第12話 杉山栄志3

 「追加報告だ」


 松永康介に続き、妻の松永弥生の身辺調査を開始してさらに十日。ようやく鬼束から連絡が入った。


「ってなんで事務所にいねぇんだよ」


「よう、よくここにいるって分かったな」


 「いらっしゃいませ〜」と甲高い女性店員の声が響く場所は煌々と蛍光灯が眩しいファミリーレストランだった。

杉山を睨みつける鬼束はまだ注文していないドリンクバーのコーラをすでに手にしていた。


「あんたにはGPSくっつけてるんでね」


 舌打ちをしノートパソコンの入った黒いリュックを乱暴にテーブルに置いた。


「そら便利なこった」


 そう言うと杉山は煙草に火を付けた。

鬼束は持っていたコーラを乱暴にテーブルに置くと杉山に距離を詰めた。


「おい、事務所に盗聴器が仕掛けられてるぞ」


 そう言うと杉山が鬼束を見て煙を吐きながら小さくため息をする。


「お前さ、注文してから持ってこいよ」


 杉山が愛想よく手を上げ店員を呼ぶ。鬼束は杉山の反応に面食らった。


「なんだよ、気づいてたのかよ」


「俺も気づいたのは先週くらいだ」


「なんで俺に言わねえんだよ」


「GPSついでにちょっぴりお前が付けたのかもって疑ってたから」


 チッと鬼束が舌打ちをすると目の前にあるコーラを勢いよく飲んだ。


「ご来店ありがとうございま〜す」と注文を取りに目が笑っていない甲高い女性店員が来ると鬼束のコーラを見て、笑顔が一瞬固まった。

それに気づいた杉山は飲みたくもないドリンクバーを二つ頼み、適当にメニューを捲り注文をつける。

「ごゆっくりどうぞ〜」と店員が去るとまた煙草を吸い込んだ。


「仕込んだのがお前じゃないとすると地引だな」


「ホモ野郎が?なんで?」


「さぁ?お前にまだ未練があるのかもな」


 鬼束が腑に落ちない表情をすると杉山がひらひらと手を出した。


「報告は?」


 そう言うと鬼束はA4サイズの茶封筒を杉山に渡した。中には松永弥生についての資料と写真が入っている。


「さっすが。よく調べてんじゃないの」


「今回の依頼者である小玉幸彦こだまゆきひこは四十三歳独身。新卒から今の会社一本で転職歴も無し。父親はすでに病気でおっ死おっちんでます。今は認知症を患った母親と同居、離婚歴あり、子供なし」


「そんで介護に疲れて部下のストーカーかぁ」


 杉山は加え煙草に煙を吐きながら器用に資料を捲っていく。


「松永弥生に盛ってた女は土屋紫乃つちやしの。女学校時代からの同級生でシングルマザー。千葉の外れで五歳の娘と二人暮らし。気になっていた小学生のガキは辻村真人つじむらまひと、十歳。松永弥生とは赤の他人で、レンタルチルドレンっていうサイトから派遣されている一般人のガキだ」


「レンタルチルドレン?」


「三年前は劇団子役と一般ユーザーをマッチングさせている若い民間企業だったが、で乗っ取られて、今ではヤクザのシマだ。恐らく最終の行き先は売春、人身売買。そのサイト運営に片岡組が絡んでるってわけ」


