第23話 暗雲

 ズガガガガッッガガッガガガガッガガッガガガガッガガッガ―――


 少し先からもの凄い爆音が響き渡ってくる。

 これはもう見つけてくれと言っている様な物だな。

 何がどうなっているのか分らないけど僕は音の鳴る方へ向かうことにする。


 木々の間を飛び交い轟音響く戦場にたどり着く。

 其処は硝煙と血肉飛び散る地獄だった。


「あ~~~~~~~~はっはは!!―――」


 どこかで見た女性がバルカン砲を打ちまくりながら奇声を上げている。

 その傍らにはこのご時世に時代錯誤のシノビ装束を身に纏った青年とマウンテンパーカーを羽織った何処か場違いな女性が居た。

 近くに飛び降りようと思ったが、まかり間違って射撃でもされたら流石の僕も挽肉になってしまう。

 それは遠慮したいので少し離れた所に降りそっと彼らに近づいていく。

 どうやらバルカン砲は弾が切れた様でキュルキュルと空回りしている。

 何やら三人で会話している所に僕が合流することになった。


「やぁ」

「あ、浅日さん」「…ッス」


 第2世代のBH、由奈と瑛十の兄弟だ。

 姉さんからの協力要請で来てくれたんだろう。

 頼もしいことに、二人ともそこそこのベテランだ。

 特に潜入捜査等の調査系ミッションの成功率は驚異的だ。


「あ~、それで―――――そこの彼女は?」


 僕は二人に隠れるようにしているマウンテンパーカーを羽織った女性を指す。


「彼女、山崎奈々子さん。それ以外の情報は皆無。丁度私たちも今から聴こうとしている所なんですけど、此処に留まるのも何なんで少し移動しませんか?」

「それもそうだね。さっき爆音で此処の場所は晒されたも同然だからね」

「………早く行った方が良い。何かよく無い者が近づいてる」

「マジか。よしとっとと移動しよう。彼女は僕が担いで行くよ。取り敢えずナビに従って移動して」

「了解」「…ラジャ」


 姉弟が返事を返すと「ちょっとごめんね」と断りを入れ、僕は発言通り彼女、山崎奈々子さんを肩に担ぎ走り出す。


「え、ちょっ!ちょっとぉぉおおおお」

「舌噛むよ」


 僕達BHはジョブを設定する事で人外と言える程の身体能力を得られる。

 それこそ人一人抱えても100メートル9秒なんて楽に切れる。

 もうそう言う次元じゃないんだよね。


「戻れそうならこのままエクスカリバーまで戻るよ」


 僕がそう言うと二人は更に速度を上げる。

 二人とも一度戻りたいみたいだな。

 そこそこ消耗している証拠か。


「じゃ、僕も速度上げよう」


 そう言うと僕は木々を足場に飛び上がる。

 

「ひゃぁあああああ」


 頭の後ろから聞こえてくる悲鳴に彼女を肩に担いでるの忘れて居ることに気が付いた。

 まぁいいか。

 こんな所に一般人がいる方が悪いよね。

 これもちょっとしたお灸みたいなもんだ。


□■□■□■□■□■


「どうやら上手くいったようだね」


 薄暗い部屋の中でピンク色の熊のぬいぐるみを抱いた少女が青年に話しかける。

 その様子に此処に他の人が居たら違和感を感じずにはいられないだろう。

 と言うのも少女の瞳は虚ろで喋っている時ですら口元が一切動いていないのだ。


「――――ああ、まずはおはようと言うべきかな?ポム」

「フフフ、おはよう。気分はどうだい?体調は?」

「気分はまぁまぁだな。体調に関しては取り敢えず調子を見て見んことには分らないがな。何はともあれ今は起きたばかりだ。この礼はいずれまたな」

「僕と君との仲じゃないか。礼なんて不要だよ。僕としては友達が蘇ったことに喜びを禁じ得ないんだ。この感動が既に礼だよ。取り敢えず食事でもしてきたら?外には餌がいっぱいいるよギュスター卿」


 青年が身体をゆっくりと起こす。

 均整の取れた身体はまるで白亜の彫刻のように美しい。

 ただその肌の色が人のそれとは大きく外れていた。

 そう青年の身体の色は薄い緑色なのだ。

 その色はまるでゴブリンの肌の色と同じだ。

 ギュスター卿と呼ばれた青年が立ち上がると少女の頭を不意に鷲掴む。


「あがががががががが――――」


 少年は口から涎を垂らしその瞳からは涙を流し出す。


「酷いな。いきなり~」

「何を言う。この時代の知識を『複写』しただけだ、直に元に戻る。酷いというならお前の方だろうポム。年端も行かぬ少女を傀儡にしている癖に―――」


 ポスッ。


 少女が抱いていたピンク色した熊のぬいぐるみが自らの意志で地面に飛び降り動き出す。

 短い手足を懸命に動かすその様は何処か滑稽に見える。


「酷いって言ってもどうせ人族じゃないか。どうでも良いだろ」

「ふ、拗ねるな。お陰でこの時代の事がおおよそ分った。さて食事がてら外の空気でも吸いに行くとするか。ポムはどうするのだ?」

「僕はこれでも忙しいからね。次は東南アジアの方に行ってくるよ」


てとてとと、まるで冗談のように―――ピンク色の熊のぬいぐるみ―――ポムが歩いて行く。


「ああ、その子もう要らないから―――」

「ふふ、ありがとうポム。全く、これでは至れり尽くせりだな。高く付きそうだ」

「そう思うなら頑張ってよねギュスター卿」

「誰に物を言っているのだ。俺は魔王様の一の配下、ギュスター・グレリオ・ゴブリンだぞ」

「……じゃぁ僕はこれで」


 ポムと呼ばれたぬいぐるみの熊が手を上げたかと思うとその姿が暗闇へと掻消えていく。


「ふん。魔導師風情が………まぁよい。まずは食事だ」


 そう言ってギュスター・グレリオ・ゴブリンと名乗った青年は、自信の側に立つ少女の首筋に囓りつく。


「久々の人族は美味よの。この少女の命と我を蘇らせてくれた功績分ぐらいは奴の思惑通り働いてやるとするか」

「いだいいだいいだいいだいいだいぃぃぃ」


 少女にはギュスターがどう見えているのか?

 自らを捕食せんとするギュスターから逃げる素振りも見せず、かといって抵抗するわけでも無い。

 為すがまま、為れるがままだ。

 已然とその瞳に光は灯らず、反射としての言葉を繰り返すのみである。


「酷い物よな。大した力もない人族が覇権を握るからこの様な犠牲が出るのだ。人族にあるのはゴキブリのような生命力と繁殖力だけなのはいつの世も変わらぬか―――」


 少女は虚ろな瞳から涙を流す。

 その涙はどんな意味を持つのか。

 恐怖からか、痛みからか、はたまた人が食料と化す様なこの世を憂いてか。

 それは誰にも分らない。

 それでも思い通りにならない身体を、少しでも目の前の捕食者から逃れようともがく。       


「ふふふ、この時代の人族も存外しぶといようで安心した。それでこそ滅ぼしがいもあると言う物だ」


 ギュスターは少女の首をねじ切ると流れ出る血液を啜り、乳房を囓る。

 少女だった物は今やただの肉塊と化す。

 ギュスターにとっては少女、いや、人間もただの食料でしか無い。

 

「ククク、しかし久しぶりの現世だ。楽しまなくてはな――――手始めにこの周辺を支配下とするか」


 ギュスターは歩き出す。

 自身の望む世界の為に。

 魔王復活の為に。





 

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