第35話 蟲毒

 大河内廉也は単身森の奥深くにまで達していた。

 身を潜め通信なども切る事で自身の行動を誰にも感知されぬ様に密かに行動していた。

 そして現在、廉也の目の前に今まさしく本作戦の最終目標地地点とされる予想される場所、「洞窟」ダンジョンが目の前にあったのだ。

 ここに来るまで、周辺には大きなLoonの高まりや、よく分からない爆撃等もあったがそれらをかいくぐり大した戦闘も無く奥地にまで来れていた。

 僥倖と言うべきか、ここに来るまでに確認した所、どうやらあの小生意気な「ベビーフェイス」は森の中腹に居たし、厄介な聖騎士二人はもっと手前で足止めを喰らっていた。

 白鳳凰教会はそもそも全く別のルートで進んでいるだろうからか索敵の範囲内にすら干渉していない。


「ふふ、これで俺様が一番乗りだ」


 雑魚のMEなんか幾ら倒しても大した功績には成らない。

 やっぱりどうせやるなら大将首だ。

 あんなビビりの老害共に手柄はやるもんか。

 自分こそが勇者なのだ。

 自分こそがBraveHeartと呼ばれるに相応しい者なのだ。

 常日頃廉也は思っていた。

 今回でその事を周囲に思い知らせる良い機会が巡ってきたのだ。

 これを僥倖と言わずして何て言うべきか。

 思わずほくそ笑む廉也。

 そしてその笑みを携えたまま「洞窟」ダンジョンの中へと単身突入していく。


 暗闇を予想し手に懐中電灯を用意し入ってみた物の、「洞窟」ダンジョンの中は不思議と明るかった。

 廉也はリュックに懐中電灯をしまい込み、代わりに大ぶりのコンバットナイフを手にしていた。


 廉也は二刀のコンバットナイフを操る戦闘術を得意としている。

 その練度は高く戦闘教官だったアバルト・バッジオすら手放しで褒める程だった。

 その戦闘への絶対な自信からか廉也は洞窟内部でも潜む様な事はせずむしろ堂々と歩を進めていた。

 洞窟内部は人が数人並んで入れるほどの幅があり高さもそれなりにあった。

 戦闘になっても動きをそんなに阻害されることは無いだろう。

 むしろ先程から戦いたくてうずうずしているにも拘わらず未だMEに遭遇していない。

 ブリーフィングで受けた説明では2000近くのMEが存在する危険性を謳っていた。

 しかし此処に来るまでに一匹のMEにすら遭遇していない。

 洞窟に来る途中でさえ繭の様な物はあったにせよ動いているMEは見ていない。

 一体何処にそれほどのMEが存在するのか?報告は誤報だったのでは無いかと疑うほどだった。

 その事について思うことはあったが、この時深く考えなかった。

 廉也は洞窟内部の静けさに少し訝しみながら、その歩を進めていった。


 ある程度洞窟内部を歩き進むと十字路に遭遇した。

 その十字路を廉也は左から見ていくことにしてみた。

 何でも迷ったら左からが廉也の鉄則である。


 ピチョン……ピチョン

 

 水滴が滴り落ちるような音が聞こえた。

 どうやら奥の方から聞こえる様だ。

 奥に近づくにつれ嗅いだ事の無いかすかな異臭が漂ってきた。


「何の匂いだ?」


 異臭に鼻を抓みながらもその歩みを廉也が止めることは無い。

 普通ならば何かしらの異常があれば警戒してしかるべしなのだが、如何せん廉也には実戦経験が乏しかった。

 異臭=異常とはならなかったのだ。


「くせぇ~、マジうぜぇなこの匂い」


 手の平で顔の前を仰ぎながら廉也は匂いを払う。

 しかしそれでも臆する事無く廉也は進んでいく。

 そして通路を進みきった先には大きな穴があったのだ。


「何だコレ?こっからこの匂いがしてるのか?」


 突然現れた大きな穴は直径6メートル程の穴でこの場所だけ仄かに暗く、通路からの柔らかい光が届いていない。

 反対側を見てみるとほんのりと光が見える事から、反対側にも此処と同じような通路があるようだ。


 カサカサ


 足下から地を這う音が聞こえる。


 ガリガリ


 穴の底に何かの気配が漂っている。


「何だ?」


 廉也はリュックにしまい込んだ懐中電灯を取り出すと穴の底の中程を照らした。

 

