第2話 スライムとの死闘

大広間に林立する石柱の影から飛び出したのは。ライトブルーの物体だった。



底面が五十センチメートルほどの扁平な楕円体。真ん中の上部は少しとんがっている。



そして正面には大きな二つの目、そしてその下には口が付いている。



「スライムか。」



気色ばむ貴史に、ヤースミーンがのんびりした声で答えた。



「そうみたいですね。」



相手はスライムだし、戦ってもすぐにやっつけられるはずだ。




ここはいいとこを見せておこうと思った貴史はヤースミーンに余裕をかまして告げた。



「こいつは俺がやる。そこで休んでいてくれ。」



「どうぞ。」




ヤースミーンはあっさり答えると、よっこいしょとかわいいかけ声つきで石柱の台座のへりに腰掛けた。




貴史は持っていた剣を両手で構える。




剣は総刃になっていて、刀身は分厚い。そして長さが1メートル以上あった。結構な重さだ。




貴史はスライムに目を向けた。そいつは生意気にも口を開けてシャーッと威嚇してきた。




「うおおっ。」



貴史は剣を体の右横に構えた状態でスライムに詰め寄った。そして走りながら剣を右脇から背後に回して大きく振りかぶった。




そして、手頃な間合いから剣を振り下ろした。剣が風を切る音がブンと聞こえる。これで会心の一撃だ。





しかし、あまりにもモーションが大きすぎたようだ。




スライムは素早く横に跳び、切っ先をかわした。




広間の床を構成している石畳を剣で叩きそうになった貴史はすんでの所で止めた。




剣の慣性のために少しよろめいた貴史は、踏みとどまってから、キッとスライムを睨んだ。




「こいつ。スライムの分際で。」



一撃目の失敗から学習した貴史は今度は剣を腰だめに構えた、そのまま突進して突き刺すつもりだ。



「ぬおおお。」




貴史は必殺の気合いと共に突進する。剣の切っ先がまさに刺さろうとした時にスライムはまたしてもピョンと左に飛んで貴史の突進をかわしていた。




だが、貴史もその動きは読んでいた。右脚にぐっと力を込めて踏みとどまると、手首を返して剣を水平に振り切る。



ヒュン。



横にスライスされたスライムをイメージしていた貴史は目を疑った。スライムは地面に沿って平べったく伸びて貴史の剣をかわしている。



貴史は次の攻撃はどうしようかと考えながら剣を構え直そうとした。



しかし、往々にして攻撃の直後に隙は生まれる。スライムはその隙を見逃さなかった。



スライムはシュッと影のように跳躍し、貴史を襲った。




そして、顔面をかばった貴史の左腕にがっぷりと噛みついていた。



「いててて、こいつゼリー状の体のくせになんで歯が付いているんだ。」



剣を放り出した貴史は右手でぽこぽことスライムを殴ってから、噛みつかれた左手を振り回した。




何回か力任せに腕を振ってやっとスライムが牙を離し、スライムの体は地面にたたきつけられた。



貴史はぜいぜい言いながら剣を拾い上げると再び両手で構えた。その間にスライムも態勢を整えて貴史と対峙している。



そして、貴史とスライムの死闘は続き、延々一時間に及んだ。



「いい加減に止まりやがれ。」



何回攻撃してもかわされるのに業を煮やした貴史はそのへんに転がっていた木の棒をスライムに投げつけた。



くるくると回転しながら飛んだ棒は、偶然スライムの目と目の中間当たりにトスッと突き刺さっていた。



「ピキー。」



スライムは一声上げると普段の滴型から、アメーバーのように広がった形に変化して凝固した。




どうやらその辺に急所があったようだ。



貴史は剣を構えると、ビヨンと広がって凝固したスライムに、にじり寄った。スライムは目だけを動かして貴史の動きを追う。



「どうやら動けなくなったようだな。」



貴史がにやりと笑うのを、スライムはじっと見つめる。



「さあ、覚悟してもらおうか。」



貴史は、剣を頭上に振り上げた。スライムは広がったままの形で目を閉じる。



しかし、貴史は剣を振り下ろすことが出来なかった。




ため息をついた貴史は剣を放り出すと、スライムに歩み寄って木の枝を抜いてやった。




