ゆめ×うつつ

ながる

◆ 始まり

 気が付くと俺は誰かを見下ろしていた。

 あれ? と思って周りを見渡してみる。

 小ざっぱりとした余計なものがあまり無いワンルーム。それでも明るい色のカーテンやベッドカバー、棚の上のアクセサリーケース等からここに住んでいるのは女性だと解った。


 解った、というか。そうだ。最初に見下ろしていたのは女性だったじゃないか。

 視線を戻すと彼女がテレビをつけたところだった。

 有名お笑いコンビの司会が映り、バラエティ特有の盛られた笑い声が聞こえてくる。

 彼女はしばらくじっとテレビを見つめていたが、やがて大きく息を吐くと玄関の方に向かった。

 ぼんやりとそれを見送っていると、奇妙なことに気が付いた。


 距離が変わらない。


 と、いうか。

 自分が後をついて行ってる?

 後、というのは正しくない。だって俺の視線は丁度天井辺りから彼女を見下ろしているのだから。

 何だこれ? と、右や左へ動こうとしてみたが、全く体の自由が利かない。視線だけは動かすことができる。


 自分を見下ろしてみてぎょっとした。

 体が無い!? 手も足も無い。いや、感覚はある。見えないだけか?

 と、透明人間?!


 ひとりパニックに陥っていると、パタンと扉の閉まる音がして、目の前に壁が迫っていた。

 うわっと見えない手をつきだしてみたが、壁に触れることなどなく、ぶつかる寸前で瞬きしたように視界が切り替わった。


 どうやらドアの中に移動(?)したようで洗面所で鏡に向かう彼女が見えた。

 肩を少し越えるくらいのストレートの長髪。サイドの髪を後ろでひとつに纏めて、くるりとねじったようになっている。落ち着いた化粧で地味目な印象を受けるのは疲れた顔をしているからだろうか?

 ともかく、知った顔ではない。


 纏めていた髪を解いた彼女と、ふと、目が合ったような気がした。鏡越しに。

 彼女が振り向く。

 なんだかどきどきしてしまったが、訝しげに眉を寄せながら彼女は視線だけをあちこちに彷徨わせていた。

 彼女にも見えないようだ。


「……気のせい?」


 小さな呟きが聞こえてくる。

 これまた小さな溜息を吐いて、彼女は鏡の前から少し奥へと進み、洗濯機の扉を開けた。少し小振りのドラム式の洗濯機。乾燥まで一気にできるそれは少々羨ましかった。

 慣れた様子でセットを終えると、彼女は浴室の方を向いてブラウスのボタンに手をかけた。


 お。


 するするとボタンが外れていくのが後ろから見ていても判る。

 それをするりと脱ぎ去ると無造作に洗濯機の中へ。

 ストッキングを脱ぎ、スカートに手をかけるとそれも脱ぎ去った。


 おおお。


 キャミソールも淡い水色のレーシーな下着も躊躇いも無く脱ぎ去られ、あっさりネットに詰められて洗濯機の中へ。バタンと扉は閉じられた。

 軽やかな電子音の音楽が流れ、洗濯機は稼働する。


 おおおおおおおぉおぉおおおおお!


 適度にくびれたウエストと、日本人らしい少し四角い臀部に俺は釘付けだった。

 ムラムラと本能が湧きあがる。

 浴室に向かう彼女を後ろから羽交い絞めにしたかった。

 だが、俺は動けない。自分の意志では前にも後ろにも右にも左にも行けないのだ。

 歯がゆさを募らせる俺の目の前で、磨りガラスの様な樹脂パネルが嵌ったドアがぱたりと閉まる。


 ああああああ……


 がっくりと項垂れる(イメージです)俺に神様が救いの手を差し伸べてくれた。

 瞬きの様な感覚の後、俺は浴室の中にいた。

 思わずガッツポーズをとる。我ながら低俗だ。いや、仕方ないのだ。神様はそういう風に人間を造ったのだから。

 顔がにやけるのを止められない。


 シャワーのお湯が彼女の身体を玉のようになって転がっていく。

 洗顔する彼女の小刻みな震えが、身体全体に伝わっていた。

 相変わらず後ろ姿しか見えないが、逆に想像を掻きたてられて徐々に興奮が高まっていく。

 次に髪を洗う彼女の腕の下から胸の曲線が少しだけ見えて、その振動に揺れていた。

 先が見えそうで、見えない。


 あぁあ……


 だ、ダメかも……ちょ、刺激強すぎ……が、我慢できな……


 ……………………

 ………………

 …………

 ……




 仕事と友人と遊ぶのに忙しすぎて、ここ数年彼女のいなかった俺のそれが限界だったらしい。

 スマホのアラームに現実に引き戻された俺の下着の中は大変なことになっていて、まだまだ若いな、などと呟いて現実逃避してしまった。

 朝からいらない作業がひとつ増えた。


 それにしてもリアルな夢だった。シャンプーの香りまで覚えている。

 そんなに欲求不満だった自覚は無いのだが、こうして夢とはいえ体験してしまうと、ちょっと恋しくなってしまう。


 彼女、かぁ。誰か紹介してくれっかなぁ? ケンジに近々コンパやらないか聞いてみるか。


 朝の情報番組を横目にトーストを頬張りながら、俺はいつもの1日を始めたのだった。

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