第9話 デエスミニオン マネージャー吉田(1)

デエスミニオンの所属事務所に連絡し、マネージャーとアポが取れた。大所帯のグループなので、マネージャー自体5名いて、そのうちの1人が会ってくれるという話になった。


俺は浅場直樹を連れて、デエスミニオンのマネージャーから指定されたカフェで待っていた。俺はコーヒーにしようとメニューを見ると、ブレンドとかアメリカンという表示はなく、読むことすら困難だった。


「おい、どれが普通のコーヒーだ?」


俺は浅場直樹に聞くと、店の人に聞けばいいじゃないですか、と当たり前の顔で言う。取材でズケズケと相手の嫌がることでも聞けるのに、こう言うところでメニューを聞くのは気恥ずかしくてできない。


「普通って、なんですか?コーヒーに普通も異常もないですよ」


「お前、そういう意地悪を言うな。なんとかラテとか、マキアートってなんなんだよ。普通の、砂糖とか何にも入ってない苦いコーヒーでいいんだよ」


浅場直樹は涼しい顔をして、メニューをチラッと見て、


「キリマンジャロとか知らないですか?苦いコーヒー、じゃあエスプレッソでいいんじゃないですか?」


「じゃあ、それでいいよ」


浅場直樹はウエイターに軽く手を挙げて、注文をした。浅場直樹は「アイスなんとかんとかラテ」という、なんとも聞き取りにくい物を注文し、俺はエスプレッソを頼んだ。


注文が届くと、拍子抜けした。浅場直樹の注文した物はゴツゴツした大き目のカットグラスに入れられていたが、俺の前にはクリームを入れる容器のような小さいカップが置かれた。


「なんだこりゃ」


「え、だからエスプレッソですよ」


「こんなのお前、一口くらいしかないじゃねえか」


俺は恥ずかしいので小声で、浅場直樹に文句を言った。


「だって、苦いのって言ったじゃないですか」



デエスミニオンのマネージャーは指定した時間を10分ほど遅れてやってきた。俺はエスプレッソを二口で飲み終えてしまい、えらく待たされた気がした。


「いやあ、遅れてしまって申し訳ありません」


台詞だけは謝っているが、悪びれた様子もなくデエスミニオンのマネージャーは、レモンティーを注文した。この業界の人間は、仕事をくれる人以外には、遅れてくることは定石だ。遅れてくるというのは、忙しいというアピールなのだ。俺たちは、毎回待たされるのには慣れているはずなのに、このカフェは全席禁煙なので、エスプレッソの少なさもあり、いつもより待っている時間が長く感じた。


「本当に白石には参りますよ。よりによって、あの遊び人の安城流星ですからね。あいつはエースとしての自覚がないんです」


注文が運ばれてくると、マネージャーはレモンティーの半分を一気に飲み、スーツのポケットを弄り、忙しない態度を続けている。

ポケットから名刺入れを出し、吉田です、と名刺を俺たちに配った。


「あまり時間がないですけど、なんでしょう?白石の件ですよね。でも、もうあの子はいいんです。2番手だった渡邊愛梨の人気が急上昇してきてまして、たぶん今回の騒ぎでエース交代ですね」


まだ何も聞いていないのに、吉田は勝手に話を進めている。


「半年前の、ライブ会場爆破事件について聞きたいんですけど」


浅場直樹は、名刺を受け取ると本題に入った。


「ああ、谷村栞ですか?」


俺たちは顔を見合わせた。吉田はせっかちな性格なのか、こちらの質問の先を答えるので、たまに話の脈略がわからなくなる。


「ご存知と思いますけど、あの子の爺さんが財務省のお偉いさんで、爺さん宛に爆破予告の連絡があったそうなんです」


吉田はレモンティーの残り半分を一気に飲み、早口で淡々と話し続ける。


「熱狂的なファンのいたずらってことになってますけど、あの爆破騒ぎは、谷村の爺さんの関係者の仕業だと思ってます。あの子自体そんなに人気ないんですけど、こちらも多少出資してもらってるんで、あの子をレギュラーから外さないんですよ。こういうことになっちゃえば、外したいんですけどね。だって、あの子おっぱい大きいだけで、ブスでしょ。みんな、そう思ってますよね」