スライムの形は滴型に戻っていく。



「もういい。行け。」



スライムに背を向けた貴史は力なく言った。そしてとぼとぼとヤースミーンの前に歩いて行く。



「すまないヤースミーン。俺はどうやら戦士には向いていないようだ。ここから脱出するための戦力にはならないだろう。」



貴史の言葉を聞いたヤースミーンは目を丸くしていたが、やがてクスクス笑い出した。




「何がおかしい。」



憮然とした貴史にヤースミーンが答えた。



「あなたはこの世界に来たばかりでしょう。初めて戦うレベルの戦士は皆そんなものですよ。それに。」



ヤースミーンは言葉を切る。貴史は何となく悪い予感がした。



「さっきも言いましたが私はエレファントキングとの戦いの途中で全ての魔法が使えなくなってしまったのですが、今でもその状態は変わっていません。」



「ということは」



ヤースミーンはうなずいた。そしてゆっくりと貴史に告げた。



「私たちは戦力ゼロでダンジョンの最深部に取り残されたのです。出会った敵からはどうにかして逃げるしかありません。」



二人の間に沈黙が訪れた。しばらくしてから貴史が口を開いた。




「事態は最悪だな。」




ヤースミーンが神妙にうなずく。




「それはブレイズの剣ですね。抜き身のままで持ち歩くのは危ないから鞘を取ってきましょう。それ以外に使える防具があったら回収して身に着けたほうがいいです。」




それはいいが、友達が全滅した現場に戻って大丈夫なのか?。貴史はヤースミーンの心が心配だった。




貴史がこの世界に転移した場所に戻ると、戦いの名残をとどめる現場に変化はなかった。




貴史は黒焦げになった無残な死体から籠手や膝あて、胸当て等を外すと、ヤースミーンがくれた布切れで綺麗に拭いてから学生服の上に装備していく。



鞘を見つけて、剣を収めた貴史は、くそ重い剣を背中に背負った。



少し離れたところに落ちていた小ぶりの盾を拾うと一通りの装備がそろったようだ。




貴史がヤースミーンの姿を探すと、彼女は魔物の牙に突き刺されたまま息絶えた少女のそばにしゃがみ込んでいる。




ヤースミーンはうつろに目を開いたままだった少女の目を閉じるとつぶやいた。




「ごめんなさい、アリサ、ブレイズ、ヤン。私のせいでこんな姿にしたからには、いつか私の命に代えてもあなたたちを蘇らせます。それまで待っていて。」




ヤースミーンは貴史が立っているのに気が付くと、そっと涙をぬぐうと立ち上がった




「さあ、出口を目指しましょう。」




ヤースミーンは先に立って貴史を案内するつもりのようだ。





貴史は彼女を追って歩きながら尋ねた。




「今までに、俺のようにこの世界に転移してきた人って知らないか?。」



ヤースミーンはチラッと振り返るとふたたびあるき始める。



「直接見たことはないですけど、話には聞いたことはありますよ。」




貴史は勢い込んでさらに尋ねる。




「それじゃあ、その人達は何か人並み外れた能力を持っていなかったか。神のように強力な魔法が使えたとか、戦えばこの世界で無双だったとか。」




ヤースミーンは歩きながらしばらく黙っていたが、やがて答えた。




「そんな人もいたようですね。でも結局その力を使うことなく、森にこもって魔物を飼ったり、ダークサイドに堕ちて魔王を気取ったりする人が多かったようです。」



「そんなんだったら、俺にその力をくれよ。」




貴史はつぶやいたが、ヤースミーンにそんなことを言っても無駄なのはわかっている。




ヤースミーンはクスッと笑ったようだ。そして、貴史を励ますように言った。




「まだあなたに能力がないと決まったわけではありませんよ。いつかとんでもない能力が発言するかもしれません。まずはここから生きて脱出しましょう。」




貴史は黙ってうなずいた。外部までの長い道のりを魔物に出くわさないように進むしかない。



その時、貴史の背後からクーンクーンと何かの声が聞こえた。

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