 光沢のある黒が蠢いているのが分かる。

 幾重にも重なり何重にも絡まり合うかのように。

 一見するとそれは何か美しい美術品のようにも見えてくる。


 グチュ……グチョ……


 何かをこねるようなそんな気味の悪い音が聞こえた。

 廉也は懐中電灯の光を自分の足下、音がする方へ向けた。

 其処には穴の底から這い上がるように、自らの足下に迫る人影があった。


「うぉっ」


 廉也は思わず下がってしまう。

 それも仕方ない。

 何故なら這い寄る人影には瞳が無かったのだ。

 普通、人にならば在るはずの眼球が。

 代わりにあったのは―――――

 廉也には理解が追いつかない物だった。

 その異様さについ目を逸らしてしまう。


 グチュ……グチョ……


 自身の足下から聞こえてくる音に恐る恐る懐中電灯を穴に向けてしまう。

 そしてもう一度、穴の底を、這い出てこようと蠢いていた人影を覗いてしまう。


 人影にはやはり瞳が無く、其処にあった物は―――――


 蟲。


 百足、蜻蛉、蟋蟀、虻……。

 そして口からは大きな蛇がまるで舌の替わりの様だと主張する様に頭を覗きだしている。

 明らかに異常。

 どう見ても普通では無い。

 腕の至る所から白い虫の幼虫の様な物が

 そんな異常な人体の形をした者が這うように此方へと手を伸ばしてくるのだ。

 その様子は緩慢ながらも人間の動きの様に見えた。


「――――ひっ」



 小さな悲鳴ですんだのは流石BHと言えよう。

 だが廉也はその異様さに思わず腰を地に落とし後ずさる。

 穴の深さはおよそ5メートル程ある。

 あの人影が這い出てくる事は無い。

 頭では分かっていても心が追いつかない。

 生理的に無理とかそう言った次元では無い。

 アレは人が拘わってはいけない。

 そういう類の者だ。

 確か、教官に聞いた事がある。

 腐乱した死体が動く事があると。

 人の形をした人ならざる物。

 闇の住人。

 幾ら殺しても死なないME。

 そうアレは死人アンデット

 

「くっ…なんでこんな所にこんな奴が居るんだ……くそ、致し方ないが本部に連絡するか」


 自分はまだアンデットの対処方を

 その不安から廉也はこのアンデットの処理を浅日達第一世代に任せようと考えた。

 そしてその間に自分がギュスターを狩れば良いのだと。

 そう思いグローブに組み込まれているのウェラブル機器を立ち上げ全ての機能をONに切り替える。

 穴は深く高さ的に死人アンデットが直ぐには登って来れないことは廉也にも簡単に予想できた。


「まぁいい、あんな気味の悪いのは別の奴らにやらせれば。それにしてもこの穴は一体何なんだ」


 内心ではさっきのアンデットにびくつきながらも悪態をつく。

 そしてこんな所に居られないとばかりに早々と元来た方に戻ろうと廉也が立ち上がった時だった。


「折角ここまで来たんだ。もう少しくつろいでいけ人間」

  

 廉也は不意に背後から両肩を押さえ込まれ、身動きが取れなくなっていた。

 恐怖や何かの能力で行動不能になっているわけでは無い。

 純粋に力で押さえ込まれていてビクとも動かないのだ。


「そう、はしゃぐな。丁度アサヒが来るまで暇だったのだ。俺の暇つぶしに少し付き合え」


 浅日、浅日と言ったか。

 となれば背後のこれが昨日あのベビーフェイスが出会ったMEギュスターか!

