第22話 トシローの家

翌日、俺たちはトシローこと佐原俊朗の家に向かった。約束の時間午前11時に合わせてトシローの家に向ったところ30分も早く着きそうだったので、トシローの家付近のコンビニに寄った。

コンビニの雑誌コーナーで、うちの雑誌を見た。どの雑誌も透明なテープで塞がれ、立読みできなくしてある。このテープの出現で、今まで人気を博していた「袋とじ」の効果はなくなった。昔は本屋で立読みしていても、どうせ開いても落胆する内容だとわかっていても、見れないと見たくなるのが人間の性分で、「袋とじ」の質で売上が左右した時代もあった。

今は情報がたくさん乱れていて、わざわざ金を出してまで見たいという欲求は薄れてきてしまっている。無料で読めるネットニュースで充分なのだ。コンビニの雑誌コーナーも、昔よりも狭くなっている気がする。


俺は雑誌コーナーで奥に置かれている自社の雑誌を、ラック手前に置き換えた。


「ニラさん、そういうダセエことやめましょうよ。どうせ今更売れたって、廃刊は廃刊なんですから。それと配置変えても、すぐ直されちゃいますよ。こういうコンビニって、マーケティング担当のエリアマネージャーが指示して、配列から全部決められてるんですよ」


「お前、細かいこと色々知ってるな」


「エリアマネージャーって楽かなぁと思ってネットで調べてみたんですけど、あれ、休み少ないっす」


最近は何でもかんでもネットだなぁ、俺は誰に向けてでもなく独り言が漏れた。


浅場直樹は、グミとエクレアとミネラルウォーターのペットボトルを持ってレジに並んでいた。


「なんだ、菓子と水って。お前、女子か」


「これ、昼飯っす。あれ、ニラさん何も買わないんですか?」


そう言ってレジの順番が回ってきた浅場直樹は、支払いをスマホを当てて済ます。なんでもスマホだ。食事が菓子だったり、水をわざわざ金出して買ったり、終いには電子マネーだことのスマホ決済だったりと、自分自身が「最近」に置いていかれているのは明白だ。

何もかもが自分が20代だった頃と違う。

もう考え方が古いのだ。


将来のために、とりあえず介護士の免許取って、コンビニのエリアマネージャーやら適当にネットで探し、面白そうだからといって記者の仕事につき、そこには俺たち年代が情熱を持って、意地になって仕事に向き合うのとは全く別物のスマートな思考で、そのくせ面接をするとしっかりとした答えが返ってくる若者に対して、俺の「こだわり」というものは何の太刀打ちもできない。

考え方から違うのだ。


きっと俺が20代の頃、40代以上の人間たちが俺たちを見るような目で、俺も浅場直樹たちを見ているのだろう。そして浅場直樹たち年代も、俺たちが20代の頃におっさんたちに向けていた目で見ている、もしくは眼中にすらないのかもしれない。


「あっ、トシローのお母さんから電話です」


浅場直樹はスマホの画面を俺に向け、首を傾げた。たぶんトシロー本人からではなく、母親からかかってきたことに首を傾げているのだろうが、俺は友人の母親の電話番号まで携帯に登録していることに少し驚いた。


「あ、トシローのお母さん?どうしました?」


最近は、友人の母親のことを「おばさん」と呼ばない。俺の子供の頃は、誰かの母親はみんな「おばさん」と呼んでいた。今の母親たちは、みんな若いし綺麗にしている。他人の親を「おばさん」などと呼んでしまったら反感を買ってしまうだろう。子供達が自然と「誰々のお母さん」と言うようになったのは、いつからなのか。

