第6話 店長の悩み事と不思議なプリン

 カラコロンとドアベルが鳴る。今日もやってきた俺のオアシス……だったはずがなんか空気が重い。


「あ、いらっしゃーい」


 こころがてくてくと水をもってこっちにやってきた。


「なんか雰囲気違わないか?」


「ん、ちょっと……ね」


 こころの目線の先には店長がどよーんとした空気を纏わせている。


「……何があった?」


「どうも実家から連絡があったみたいでね?」


「どういうことだ?」


「あたしにもよくわかんない。けど、店長っていいところのお嬢様みたいよ?」


「ほ、ほう。そうなのかー」


「ところでさ。ただのお冷にお砂糖入れてるよ?」


 なにっと思って手元を見ると、お冷の氷の上に砂糖が山盛りになっていた。動揺しすぎだろ。


「ふーんだ」


 こころは不機嫌な表情で立ち去る。俺まだ注文してないんですけど!?




 とりあえずテーブルのチャイムを鳴らすとつばめちゃんが注文を取ってくれた。つばめちゃんマジ天使。


 ホットサンドセットはいつもながら絶品だった。全粒粉パンを使用しているとのこと。パン担当のこだわりが随所にみられる。栄養バランスの良い全粒粉は、ダイエット食として人気だ。


「だれかさんは外食ばっかりですからね!」


 なんか聞こえたが気のせいだろうか?




 パンを軽くトーストしてバターを塗り、間に具を挟む。それを改めてホットサンド用のトースターに入れて焼き上げる。


 外側が熱々で、パリッとした食感が最高だ。一つ目は……スクランブルエッグか。トロっと口の中に広がるたまごの風味がたまらない。


 軽く塩コショウしてあり、ピリッと味を引き締めている。


 次はハムサンドだ。定番だがこれもうまい。あらかじめ軽く火を通してある。温められることで旨味が活性化していた。さらにハムは2枚。間にチーズを挟んであった。


 ボリューム感が増して、満足感もばっちりだ。


「全粒粉パンってどうしても味気ないじゃない。普通のパンに比べるとね」


「そうだなあ。ちょっとボソボソしてるというか」


「だから具を少し汁っけ出るようにして、ボリュームアップしてみました」


「なるほど!」


 そしてサラダに手を伸ばす。ここのセットサラダは付け合わせと言えど手を抜いていない。


 新鮮な野菜を使っている。しかも産地まで分かるようにトレーサビリティもばっちりだ。ドレッシングも手作りで、食べる直前に混ぜてかける。


 今日はパスタサラダか。生ハムも刻んで乗っけてある。贅沢だな。


 と一通り食べ終わりコーヒーを飲んでいると、少し思いつめた表情の店長が俺の前にやってきた。




「こんにちは。いい天気ですね」


 俺は何を言っているんだ。違うだろ。


「そうですねえ。けどこう暑いと大変ですよね」


「ですねー。前にいたところと違って湿気がすごいです」


「あ……」


 店長の顔が少し曇る。


「どうしました?」


「いえ、ワタヌキさんもいつかどこかに行ってしまうのかなって」


「そう、ですね。辞令が出たら……」


「それは……いつ、ですか?」


「なんとも。唐突に出ることもありますし、どこかも出てみないとってなりますが」


「じゃあ、まだこちらにいるってことですよね?」


「まだ辞令出てないですしね。というかこっち居心地いいですし、家でも買って拠点登録しようかな?」


「それは? どういうことなんですか?」


「あー、持ち家があるとか実家があるところに拠点を決められるんです。転勤はそこから通える範囲でって希望を出せばですが」


「わぁぁ、素敵ですね!」


 なんだろう、沈んでいた彼女の表情が明るくなる。俺がどこにもいかないって知って喜んでるみたいじゃないか??


「あ、そうそう。これちょっと試食していただけます?」


 トレーに乗っていたカップを差し出してくる。


「プリン、ですか。へえ……」


「ちょっとした仕掛けがあります。どうぞお試しあれ」


 クスッと笑みをこぼす。ずっと見ていたくなる。そうだ、新居は一緒に選びましょう!


 などと口に出せるわけもなく、無言でプリンを口に入れる。ひんやりとしていて夏向けだ。ってあれ? 違和感を感じた。


「え? これって」


「うふふー、さあ、仕掛けはなんでしょー?」


「……卵、いや、違う」


 もう一口食べた。甘味はついている。カラメルなしでもうまい。ふと気づいてカラメルをかけた。より甘くなった。そしてカラメルなしの部分を食べてみる。


「ところてん、ですか?」


 ぱあっと花が咲いたような笑顔で店長が微笑んだ。可愛い。娶りたい。


「正解です! さすがですね!」


 ぎゅっと手を握ってくる。やべえ、すべすべしてていい感触。顔が近い。なんか良い匂いがする。


 ふと目が合う。目がウルウルしてきた。ってなんで目を閉じるんですか? なんで!? ってあたりで後頭部をしばかれた。


「あんたら店の中でいちゃつくんじゃない!」


「え?! いえ、いちゃなんかついてませんよ!?」


 こころが脱力したようにがっくりとしゃがみこんだ。


「もう勝手にして……」




 さすがに気恥ずかしく、店長に黙礼して伝票をもって立ち上がった。


「すみません、ちょっとご相談があるんです」


 すると店長に呼び止められる。


「どうしました?」


「実は……」




 この会話が俺たちの関係を劇的に変えることになるとは知る由もなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る