第2話 大義

 こうして晴れてカップルになった私と山田山田さんは、何はともあれ病院に行くことにしただって私は処女喪失のせいで歩きにくいし山田山田さんは頭と身体がグッバイ状態だ。

 山田山田さんが汗まみれの手で私の手を握ってきて、気持ち悪いと感じたけれど、いやいや、これが私のカレシの手なのだから今後もこうしていくのだ、好きになっていくのだと思うと、なんとなく嫌悪感が薄れて、どころか安らぎすら感じられるようになって、私は彼の手をきゅっと握り返した。

 日本では病院も選り取り見取りな状況なわけで、肛門科、整形外科、産婦人科、精神内科、果たして私達はどこに行くべきなのかしらんと山田山田さんに尋ねてみたところ、「そういうときは総合病院に行けばいいんだよ。なんでもあるからね」とパーフェクツな答えが返ってきて、わああ、山田山田さんさすが大人って惚れ直しちゃう!

 私達はルンラルンと総合病院へ向かう、具体的には市バスで向かう、どこまで乗っても二百円の市バスで向かう、バスの一番後ろの席に座る。

 バスは地獄の三丁目行きだが総合病院前で降りるので全く問題ないし、というかマシンガンを抱えたバスジャックが乗りこんできたのでそれどころではなくなった。

「動くな! このバスはたった今俺が乗っ取った!」

 バスジャックは運転手にマシンガンを突きつける、おおおお、まるでアクション映画のワンシーンみたいだよっと思ったら、どうやら同じような感想を持った人間がいたようで、乗客Aがゴビ砂漠な笑みを浮かべる。

「はは、マジかよ。映画の撮影とかいうオチはねえのか」

 それが彼のラストメッセージだったというのも童貞は死ね豚も死ねとばかりにバスジャックが乗客Aに向けてマシンガったため、彼の頭はパンパカパーン、頭蓋骨から汚い花火が飛び散って、へえ脳みそってのは人間の内側に入っているのに意外と灰色っぽい色だなあ内臓みたいに赤黄色だと思っていたよ、それにしても乗客A過去形が制服についちゃって、お母さんに怒られちゃう。

「文句があるやつは殺す」

「なら質問を」

 乗客のほとんどが怯える、たとえば山田山田さんが失禁している、状況で乗客Bが颯爽と右腕を天に向かって伸ばしたので、こいつもしかして異世界転生的勇者なんじゃないのと一瞬期待したがしかしそれは蝋燭の灯火にようにかき消え、マシンガン最強説。

「質問するやつも殺す」

 乗客Bがご臨終なさった後アクションしようとする勇者は現れなかった、サラバ乗客B、お前はドン・キホーテのように勇敢だった、運がよければ来世で会おうね。

「いいか、このまま国会議事堂に向かえ。何時間かかっても構わん」

「こここ国会議事堂ですか?」

「そうだ、世の中にはマヨネーズが溢れている。あの悪魔の発明を禁止するようまっとうな法整備を求める。マヨネーズの製造販売使用は禁止、これに反したら死刑だ」

 運転手の顔がひきつっているのはきっと彼がマヨネーズ大好き人間だからだろう、しかし私はバスジャックの志に感動した感激した感涙した、そうともマヨネーズなぞという忌々しき産業廃棄物はきちんと禁止すべきだ、彼はその正当かつ無謀な試みをたったひとりで行おうとしている、これが義士ではなくてなんなのだ!

「私にも手伝わせてくださいマヨネーズなど生活習慣病の根源、根絶するに限ります!」

「おうともさ!」

 私が矢も楯もたまらず叫ぶと、そこは同じ志を持つ者同士、ツーカーと魂が通じ合ったのです、万歳、万歳、万歳、そうともこれこそが人生、人生の価値、愛だの恋だのとのたまっていないで、大義に殉じるべきなのです。

「そうさ、恋も愛も所詮は欲望の美称。理性に裏打ちされた正道と比べてどちらを優先すべきかなど生まれた落ちたばかりの赤子でさえもわかること。大義を果たすためならその短い命を喜んで散らすに違いあるまい。右を見給え、左を見給え、社会を見給え! そら、わかるだろう!」

「わかります!」

 わかったので、私は感極まって泣いてしまいそうだった。

「社会は理性と論理によって構築されたシステム、となれば我々は理性に従って生きるべきだ。恋愛の源泉は欲望。このような反社会的情動に身を委ねるとは愚の骨頂、そうとわかっていながら毒薬を飲み下すようなものだ」

 バスジャックは滔々と語りながら山田山田さんをマシンガンで挽肉にしようと挑戦し、その結果、山田山田さんのお腹は内臓と贅肉の区別がつかなくなったので、あー悲しいわーこれ絶対悲しいわーと思ったけれど、ちっともそうは感じなかったので今日はとてもいい天気だった。

 それから私達は義に殉じて適当に乗客をマシンガンで間引き、国会議事堂まで爆進していたが、バスジャックが唐突に私をレイプしたので私は処女を喪失した。

「どうしてレイプするんですか?」

「物事に理由はない。ただ結果があるだけさ」

 なるほどと思ったので、私は金属バットでバスジャックを殴殺したけれど、もちろん理由はないし、バスジャックの死体があるだけだった。

 私は悲しいと思ったので、悲しいと感じた。

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