第5話『ナイスガァイ! は二度死ぬ』(中編)



 夕焼けに染まる街に、またブラスバルターが舞い降りる。ここまで繰り返せば周囲の人も慣れきっており。仕事帰りのサラリーマンが手を振り、デート中のカップルが声援を送り、不良がやってやれと声を上げながら避難していく。


 ブラスバルターに罪はないが、超巨人バルターマシン同士がぶつかり合う規格外の戦闘は周囲に大きな被害を広げてしまうのである。


 そんな風に街の人は理解出来ていない。しかしニューナイスガイとして覚醒したハチには分かった。圧倒的な力を持った何かが近づいて来ている事に!



「ナイスガイ…… この空気は?」


「ああ、これまでの敵と同じだと思うなよ?」



 そして空から黙示録を思わせる軍団が舞い降りる! ビルを超える巨体のアルミバルター! ブラスバルターに匹敵する超巨体を誇るアイゼバルター! その合計は100を遙かに超えている。


 機体から発せられるパワーも普段より強力で、ブラスバルターであっても手こずるかもしれない!


 そして、その中心に立つのはジュラルバルター! アルミバルターと同じ大きさでありながら、纏った雰囲気は圧倒的にバッド! 触れれば腐る猛毒の猛々しさを周囲に放っていた。



「お、お前はっ!」


『そう、貴様達を倒す為に再びこの街にやってきたバッドガイだ!』


「何度も何度も性懲りもなく…… 前座如きが出張るんじゃねぇぞ?」



 ナイスガイはコックピットの中からジュラルバルターを睨みつける。バッドなガイをナイスなガイは決して認めない。



「前座か…… 確かにその通り。私などあのお方と比べるなら所詮前座よっ!」



 だがバッドガイはその煽りを軽く受け流す。そこには歪んだプライドがあった。正しいものに仕えている。強いものに従っている時の弱者が持つ誇りが立ち上る!



「だが私はそれでも構いはしない! 何故ならば、あのお方は――」



 その言葉と共に空が割れた。黄昏の夕日を背に受けて、巨大な―― いや超巨大な―― それでも足りない、途轍もなく巨大な人型がビルを押しつぶして大地に立つ!


 500mを超える足! バルターマシンを片手で掴み玩具として振り回しかねない腕! 全長1000mを超える超々弩級巨人が世界を揺らす!



『アマルバルターを駆り、全てのガイの頂点に立つお方なのだからな!』



 バッドガイの狂笑が街に響く、あらゆる人々が空を見上げて逃げていく。桁外れの文字通り世界をファイナルさせる力がここに降臨した!



「あ、あのサイズ…… ブラスバルターの5倍、いや10倍はある……!』



 高まった二人のガイパワーで強化されたブラスバルターですら、アマルバルターの巨躯と比べたら子供扱いされてしまうだろう。圧倒的な質量比にハチの体は武者震いで震えだす――!



『全ての存在よ――我が前にファイナルせよ!』



 世界が終わった。逃げだしていた人々が足を止める。戦おうとしていた129式機動装甲歩兵が120㎜ライフル砲を取り落とす。ファイナルガイが放ったたった一言で、多くのものが戦うことを諦めた。だが――



『出てきやがったな、ファイナルガイっ!』



 ナイスガイの怒声に合わせて、ハチはアマルバルターに照準を合わせる! この広い世界でたった二人だけであっても。ファイナルに立ち向かおうとするナイスガイ達は存在している!



『ほう、バッドガイの報告通り生きていたようだな…… いや、蘇ったのか? まぁどちらでも良い。我が前にファイナルせよッ!』



 再びのファイナル宣言で、街中の人々がガクガクと崩れ落ちていく。防衛軍を含む一部の屈強な男性は数名耐えられているが。か弱きものからファイナルを受け入れ、生きる事を諦めていく。



「ふぁ、ファイナルガイ様! これは一体……」



 アマルバルターの足元に、クールガイとゴージャスガイが現れた。クールガイは青い顔で、ゴージャスガイは悲しげに周囲を見渡す。この状況が続けば間違いなく多くの人々が死んでしまう。それは彼にとって許容する事は出来ない。



『見て分からんのか、私は今、全世界に対して宣戦布告を行ったのだ!』


「な、なんとっ!?」


「し、しかしっ! これでは、我らの理想であるガイを中心とした国家など!」



 そう、二人は信じていた。ファイナルガイの目的がバルターマシンによって、ガイの、ガイによる、ガイの為の国家の樹立であると。



『強さこそ、ファイナル! この程度のファイナル抵抗できない程度の存在など我が国家に不要! 我ら神漢帝国全ての力を持って、この世界の浄化を行うのだ! さぁ、クールガイ、ゴージャスガイ! 我が元で剣を振るえ!』



 だがそれは、彼らが想像するよりも圧倒的に苛烈な、弱きものを全て否定するファイナルな国家。いやそれは国家と呼ぶことも憚られる、弱者全てを切り捨てるただのファイナルでしかなかった。


 それは既に、彼らが望む世界からほど遠い。クールガイは弱きものをガイが守る世界を、ゴージャスガイはゴージャスなガイが導く世界を望んでいたというのに!



