



「へえ。こんなところにエルフ1人で住んでいて寂しくないですか。」



オラフとヤースミーンがしゃべっている間に貴史は荷車からビールの樽を担いで持ってきた。



「こいつを何処に置いたらいいんですか。」



「ああ、ありがとうこっちに持ってきてくれ。」



オラフは貴史とヤースミーンを小屋の中に招き入れた。



小屋の中は半分ほどが野菜で埋め尽くされていた。残りの半分のスペースにテーブルと椅子、そして小さなベッドが置いてあった。



「この辺に置いてくれ。注ぎ口がちゃんと下になるようにしてくれよ。その樽の大きさだと俺だけでは動かせないんだ。」



貴史がオラフの指定した台の上に樽をセットすると、オラフは食器棚から自分の顔ほどもある陶器のジョッキを出してきた。



「中身を確かめさせて貰うぜ。」



オラフはビールの樽の下の方に着いていた栓を外すと、飛び出してくるビールを器用にジョッキで受け止めた。そしてジョッキが満たされると再び栓をしてジョッキに口を付けたた。



貴史とヤースミーンは、ゴキュゴキュとジョッキのビールを飲み干すオラフをあきれて見ていた。



「プハア、確かに上質のエールだな。約束どおり荷車1台分好きな野菜を持って行っていいぜ。」



オラフはジョッキをテーブルに置きながら、貴史達に自分の小屋の半分を占領している野菜の山を示した。



「この野菜全部オラフさんが作ったんですか。」



「そうだよ、外の納屋に置いといたら、ウサギどもが盗んでいくから全部ここに集めたんだ。」



「ウサギが盗む?。」



怪訝に思って貴史が聞いた。畑の野菜を食べられるのなら理解できるが、ウサギが納屋に忍び込んで野菜を盗むところは想像しにくかったのだ



「ああ、紫色で角のある奴だ。」



オラフは腹立たしげに答えた。



「それはパープルラビットですね。彼らは眠りの魔法を使うのにエルフ1人でよく無事でいられますね。」



「俺はその魔法には耐性があるんだ。連中が攻めてきた時にうまく倒せたらシチューにして食ってやるんだけどな。」


オラフは不敵に笑った。



ヤースミーンは野菜を選んでいたが、やがて見繕った野菜を貴史に運ぶように指示した。貴史はムッとしながらも野菜を運び始めた。



二人の様子を腕組みをして見ていたオラフはヤースミーンに話し始めた。



「さっきの話だけどな。寂しいも何もこの辺りでエルフは俺しかいないから仕方ないんだ。ハインリッヒ王が富国強兵政策とかいって西の方にあった森を焼き尽くして畑に変えた時、森に住んでいた俺たちはちりぢりになってしまったからな。」



ヤースミーンは口を押さえた。そして申し訳なさそうに言った。



「そうだったんですか。私はその森の跡に出来た村に住んでいたんです。すいません。」



「あんたが謝ることはない。それに俺はエールがあれば生きていけるというものだ。」



オラフはビール樽を指さしてにやりと笑って見せた。



荷車に野菜を積み終わった貴史とヤースミーンがオラフに別れを告げようとすると、オラフは堅そうな木の棒を貴史に投げてよこした。



「そのドラゴン退治に使うような剣では、ウサギどもの動きにはついて行けまい。その棒をやるから持って行け。」



貴史は棒を受け止めると振ってバランスを確かめてみた。オラフの身長ほどの長さの棒は軽くて手になじんだ。



「ありがとうオラフさん。」



貴史が礼を言うとオラフは小屋の戸口で片手を上げて答えた。



北国の冬は日没が早い。貴史とヤースミーンはギルガメッシュへの帰路を急いだ。



「なあ、エルフってもっと団子鼻でずんぐりした体型をしているイメージだったんだけど。」



貴史が聞くとヤースミーンは怪訝な顔をした。



「シマダタカシが元いた世界にもエルフがいたのですか。」



「いや、エルフはいなかったが、エルフのイメージってものがあって、かれはちょっと違っているかなと思って。」



「シマダタカシっておかしな人ですね。存在しない種族なのにどうやってイメージすることが出来るんですか。それにシマダタカシのエルフのイメージはどちらかと言うとホビットに近いと思いますよ。」



貴史は答えに詰まった。ヤースミーンは貴史を問いつめるわけではなくフフッと笑っている。



その時、道の周囲の森からカサカサと落ち葉を踏む音が聞こえてきた。



「何かいるみたいですね。」



ヤースミーンが表情を険しくしてつぶやいた。



貴史はオラフにもらった木の棒を握りしめた。

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