自分が歳を食ったせいか、「最近」と言う言葉をよく使っていることに、今更ながら気づいた。


「え、どうしたの?ちょっと落ち着いて。今、近いところまで来てるから。すぐ行くから」


浅場直樹は慌ただしく電話を切った。何か只事ではないことが起きているようだ。


「どうした?」浅場直樹に聞いた。


「なんか警察の人が来て、トシローが連れて行かれてるみたいなんですけど。とりあえず急ぎましょう」


トシローの家はコンビニから走って2分足らずなところにあった。浅場直樹からトシローの家を教えられなくても、すぐにわかった。

家の前に黒塗りの車が停まっている。若い小太りの男が2人組みの黒いスーツの男たちに、羽交い締めにされ、引き摺られ表に出てきたところだ。若い小太りの男は、大声で叫び抵抗している。その腕に、俺よりも少し上くらいの主婦がしがみついていた。あれが、トシローとその母親だとすぐにわかる。


そこへ駆け寄ろうとする浅場直樹の肩を掴み、近くのマンションのエントランスに隠れた。


「なにやってんですか!あれじゃ、トシロー捕まっちゃうじゃないですか!」


「俺たちが行っても無駄だ。相手は警察なんだろ、俺たちが依頼した不正アクセスがバレたのかもな」


「だったら、助けないと!」


「俺たちが行ったところで、一緒に連行されて、それで終わりだ」


マンションのエントランスから顔を出し、様子を伺う。黒いスーツの男たちは、トシローの母親の腕を振り払い、トシローを車に押し込み、去っていった。トシローの母親はその場で蹲った。近所の主婦たちが、玄関や2階の窓から顔を出していた。


浅場直樹は、堪らずトシローの母親に駆け寄った。


「ああ、直樹くん」


トシローの母親は浅場直樹にしがみつくと泣き崩れた。とにかく母親を落ち着かせ事情を聞いた。


「いきなりあの人たちが警察だっていって、なんだかわからないこと言って、なんとかの疑いがあるので、とか、署で詳しく聞かせてくださいとかなんとか、それで連れてだちゃったのよー」


なんだか要領を得ないが、たぶん不正アクセスが原因に間違いない。浅場直樹は顔見知りだからいいが、俺はこの場でどう名乗っていいのかわからず、下を向いて黙っていた。


「あなたが、韮沢さん?」


トシローの母親は、俺に向かって、クシャクシャになった紙を差し出してきた。


「俊朗が、韮沢さんという人が来たら、これを渡してくれって」


俺はそのクシャクシャの紙を受け取った。広げると、ボールペンの殴り書きの汚い文字で『おやいづ大地に会って』と書かれていた。


おやいづ大地?


誰だ?でも初めて聞く名前ではない。どこかで聞いたような名前だ。おやいづ、おやいづ、小柳津。


思い出した。前回トシローが調べてくれた資料に載っていた。たしか、あのペットサロンのアルバイトの男の名前だ。


「おい、直樹!俊朗くんが残したメモ、あそこのペットサロンのアルバイトの名前が書いてあるんだよ!お前、これ、どういうことだと思う?」


俺は興奮気味だった。まだ何も掴めていない。確証には至らない事柄が、次々と繋がっていくのがわかる。バラバラだった事象が、輪郭を帯びてきている。パズルでいうと縁だけが出来上がってきたところだ。まだ何の絵かわからない。だが縁さえできれば、あとは内側に組み込んでいくだけだ。


また、この事件に気を止めたときの記憶に戻る。編集室で目が覚め、点けたテレビだ。あのスラッグアウトのゲームではパネルを2枚残していた。この案件もあとパネル2〜3枚のところまできている手応えだ。あとは俺に残されている持ち玉がどれくらい持っているかだ。


浅場直樹はトシローの母親を落ち着かせようと、一緒にしゃがみこみ背中をさすっていた。ふと視線を逸らし、なにかを見つけたようで、立ち上がり、手を伸ばして、そのなにかを拾った。

それはフサフサした黒い塊だった。


「ニラさん、これ、ヅラですよね」


浅場直樹が拾い上げたものは、黒いカツラだった。




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