「私は、私は……」



 クールガイは絶望に打ちひしがれた。己がやって来た事が理想とは程遠い、ただの暴力であった事を理解してしまった為に。



「ファイナルガイ様…… それが、貴方の本心なのですね?」


『ゴージャスガイ、我が言葉に従えんか?』


「私は、ただ盲目に従うだけの道化では―― 無い!」



 アマルバルターが、1000mを超える巨人がゴージャスガイを見下ろす。けれど彼は 生身でありながら一歩も引くことなく指と共に叛逆を投げつけた!



『そうか、残念だな――』



 ただそれだけを呟いて、ファイナルガイはゴージャスガイから興味を失った。そうどれほど吠えたてようとアマルバルターから見れば、ただのガイなどアリ同然―― 本気になって叩くほどの存在ですら無い。


 ゴージャスガイは顔を歪ませ、クールガイと共にこの場を離脱するしかなかった。





『ふははは! いかにブラスバルターといえど、ファイナルガイ様によって強化されたバルター軍団による一斉射撃! そして私のバッドエンドスナイプ! この連携を凌げるかなぁ!』



 それは圧倒的な数の暴力であった。変質的なバッドガイの指揮によって稼働するアルミバルターのビームが、それに合わせて襲い掛かるアイゼバルターの超巨体が、そして連続攻撃に動きを止めた所にジュラルバルターの狙撃が突き刺さる!



「ニューナイスガイ! アルミバルターを頼む!」


「分かりました、400mm以下の火砲でどうにかします!」



 ハチの華麗なテクニックが中口径までの砲門を動かし、1機、また1機とアルミバルターを撃墜していく。更にそれに合わせてナイスガイの操作でブラスバルターが手を、足を、膝を、踵をアイゼバルターに叩き込む!


 二人のナイスガイによる圧倒的なナイスコンビネーションが、少しづつバルター軍団の数を減らしていく。


 けれど手数が足りていない。ファイナルガイによって強化された敵機は一撃で倒す事は出来ず。その隙を突いてバッドガイの狙撃がブラスバルターの装甲を穿つのだ。



「ちぃ! このままだとジリ貧か?」


「ええ、バッドガイまでは倒せると思いますが――」



 そうジュラルバルターまでなら間違いなく倒せるだろう。だが敵はそれだけではない。未だにアマルバルターは一歩たりとも動いておらず。周囲にファイナルな圧力を押し付け続けているのである。



「……ある程度、周囲への被害を許容すれば」


「馬鹿野郎、ニューナイスガイ! それはナイスじゃない!」



 もしもここでブラスバルターが全力で戦えば、勝率は上がることは間違いない。だがそれは、守るべき人と、守るべき街を砕いて得た勝利に何の意味があるというのだろうか?



「じゃあ、やるしかありませんね。ナイスガイ」


「ああ、まずはバッドガイを潰す! いくぞ超弩級艦モードだ!」



 ナイスガイが目の前にある赤い大きな、変形と刻まれたボタンに拳を叩き付ける! 一瞬でブラスバルターが超弩級戦艦モードへ形を変えた。ドリルが唸り、砲門が周囲の敵に狙いを付ける!



回転突角全砲砲撃突撃フルドリルガンパレードっ!」



 赤いドリルが唸る! 砲門が火を噴く! 周囲のアルミバルターを巻き込みながら超弩級の戦艦は空を目指して加速していく!



『たとえ空を飛んでも、私の狙撃からは逃れられまい! バッドエンドスナイプ!』



 ジュラルバルターが凶悪な狙撃銃を構えて放つ! 緑色の極太ビームがブラスバルターに向かって襲い掛かる! アンチイナーシャル装甲では防げない必殺の一撃が迫る、迫る、迫る!