「サイト運営までとは、今のヤクザもよく働くねぇ」


「当時のオーナーは行方不明、今ごろ東京湾あたりに沈められてるんじゃねぇの」


 ひと通り資料を見渡し、煙草を灰皿に押し当てると杉山は鬼束を見た。


「で?他には?」


「……深夜出入りしているあの若い男も裏で片岡組が運営しているレンタルサイトの添い寝屋だ」


 鬼束は内ポケットから男の写真を杉山に放り投げた。

そこにはレンの顔がはっきりと写っていた。





「名前は、杉山蓮志すぎやまれんじ。アンタの息子だ」




 鬼束が続けざまに言いかけた時、「大変おまたせ致しました〜」と甲高い女性店員の声が響いた。


「いい男になったなぁ」


 注文した甘辛ダレのかかった安い肉を頬張りながら、杉山が懐かしむように写真を眺めた。その反応が気に入らなかったのか鬼束は苛立った様子で杉山を睨んでいる。


「どういうことだよ」


「まずは食えって」


 鬼束の手元にはハンバーグやエビフライ、ステーキ肉などがわんさか乗ったプレートが肉汁の匂いとともに湯気を漂わせている。


「杉山さん、あんた片岡組の人身売買に手を貸しているんだろ?なんであんたの息子が片岡組にいるんだ?」


 鬼束が珍しく慎重に言葉を選び始めた。


「その情報は、どこで調べた?」


「俺にだってつてくらいありますよ」


「……俺が直接手を出してるわけじゃない。事務所に依頼があるから情報を提供しているだけだ」


「警察から抜き取った情報をヤクザに流してるってことだろ?」


 杉山が写真から目を離すとようやくまともに鬼束を見た。鬼束が続ける。


「あんたは、片岡組がアジアマフィアとの密輸取引で警察から目をつけられてる事を知っている。どっちにどう情報を流しているかは知らねえが、これじゃヤクザの下請けだ」


「何が言いたい?」


「まともなカタギの仕事にはどうしても見えねぇって話っすよ」


 警察官時代の名残なのか早食いの杉山は喋りながらもどんどんと肉とライスを平らげていく。


「言っとくがなぁ、俺は警察にもちゃんと情報提供しているんだぞ。出世させたい同期もいるし。そのマフィアの密輸も俺の情報で何度阻止したことか」


 鬼束の前髪から覗き込む目は徹夜のせいかいつもより窪んでいていつもよりギラギラしていた。


「事務所の売上を考えてもヤクザと組むにはリスクが高すぎる。あんたはそんなにアホじゃない。でも今のままだと下手したら警察にパクられるかヤクザに海に沈められるかだ。言っとくが俺はどっちも御免だ」


「ふふ、いい判断だ」


「杉山さん、あんた何が目的でヤクザの犬やってんだよ?それとも前職の復帰でも狙ってんのか?」


「お前、そこまで情報掴んでまだわかんねぇのか?」


 杉山が笑って最後の肉を頬張りフォークを鬼束へ向けた。


「あのバカ息子に説教垂れるために決まってんだろ」


「はぁ?」


 

 顔を歪ませた鬼束はようやく二十歳の顔に戻った。真剣に聞いている自分がどこかアホらしくなったようで、大きくため息をつくと仕方なく肉を頬張り始めた。


「いいか、ヤクザになっちまう人間には二つの性質がある。生まれながらにヤクザの息子か、お前みたいに家庭環境に問題がある奴は気づけばそっちの世界に入ってたってやつだ」


 鬼束桔平がフンと鼻を鳴らした。


「俺のバカ息子も似たようなもんだ。仕事ばっかでろくすっぽ家庭を顧みない父親。カミさんはよくある病気で先におっ死んで、残された一人息子はすぐにグレちまった。それすらも構ってやれず、出世間近で脂の乗った現役警察官に風俗店の一斉取締りのデカイ仕事が舞い込んできた。カジノやら売春やらドラックやら派手に稼いでいるシマごとの検挙が成功して、大手柄。のはずが、保護された未成年の少年少女の中に自分の息子も混じっていた。しかも息子が働かされていた風俗店は男専門だった」


 咀嚼する鬼束の口が止まった。


「自分の息子がホモ野郎だと知った時はショックだぞ〜、あれは相当クるな。未成年とはいえ警察官の息子が犯罪組織に手を出していた上にホモ野郎だったことが署に知れ渡ることになった。俺は同僚に後ろ指を刺されたまま警官を辞めた。俺は息子を理解することも出来ず、アイツを攻めて、避けた。自分の息子が夜な夜な野郎にケツ掘られてると思うと情けなくて吐き気がする。当然、アイツは家を出てそれから会ってない。風の噂で息子が今どきのサービス業で働いているのは聞いた、そこが片岡組に乗っとられたと知ったのは最近だ」


 杉山は鬼束に諭すように話を続ける。


「自分の意思に関係なくその世界に踏み込んじまって、気づいたら抜け出せなくなったチンピラは大勢いる。だがな、知りませんでしたで抜けれる程ヤクザの世界は甘くはねぇ。桔平、お前もだ。俺の事務所を辞めたからって明日からカタギで暮らせると思うか?あいつらがそんなに甘いわけねぇだろ」


鬼束の表情が一瞬こわばった。


「杉山さん、警察サツとも繋がりあんだろ?あんたが直接片岡組とやり合う気か?いくらなんでも無謀だ。そっちに回せばいいじゃねえか」


「おや、珍しく俺の心配か?嬉しいね」


「違う、バカだって言ってんだよ」


「どんな世界でもな、ガキの責任は親が取るんだよ。そこには警察サツもヤクザも関係ねぇ。どんな事情であれ、俺は俺のやり方でアイツをカタギに戻す」


 杉山は煙草を加えいつものようにまとまった札を鬼束に渡した。「これで払っとけ」と小さく言うと、席を立った。


「聞くのは二回目だ……なんで俺を雇った?」


 スーツのジャケットを羽織る杉山を鬼束が止めた。


「言ったろ?俺はホモ野郎が大嫌いなんだよ」


 杉山の分厚くて大きな手が鬼束の頭をポンと撫でた。鬼束が舌打ちしてそれを嫌がるとそのまま店を後にした。


「……ただの親バカじゃねえか」


 鬼束はそうつぶやいて、冷めた肉を再び頬張った。

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