第3話 ひっかかるネタ

どうせ家に帰っても、妻も娘もいないので、俺はまた編集部の事務所に戻ることにした。その前に、大スクープを掴んだ俺は焼肉屋に行って晩飯を喰らい、生ビールをジョッキ2杯をご褒美とした。満腹になった後、ドン・キホーテで着替えを買い、サウナに寄ってシャワーを浴びた。


うちの編集部の事務所は、壁沿いにカウンターのようなデスクで、等間隔でノートパソコンが置かれている。奥には32インチのテレビとローテーブルにソファ、そのソファが俺の寝床だ。

真ん中の空いているスペースにはビビットなカラーの3つのテーブルがあり、まるでお洒落なカフェみたいな雰囲気にしてある。窓際には、この雰囲気に不釣合いな昔ながらのスチールデスクがあり、そのデスクが太田編集長の席だ。同じ雑誌部でもレディース誌を扱うファション部の敏腕女編集長が、働く場所もお洒落でなければいけないと、うちの編集部までお洒落にさせられた反発として、太田編集長は頑なに昔から使っているデスクを無理やり置いている。


あまりパソコンの知識がないのでどういう仕組みかわからないが、データはサーバーというのに転送してあるらしく、置いてあるパソコンはどれを使っても、自分のパスワードを入れれば自分のパソコンのデータを開けるようになっているらしい。だからこの編集部には自分専用のパソコンはない。

やっとこの機能に慣れてきたが、太田編集長よりも年上の記者、川越さんなんかは未だに一眼レフのカメラを使い、編集に時間がかかり周りから指摘されても、変えるつもりはないらしい。


俺は適当なパソコンを選んで、さっき撮ったスマホの写真を転送した。むかしは記者が書いてきた記事を、他の編集者がレイアウトしていたが、今では記者が写真やタイトルのレイアウトまで、簡単にパソコンでできてしまう。特に俺たち週刊誌の場合はこの方が断然効率が良い。川越さんのようにやっていると記事が間に合わず、彼に回されるネタは次週に回しても支障のないカスネタばかりだ。


二股!熱愛!人気グループ「デエス ミニオン」可愛い女神たちのセンターポジションと男の争奪戦!


このくらいのくだらないタイトルの方が目を惹く。写真はフレンチレストランから出てきた谷村栞と、レコーディングスタジオに電話をしながら歩いてくる白石友梨奈の写真、ラウンジで白石友梨奈の腰に手を回す安城流星の写真を載せた。読者はほぼタイトルと写真しか見ていない。


安城流星と谷村栞の熱愛を追っていたら、その後に白石友梨奈と会っていたという経緯も載せておこう。俺は尾行の経路を載せようと、ネットであの近辺の地図を調べた。なるべく地図を簡素化させようと思い、目印になるものは少ない方がわかりやすいので、フレンチレストランからレコーディングスタジオまでの間に、何か目印になる建物や店がないかと、地図を拡大した。


地図はまだ新しく更新されてなく、「ミュージックスタジオ アオバ」は載っていなくて、スタジオの見るの場所には「株式会社 香川警備保障」と書かれていた。


「香川警備保障って、なんだっけなぁ」


俺は独り言を口にしていた。どこかで、聞いたから見た記憶があるのだが、思い出せない。俺は缶ビールを開け、一口飲んだ。

ネットで「香川警備保障」を調べても出てこない。おかしい、ただ倒産しただけの会社なら、ネットでもしばらく出てくることの方が多い。「ミュージックスタジオ アオバ」を検索してみる。オープンしてまだ半年のスタジオで、安城流星が所属している芸能プロダクションの持ちビルになっていた。

俺は手帳を取り出し、今調べたことを箇条書きにして書き出した。


メモを取っている途中で、あれ俺は何を調べてたんだっけ?と手を止め、安城流星の二股の記事を書こうとしてたことを思い出した。

俺はその地図に、目印の「セブンイレブン」を載せ、簡単なものをエクセルで作った。タイトルと写真と地図のレイアウトを決め、空きスペースを記事で埋めていった。内容なんてどうだっていい。ただの三角関係を面白おかしく書けばいいのだ。

俺は記事を1時間程度で書き上げた。缶ビールを飲み干すと、急に眠気が襲ってきた。

俺は事務所の明かりを消し、寝床のソファに横になり、ジャケットを掛け布団の代わりにした。

ローテーブルには昨日の空き缶とスナック菓子の袋が朝のままになっていた。誰も片付けてくれないのかよ、と自分が片付けていないことを棚に置き、渋々ローテーブルの上のゴミを片付け始めた。

ローテーブルの上にゴミと一緒に、朝、太田編集長から渡されたメールの用紙が載っていた。まあ、他の記者も持っていかなかったゴミネタだから、これもゴミか。


その髪を捨てようとしたところ、その中の1枚に「香川警備保障」の文字があった。


そうだった、朝見たんだった。

俺はその紙以外をスナック菓子の袋と一緒に捨て、その紙は半分に折り畳み、自分のバックに入れた。


香川警備保障についてもう少し調べようと思ったが、眠気には勝てず、1つ記事もかけたし、考えるのは明日にしようと眠りについた。


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