「だったら防げばいいんです! 超弩級ロボモード――ッ!」


「脚部炸裂式破砕粉砕兵器、限定起動っ!」


『な、なにぉ!?』



 空中でブラスバルターが人型に戻り、バッドガイのビームを右足裏で受け止める! たとえビームといっても、歪曲した空間を突き抜ける事は難しい。極太のビームを散らしながら赤白黒色トリコロールの超巨体が落下を開始する!



「ギィィガ、フゥゥット…… クラッシャァァァァッ!」



 オレンジ色の輝きがブラスバルターを包み込み、バッドガイに向けて全力の飛び蹴りをぶちかます! 本来のギガフットクラッシャーと比べたら高度は低い。けれどそのエネルギーはジュラルバルターに大ダメージを与えるに足るものであった!



『ぐぉぉぉっ!? こ、こんなところで倒れる訳にはっ!』



 だがそれをバッドガイはギリギリの所で回避する! バッドであっても彼はガイ。更に小回りが利く30m級の機体であった事も幸いした結果だ。だが圧倒的な空間乱流により装甲は歪み、全身からスパークが溢れ出ている!



「ちっ! 仕留めそこなったか!?」



 だがあと一撃、追撃を入れれば倒せる。そんな状況で二人の思考がバッドガイから離れてしまうのも無理はない。けれどそれは致命的な隙であった――っ!



『隙有りだっ! シークレットナイフ!』



 ジュラルバルターが左手を翻すと、ナイフが放たれる。完全に奇襲! 袖口から放たれたナイフがブラスバルターのデュアルアイに迫った!



「しまっ――」



 ハチの砲撃による迎撃も間に合わないタイミング。これが直撃すればただでさえ低いファイナルガイへの勝率がゼロまで落ちてしまうであろうっ!



『うぉぉぉっ!』



 だがその一撃を閃光が切り払う! 青白黄色トリコロールの超巨人! ブラスバルターより一回り小さいその姿はシルバルター、即ちクールガイの剣がバッドガイの暗器攻撃を打ち落としたのである!



『なんだと、クールガイめっ!?』


『……クールガイ、我を裏切るのか?』



 バッドガイがなじり、ファイナルガイが威圧する。二人のガイからの圧力、そして自分が信じたものを捨てる感情が織り交ぜになって、クールガイは笑った。


 想像よりもずっと気が楽だ、むしろ何故最初から、ナイスガイと共に反旗を翻さなかったのかを疑問に思ってしまう程、心が軽くなっていた。



『ファイナルガイ…… 私はもう私はお前に従わない!』


『ならば、もう一人もいぶり出そうか! アマルマシンバスター!』



 ファイナルガイの瞳が光ると同時に、アマルバルターの肩口から閃光が走る! 圧倒的な質量と熱量を持った散弾が街に向かって放たれた!



『くぅ! 七色破壊光線っ!』



 黄金の超巨人が舞い降り、そして対抗して七色のビームを放つ! ビームと砲弾がぶつかり合って、夕暮れの空に高熱の華が咲き乱れて散っていく!



『……ファイナルガイ。お前の本心を知った以上私はお前については行けん!』



 シルバルターとゴルドバルターが、ブラスバルターの横に並ぶ。今ここにクールとゴージャス、そしてダブルナイスが揃い、4人のガイがファイナルガイに立ち向かう!


 だが、この危機に立ち向かうのは決してガイだけではないっ!



「ハチ、ハチっ!」


「あ、アルカっ!? 何でこんなところに?」



 ブラスバルターの足元に、アルカが駆け寄って来る! ファイナルに向かうこの街でそれでも揺らぐことなく彼女は真っ直ぐな視線をブラスバルターと、それを駆るハチに向け続ける!

 


「私が傍に居ても、何にもならないと思うけれど……せめて隣に居たいのよっ!」


「……分かった、僕の隣に居て?」


「う、うん……っ!」



 ハチは彼女にブラスバルターの手を差し出す。それを攻撃しようとバッドガイが蠢くが、クールガイとゴージャスガイが前に立ち無粋を打ち砕く。



「よし行くぜ、クールガイ、ゴージャスガイ、ガール。そしてニューナイスガイ!」


『ああ、クールである為に!』


『うむ、ゴージャスである為に!』


「えぇっと、ハチの恋人である為に!」


「はい、全てを守ってアルカの恋人である為に!」



 爆発的なナイスエネルギーが彼らを包み込む。絶望して足を止めた人々が、一人、また一人と立ち上がる! サラリーマンは歩けない人に手を伸ばし、恋人たちは共に支え合い、ヤンキーは子供を抱え――


 そして国防軍の129式機動装甲歩兵が120㎜ライフル砲を再び握りしめる!