また、話が飛んだ。俺は年齢的にも興味なさそうと判断してか、若い浅場直樹に、ですよね、と半笑いで同調を求める。


「あの子なんかよりも、レギュラーに上げたい子、いるんですけどねえ。上が承諾してくれないんですよ」


こちらが取材したいと申し出たはずなのに、勝手に話が進んでいく。


事前に浅場直樹にこのアイドルグループのことを聞いていた。グループの総メンバー数は不特定で、事務所に属していなくフリーのメンバーで読者モデルや学生もいるらしい。

ライブやコンサートでは、ほぼ全員が出演するが、テレビやPVに出る「レギュラー」と呼ばれるメンバーは、ダンスのフォーメーションから決まって17名と限定されているらしく、そこへ入るためにはグループとは別の活動で人気を得なければならないらしい。ただ、最近ではグループとしてはほぼ人気が安定期に入り、然程「レギュラー」の入れ替えはあまり激しくなく、15名は不動で、他の2名が多少入れ替わる程度だそうだ。

最近はこの手のグループがほとんどだそうだ。


この子なんですけどね、吉田はスマホをデエスミニオンの公式サイトに繋ぎ、画面を見せたが、ちょっと待ってください、とまたスマホを弄りだし、スマホで撮った写真をいくつか見せてきた。


「こういう公式ページの宣材写真ってあんまり可愛く写ってないんですよね。カメラで撮った自然な写真の方が可愛いんですよ。ほら、これなんか、可愛くないですか?」


ライブ会場の楽屋なのか、2〜3人で撮った写真や、弁当を前にポーズをとっている写真を見せてきた。


「谷村栞なんかより絶対人気出ますよ。でもメンバーの空きがないと、メインに上げれないんですよね。でもまあ、白石は今度の件で、もう終わりって感じだから、白石抜いて、格上げってのもアリですかね」


それを眺めながら浅場直樹は、


「マネージャーさんって、まだメインでないメンバーとか付き合っちゃうことってあるんですか?」


と突っ込んだ質問をした。

吉田は、そんなのあり得ませんよ、と言いながらスマホをポケットに仕舞った。


「メインの人気メンバーじゃなくて、ちょっと下位のメンバーなんか、誘ったりしたら楽勝じゃないです?例えば、さっきの子とか」


吉田は、さっきまでの勢いがなく、口調がしどろもどろになり、タイミングよく歩いてきたウエイターにレモンティーのお代わりを注文した。氷だけになったグラスのストローをズルズル音を立てて吸っている。


「本当はコーヒー飲みたいんですけど、ああいう年頃の女の子扱ってると、うるさいんですよね。コーヒー臭い、タバコ臭いとか。あ、すみません。だから禁煙のここにしたんですけど、韮沢さんたちはタバコ吸う人でした?」


また聞いてもいない話をする。なんとか取り繕おうとしているが、慌てぶりが尋常ではない。さっきまでは口調は丁寧だが、業界人ぶって格好つけていたが、今は目が泳いでしまっている。わかりやすい奴だ。


「なんか、その子に対しての気の入れ方が、凄いなって思ったもんですから。でもマネージャーと担当アイドルが、そんなことあり得ませんよねえ」


浅場直樹の意地の悪い質問が続く。


「あり得ないですよ。そ、そんなん、したら、クビっすよ。クビ」


「ですよねー」


そう受け答える浅場直樹を改めて意地の悪い奴だと思う。でも自分に置き換えれば、たぶん同じようなことをやっているんだろう。


「あれ、今日は白石と安城の話じゃないんですか?」


「いや、半年前の爆破事件で、依頼した香川警備保障についてお聞きしたかったんですが」


俺はやっと発言できた。勝手に話を進める吉田と、それを弄る浅場直樹で盛り上がっているもんだから、本題に戻すまで発言できなかった。まあ、ボロを出す吉田を楽しんでいたことも否めない。


なんだ、余分なこと言っちまったな、と小声で独り言を言って吉田は頭を掻いた。


「香川警備保障ですか?うちが頼んだのはアムレト警備って警備会社ですけど。それ、アムレト警備の親会社ですかね。爆破予告があったので親会社から増員したって聞いてますけど」


「爆破予告って、いつ来たんですか?」


「なんか、ライブ前日の深夜って聞いた気がしますけど。もうちょっと前もってだったら、私達もちゃんと準備したり、警察に通報したりできたんですけど。まあ、犯人の意図は準備させないことだったとは思うんですが、怪我人なし、要求なし、で結局目的がなんだったかわからないんですよね」


吉田は、話が別の方向に向いたことで、落ち着きを取り戻し、カフェに入って来た時よりも丁寧な口調に変わっていた。

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