第8話 姫の剣さばき

翌朝、レイナ姫とミッターマイヤーは日の出前から出発の準備を始めた。



軽めの朝食を済ませたレイナ姫達は、戦いに備えて入念に防具を身につけ、最後に武器を装備した。



レイナ姫の武器は細身の剣と弓矢。ミッターマイヤーに至ってはランス1本とダガーしか持っていない。



「お二人の昼食を準備しました。お持ち下さい。」



タリーがサンドイッチを入れた包みを渡すとミッターマイヤーは嬉しそうに受け取った。



「かたじけない。宿代も一人1万クマとは安いな。魔物の肉とはいえうまい食事にありつけて元気が出たぞ。」



「お褒めいただいて恐縮です。夕刻に無事に戻ってこられるのをお待ちしています。」



タリーは深くお辞儀をした。



出立しようとしたときミッターマイヤーは見送りに出てきたヤースミーンに目をとめた。



「娘さんや。そなたは強い魔力を持っているが何かの理由でそれを自ら封印しているようじゃの。」



ヤースミーンは唖然として答えた。



「私が自ら封印しているとおっしゃるのですか。」



「そうじゃ。そしてその封印はそなたが真に愛すべき者を見いだしたときに解けることになるじゃろう。」



「何故あなたはそのようなことが解るのですか。」



ヤースミーンの質問にミッターマイヤは右手で「おさわり」する仕草をして見せた。



「それは昨夜触ったからじゃ。」



ゴスッ



鈍い打撃音が響きミッターマイヤーは腰を押さえてうずくまった。レイナ姫が蹴ったのだ。



「じじい、馬鹿なことばかり言ってないで出発するぞ。」



「あ、姫様待って下され。」



レイナ姫とミッターマイヤーの主従はどたばたしながらエレファントキング討伐に出発した。こんな調子で大丈夫なのかと貴史は密かに心配する。



「さあ、俺たちも朝飯にしよう。しばらくはクロゲウシドリの肉があるから魔物狩りもしなくていいからな。」



それを聞いた貴史はふと思いついて尋ねた。



「タリーさんここは電気冷蔵庫がないのに肉とかどうやって保存するのですか。」



「鋭い指摘だな。この辺りは冷帯気候で地面から二メートルも掘れば永久凍土があるのだ。この宿の前の主人はそれを知っていて地下に食料貯蔵庫を造っていた。ちょっとした冷蔵庫並みの貯蔵能力だ。」



タリーは三人分の朝食を用意していた手を止めた。



「シマダタカシ。君はいま電気という言葉を使ったな。もしや俺と同じように別の世界から転移してきたのか。」



貴史は嬉しくなって答えた。



「そうです。僕が居た世界では電気製品がたくさんありました。」



「そうか。俺の居た世界も電気製品で溢れていた。知っているだろうがその世界では世界征服をもくろむアリス・ヒトラーが率いるドイツ第三帝国に対して日中米の三国同盟が反転攻勢をを仕掛けようとしていたのだ。」



貴史はは知っているようでいて、どこかが違うタリーの話に口をつぐんだ。



「俺は日中共同開発の纖五十型戦闘爆撃機のパイロットとしてヨーロッパ大陸の敵の本拠地を叩く渡洋爆撃に参加した。だが、敵を目前にして目が眩むような閃光に包まれ、気がついたらここにいたというわけだ。」



タリーは目玉焼きとオーブンで焼いたバゲットの朝食をテーブルに並べながら自分のいた世界のことを話してくれる。



自分がいたのと同じ世界の人だと思ってタリーの話を聞いていた貴史は、話の途中で眩暈がしてきた。



違う、この人がいた世界は剣と魔法の世界ではないという共通点はあるが、自分のいた世界とは歴史の流れがどこかで変わってしまっている。そう思った貴史はタリーにやんわりとそれを告げることにした。




「僕のいた世界とは歴史が少し違っているみたいですね。」



貴史は、すごく穏やかな表現でタリーと自分の出自の違いを伝える。



「そうか。同じ世界ではなかったか。」



タリーは、残念そうに言うが、その実、さほど残念と思っていないようだ。



「でも、共通点は多いと思うからきっと仲良くできますよ。」



「まったくだ。」



楽観的な性格の二人は屈託なく笑った。




その頃、エレファントキング討伐に出発したレイナ姫とミッターマイヤーは、凍てついた荒野を急いでいた。



体力の消耗を押さえるため、エレファントキングの居城につくまでは極力魔物との遭遇戦を避ける作戦だ。



しかし、出会い頭に正面から向き合ってしまうと戦いが避けられないこともある。




レイナ姫が、物音に気付いて身構えると、そこには森から飛び出してきたらしい雪男三体が剣を手にして二人の行く手に立ちふさがっている。



「姫、そんな雑魚どもは私が呪文で黒こげにしてやります。」



ミッターマイヤーが前に出ようとするのをレイナ姫は片手を上げて制した。



「忘れたのか城に着くまでは呪文を節約する作戦だろ。」



次の瞬間、三体の雪男はレイナ姫に斬りかかって来た。



一体目の雪男が頭上に振りかぶった剣を振り下ろすのをレイナ姫は右足を引き、体を開いてかわす。


そして、近い間合いから右手の剣を振り切って雪男の首を両断した。



二体目の雪男は剣を横に薙ぎ払ってくる。レイナ姫はかがみ込んで斬撃をかわすと、剣を左下に構えた低い位置から一気に振り上げた。雪男の首は三分の一ほどが切り裂かれた。



短くて判然としない雪男の首だが、切断面からは勢いよく血しぶきが噴き出す。



一気にけりを付けようと、最後の雪男にレイナ姫が放った斬撃は雪男の剣に受けられた。



舌打ちをしながら間合いを取ったレイナ姫は手首を返して、剣を握っていた雪男の指に当たる器官を切り落としていた。



雪男が剣を取り落としたところで、レイナ姫は剣を前に構えた刺突で雪男の胸の辺りを串刺しにした。



雪男は立ったまま絶命した。レイナ姫はちょっとはしたないが、左足を雪男の体にかけて剣を引き抜く。




たとえ相手の剣がなまくらでも、剣を打ち合わせたら双方の刃が欠ける。レイナ姫はお気に入りの剣の刃が欠けたのでご機嫌斜めだった。



レイナ姫は雪男の毛皮で剣の血をぬぐってつぶやく。



「ミッターマイヤー、まだ先は長い。急ごう。」



二人は雪男たちの死体をそのままにして、エレファントキングの城を目指して足早に進み始めた。

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