 誰も彼もが、この街に生きる全ての人々が。ファイナルに対して立ち向かう! 戦えるものはごく僅か、けれどそれでいい。ファイナルに立ち向かうクールで、ゴージャスでそしてナイスな心意気が、ガイたちの力になるのだから!


 シルバルターが白銀の、ゴルドバルターが黄金の、そしてブラスバルターが黄銅王道の光に包まれる!



『ファイナルガイ様っ! これは――っ!』



 バッドガイは恐怖する。余りにもナイスかつ、ナイスで、ナイスを超えた光景に! ここには自分以外に誰もバッドな人間はいないのだと―― そう確信してしまう!



『ふむ、確かにこのままでは分が悪い―― 来い、バットガイ!』


『は、はいっ!』



 だからこそファイナルガイに従うのだ。従っている間は全てのバッドの責任は自分にはない。ファイナルガイがありとあらゆる悪徳を認めてくれている間は、彼はバッドの悪い面を背負わずに済むのだから。



『何か、策が……?』


『何、簡単な事だ――』



 だから彼は最後まで気がつかなかった。



『貴様のガイパワーを捧げよ!』



 アマルバルターの右腕が、近づいたジュラルバルターを掴んで砕く! 果汁の如く溢れだしたバッドなガイエナジーがファイナルガイに吸い込まれ、そしてバッドガイはジュラルバルターごとこの世界から消えた。破片すら残すことなく。



『ファイナルガイ、これはどういう事だ!』


『神漢帝国とはガイの、ガイによる、ガイの為の国家! すなわちその頂点たるファイナルガイ様に他のガイはひれ伏し己の身を捧げるなど、当然のことでしかない!』



 そうゴージャスガイとて無能ではない。ファイナルガイの理想に共感し、だからこそ彼に協力していたのである! 彼に落ち度があるとするならば、ファイナルガイの歪んだ自己愛から来る余裕を、覇者の証と読み取ってしまった。その一点である!



『こんな、こんな非道をっ!』


『非道? ふん、この程度を非道というか……』



 クールガイの激高に、ファイナルガイは嗤いを返す。



『ならば、クールガイ! 貴様が使っているNPCノンパーソナルコマンダーとは何か知っているのか!?』


『そ、それはガイパワーを帝国の為に使い果たした…… ま、まさかっ!』



 そう、クールガイは気づいてしまった。目の前でガイパワーを吸い尽くされたバッドガイの姿から、自分が指揮していたNPCの恐るべき、おぞましき真実に!



『そう、我に力を捧げつくしたガイ達のなれの果てよ!』



 ファイナルガイの狂笑と共にガイパワーが収束し、3機のバルターマシンが現れる! 1機はグッドガイのロックバルター、1機は超巨大剣を背負ったダマカスバルター、そしてもう1機は先ほどファイナルガイが砕いたジュラルバルターである!



『バッドガイをNPCにしたというのか……っ!』


「それだけじゃなくて、グッドガイさんとソードガイさんも!」


『そう、ガイパワーを使って作り上げた、ガイのコピーだ!』



 余りにも悪辣でファイナルな、神すら恐れぬ行為! 彼にとっては死んだ部下を蘇らせることすら余技に過ぎないのである!



『この、外道がぁっ!』



 クールガイがクールを投げ捨てて吠える! 大義の為ならば、弱気を守る為ならば犠牲は必要であると思えても、己の欲望の為に他者を犠牲にする行為は許せない。そこのは彼の美意識において徹底的な差があるのである!



『外道では無い、これこそが我が覇道っ!』



 しかしファイナルガイはそのような些末事を気にしない! この世界はファイナルたる自分に用意された糧であると、本気でそう思い、考え、貫いているガイなのだから!



「ガール、ニューナイスガイ、行くぞっ!」


「うん、あれが凄く悪い奴だって分かるから……」


「はい、倒します!」



 ブラスバルターが拳と砲門を構える。ナイスガイ、ニューナイスガイ、そしてガールが揃ったブラスバルターは黄銅王道の光と共に一歩踏み出す。


 敵は超々巨大なアマルバルター、ロックバルター、ダマカスバルター、ジュラルバルター4機。更に今だ100に迫る大量のジュラルバルターとアイゼバルター!


 対するは、ブラスバルターを筆頭に、シルバルター、ゴルドバルター、そして国防軍の129式機動装甲歩兵が10機といったところか――


 戦力差は10倍を超える。だが誰一人として後ろに下がることはない。今ここにナイスガイにとって最後の戦いが幕を開けるっ!

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