第4話 再会。

(これからどうしようか...)



夕刻が近づくにつれて、なんの保証もない近未来への不安がよぎる。



『一生懸命生きてると何とかなるし、そのうちいいことがあるわよ!』



生前の母の口癖を小さく口の中で呟き、ノートに書かれている乱雑な文字を再び眺めた。

今から4時間ほど前の僕の思考から出たアイデアたち。この世界で生きていくために必要なものたち。



(とにかく進むしかない!)



その中から『衣食住』という文字が目にとまる。いや、もう既にノートを見る前から思考が求めていたのだろう。


ここ数日は今あるお金でなんとかだまだまし過ごせる。そこらの公園のベンチとかで朝を迎えたらいい。雨が降れば橋の下で過ごせばいい。


問題はその後だ。



(とにかくお金と住む場所さえあれば安定するんだけど...)



僕は近所のコンビニに立ち寄り、アルバイト雑誌をパラパラとめくる。

身元保証のない高校生の自分を受け入れてくれそうなところはさすがに載ってなさそうだ。それでも奇跡の情報がないかと細部まで読み込む。目は文字を追うが、思考は既に現実的な未来の方を探っていた。



(もう一度、ばあちゃんのところに行ってお願いしてみようかな... それとも警察に行って記憶喪失ということにして相談でもしてみようか...)



この世界に僕の情報は全く存在していない。

住民票も、戸籍も、もちろん選挙権も。


あるのは、次の一手の選択権のみだ。



「たくましく生きろ!」



途方とほうにくれそうになる自分の背中を押してくれるのは自分だけ。コンビニ店内でアルバイト雑誌片手にそう言い聞かせ、自分自身を応援する。



「そうね、どうせ生きるなら、たくましく生きなきゃね!」



突然、聞き覚えがある声が背後から飛んできた。

僕はその声に顔を向けると、微笑みを浮かべた美沙が両手を後ろに組みながら立っていた。



「いっくん、また会ったねー!」


「あ、城之内さん... 」


「美沙って呼んでって言ったじゃん。やり直し!」


「美沙さん... 」


「さんは要らない!」



僕は彼女の最後の要求を無視して言葉を発する。



「家、この辺なんだ?」


「うん。すぐそこのアパートよ。いっくんは嵐山への帰り?」


「いや、違うよ。これからどう生きていこうかと作戦を立てていたところだよ 」



嘘ではない。



「それは壮大な計画ね!よかったら聞かせてよ」と美沙が笑顔を向ける。


「じゃあ、一つお願いがある。それをかなえてくれたら教えてあげるよ」


「もちろんいいわよ。お願いって何?」



僕は正直、彼女と再会できたことをとても嬉しく思っていた。先程の電車の中では、美沙と旅印の喫茶店の彼女が別人だとわかってぬか喜びしてしまったが、今回は違う。彼女は美沙。僕はイトウケンタロウとしての再会。一人きりを覚悟していた僕の心にちょっぴり安らぎが生まれる。



「僕に教えさせて。美沙に勉強教えたいんだ。それが僕のお願い 」


「えーっ!いいの?でも払ってあげられるお金ないわよ」


「うん。もちろん要らない 」


「じゃあ、お願い!今すぐ教えて!」



嬉しそうな美沙はさらに続けた。



「じゃあ次はいっくんの番ね。その壮大な計画とやらを聞きたいな。さっき約束したよねー」


「わかった。ここじゃなんだから一旦店出てもいい?」と言いい、コンビニの外のベンチに並んで腰をかける。


「僕な、色々とあって身寄りがいない身なんだ。今。それでなー」と続けようとした時、美沙が急に割って入る。


「でもさっき、宇治に母親の実家があるって言ってたじゃん!」


「まぁそうなんだけど。実は僕のことはみんな知らないんだ。僕は知っているのに... だからみんな元気かなって見に行ったんだ... 」


「ふーん。で、色々って?」


「ん?」と僕。


「ん?じゃない。その色々も、どう生きようかっていう壮大な作戦も、全部教えてよ!」


「...... 笑わない?」


「うん」


「信じてくれる?」


「もちろん。いっくん、嘘つかない。私わかるの」



僕は今日一日、自分の身に起きてしまったことを全て包み隠さずに話した。そしてこれから先、どう生きていこうかという作戦を立てているところであったこと、まだ具体的にどうするのかを決めあぐねていたことも。そして、途方に暮れてしまいながらも、母親の口癖を胸に、たくましく生きようと自分を鼓舞こぶしていたことも。



美沙はしばらく黙っていた。

先程信じるとは言ったが、やはり自分の想像を超えたありえないような話に戸惑っているのだろうか。

彼女の言葉が待ち遠しかった。





「マイケル・J・フォックス!!」



突然、少女のような笑顔で美沙が口を開く。

僕は正直驚いた。全くの予想外の言葉。



「信じてくれるの?」


「信じるも信じないも、それはいっくんの心が知ってるはずよ。私が口出しするようなことじゃないわ」



そう言って、さらに言葉を重ねる。



「でもね、わたし昔から不思議とわかるの。その人が嘘ついているかどうかって。色が見えるの 」


「いっくんは大丈夫だった。ただそれだけ... 」



僕にとって、信用できる人が生まれた瞬間だった。

2020年の世界では、見たこと、聞いたこと、知ったことの上澄み部分だけでやり過ごしていた。過度な忖度そんたくによる気遣いと本音。ギブアンドテイク。衝突を恐れた接触回避。

それにチグハグさを感じながらも、隠し続けて生きる。それがあたかも当たり前のように。傷つけないように。みんなそうだった。きっと僕も含めて。



「私ね、人が怖いの。なーんで私だけこんな力があるんだろって。見えなきゃいいのにね。本音なんて」


少し悲しそうな微笑みで続ける。


「私、きっとビョーキね、心の。さっきバスで倒れちゃったでしょ?実はね、女の子の友達に誘われて4人で嵐山に行ってたんだ。そこで色々あって、帰りは一人になって。で、帰りのバスでいっくんに助けられたの」


「ん?色々って?」と僕は笑顔を向ける。


「もう!イジワル!わかるでしょ!」



美沙からの秘密の告白。

強そうに見えていた彼女の内面。逆の立場を思うとその今にも折れてしまいそうな心を感じることができた。



「ねえ、これからどうするの?」


「まだ決めてないけど... 行くあてはない!」と自信満々の苦笑い。




「じゃあ、うちにおいでよ!」



突然の美沙のさそい。

行くあてもない僕は正直嬉しかった。

衣食住の確保ができて取り敢えずの生活が安定することもその理由ではあるが、つい先程できた『この世でたった一人しかいない信用できる人』がいつもそばに居る安心感の方がはるかに大きかった。


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