トラットリアAKUJIKI

戮藤イツル

第一話 人気トラットリアの内情

一品目『人気トラットリアの内情』(1)

 初夏の風が吹き抜ける、小さな駅の前に佇むレストラン。

 『トラットリア AKUJIKI』。

 真夏と真冬にしかオープンしない不思議な店。この店の評判は漣が走るより早く人々の耳に届いた。

 今は行方不明となっている大手グルメサイトの管理人が載せた記事によってだ。


「あの店と言えば間違いなくステーキをお勧めする。どんなマジックを使っているのか、出て来た時にはまだ肉が動いているかのように新鮮さを保っている。その肉の芯を焼くのはペレットでは無く、直射日光。店の中にふんだんに取り込まれる日光を使った演出が実に凝っている。じゅわああと言う肉が焼ける音は、悲鳴にも似ている。それが止んだら食べ頃、頬張った瞬間に蕩ける様な脂身の甘みが広がる。噛めば今度は肉汁が溢れ出し、いつまでも噛み締めていたくなる」


 そんな記事がそのグルメサイトのトップ記事になった瞬間、店は行列の絶えない店へとなった。駅前にあるにも関わらず、歩いて十五分程、列の最後尾に並ばなければ食事にありつけはしない。


 そしてこの店には当初から二つの売りがあった。

 ひとつは『インスタ映え』すること。

 料理の全てが人間の視覚での食欲を刺激する、そしてやはり日光をたくさん取り入れる店内の内装がまた美しい。

 全てがあいまって、まるで誰でも一流の写真家の様な写真が撮れる。これが若者の間で流行った理由。

 ふたつは怪談めいた不思議な噂だ。

 『その店の行列に並んだ人間は、ちらほらと姿を消す』。

 これは炎天下の下、このトラットリア(レストラン)の食事を口にしたいがために並んだ人間が、脱水なり熱中症なりで倒れた時に起きると言う。だが、それはオカルトマニアの心にも火を点けた。人が姿を消すトラットリアとして、その界隈でも有名になっていった。


「ま、全部本当なんですけどね」


 雑誌に載った自分の店の記事を眺めながらギャルソンは呟いた。左肘はテーブルに突きシャープな顎を支え、長い脚は綺麗に組まれている。白いシャツに黒いベスト、ネクタイ、スラックス、腰エプロンに革靴。髪の色素は薄く、緩くオールバックにされた細いそれは、降り注ぐ日光に透ける様なミルクティブラウン。眼は細すぎて糸目に見えるが、その色もまた色素が薄く髪と似た色をしていた。にこやかな口元も相まって、すっきりとした鼻梁を見ても、美青年の域に入る。柔らかい雰囲気を持つギャルソンだ。

 この店、唯一の。

 組んだ膝に乗せた雑誌を閉じると彼は大きく伸びをした。

 今日は店は定休日だ。それにも関わらず彼は常のギャルソンの姿を崩さない。


「店長!捌き方教えてくださいよ!俺じゃまだ料理長の言ってる事が理解できません!」

「やれやれ、せっかくの休みだと言うのにこの私に仕事をさせようと言うんですか?」

「仕込みと言ってくださいよ!それに明日の『食材』を拾って来たの俺ですよ!褒めてください!」

「はいはい、新人くん。新人教育も私の仕事ですね。仕込みは確かに大切です」


 褒めてないじゃないですかー!厨房の方から大声で叫ぶ声が聞こえる。聞こえて来た声の主を新人くん、とギャルソンは呼ぶが、この店に勤め始めて既に二年が経過していた。それだけでも褒められたものだ。今までの『料理人』は数カ月、あるいは三日と保たなかった。

 ギャルソンはふぁ、と欠伸を一つ、雑誌をテーブルに置くと、すっくと立ちあがった。背丈は百八十を超えているだろうか。体躯はしっかりとしていてギャルソンの制服が絵に描いたように似合う男。ネクタイに指を掛けるとするりと引き抜く。そして厨房へと向かうと、二人の前に立った。

 一人はコック服に身を包んだ若者。先程大声で叫んでいた男だ。

 もう一人は厳めしいが整った顔をした武骨な男。彼がこの店の『料理長』だ。

 料理人二人にしては広い厨房の真ん中、肝心の『食材』を捌くための一番大切な台の上に、肉のブロックと削ぎ落した後の骨がいくつも置かれている。それを見てギャルソンはため息を吐いた.。


「新人くん、何故こんなに骨に肉が残っているんですか?そろそろ一人前に捌ける様になってほしいんですがね」

「すみません…ブイヨンにでも使います?」

「ここまで捌いてしまったならそうするしかないでしょう。料理長、なんとかなりますね?」


 料理長はギャルソンを見てこくりと頷いた。

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