 何だコレは。

 こんなの聞いていない。

 廉也は焦っていた。

 今どう何を動こうとも自分自身が何も出来ないことを悟ったからだ。

 今自分に出来る事はこの場を引き延ばす事だけだ。

 

「ぼ、僕をどうする気だ?」

「ん~、どうしようか?どうして欲しい?今なら首筋に噛みつくだけでお前―――――死ぬなぁ」


 ぼそりと言ったその言葉に廉也は自分の状況を突きつけられた。

 手も足も出ない敵に背後を取られている現状。

 そして会話という武器しか今の自分には持ち得ていない事を廉也は理解していた。

 だから宣う。


「お、お前がギュスターか?」

「ふむ。人に名前を聞くときは自分からと教わらなかったのか?存外今世の人は無礼よな。まぁよい。今俺は機嫌が良い。名前ぐらいは教えてやろう。俺の名はギュスター・グレリオ・ゴブリン。魔界を統べる魔王様直属の配下、アリストクラット六人が一人よ」

「ギュスター・グレリオ・ゴブリン…ゴブリン?」

「ああ、俺はゴブリンの王よ。してお前は?」


 ぎゅるり。


 廉也は意図せず瞬きの間に自身の身体の向きを180度回転させられた。

 廉也の目の前には薄い緑色の肌をした美しい顔の青年がいた。

 

「お、大河内廉也……」


 その美しさに思わず廉也は息を呑んだ。


「ふむ。廉也か。そう言えば先程お前、その穴を何かと問うていたな?教えてやろう。アレはな闇の聖杯と言ってな、所謂蠱毒こどくと言う呪術の一種よ」

「蠱毒…」

「ああ、簡単に言うとだな、ありとあらゆる蟲や蛇それらの類を放り込み殺し合いをさせるのよ。生き残った者は猛烈な毒を持つ生物に進化するのよ。そしてその怨念と毒を使い目標を呪い殺す。そう言った呪術の類」

「なぜゴブリンが呪術などを?」


 つい思った疑問が廉也の口を突いた。


「ゴブリン族、と言うか我は妖魔族の王、妖魔が呪術を使って何が悪い」


 なんとも無しにした質問だったがギュスターは普通に答えてくれた。

 昨日ベビーフェイスを見逃したりしたらしいし、もしかしたらコイツは友好的なMEなんじゃないかとそんな気すら廉也はしてきていた。

 

「なんの為に蠱毒を?」

知らなくても良いのだがな……」


 そう言い放ったギュスターの言葉はとても冷たく聞こえた。


「まぁいい。折角だ。アレはただの蠱毒では無い。闇の聖杯と言う呪法。アレによって生み出されるのは強烈な怨念とそれに相応しい妖魔が産まれ落ちるのだ」

「ただの蠱毒じゃ……ない?」

「ああ、普通の蠱毒は壺でやるのよ。コレぐらいの壺にな、蟲を入れて蓋をするのよ、ところがこの闇の聖杯はな。壺の代わりにこの穴を使っているのだよ。分かるか廉也?蟲では無く俺はそれを大量のゴブリンでやったのよ、まぁ蟲やその辺の獣や死にかけの人間も放り込んだがな」


 何と言った?

 ゴブリンの王が?

 ゴブリン同士を殺し合わさせているのか?

 どういう事だ?

 死にかけの人間?

 美しい顔で酷く残酷な言葉を紡ぐ。

 突然のギュスターのその言葉に廉也は戸惑いを隠せない。


「それの仕上げに俺はアサヒをと思ってたのだが、アレはアレで惜しい気がしていてな、丁度良いところにお前が来たんだよ廉也」

「……仕上げ?一体何を言っている?」

「何と?そのままの意味だ。仕上げは仕上げよ。折角の可愛い妖魔だ。勇者という核があった方が良いとは思わないか?」


 そうギュスターが告げた瞬間、廉也の胸に強烈な衝撃が走った。

 無防備だった廉也はそのままその身を穴の底へと躍らせた。



「うわ!なんだ。や、やめろ!やめろーーーーーーーー!!!!!!」


 地の底に落ちた廉也にが襲いかかる。

 その生を羨むかのように。

 分けてくれと懇願するように。


「クハハハ―――――せいぜいもがけよ勇者………クハハ……クッハハハッッハァ!!!」

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