第21話

 小休憩を挟み、26階へと歩みを進めた。26階ともなると流石に出てくる魔物も強くなってくる。活きのいいゾンビ、腕が4本あるスケルトンが集団で襲ってくるのを宵闇で撃退する。ボス戦は変則的で普通の魔物は弱いこのダンジョンにおいて、久々のまともな戦闘となりヴィートも満足した。


 27階、28階は変わらずアンデットの巣窟だった。29階はがらりと変わってスライムが再登場。色が赤くなっている。成分的には色々変わっているのだろうが強化魔法をかけた宵闇には関係なかった。


 30階、ボスフロアだ。中央には今までと比べると小さい金属塊が待ち構えていた。むくり、と身体を起こしたそれは、金属でできた猫だった。かなり本物の猫に近い。違いがあるとすれば1mはある大きさと赤く光る眼だろう。


 「にゃーん。」


 毛づくろいの様に前足をぺろぺろと舐めている。もっとも毛は生えていないが。ヴィートとイドリスが近づくと気が立ったのか、少し身体が膨らんだように見えた。


 「イドリス、離れて援護してくれ。〈ファイアボール〉は多分当たらないぞ。〈ファイアウォール〉とかで頼む。」


 「……アレはかなり魔力を喰いますからできれば、になりますけど。」


 「それでいい。頼んだ。」


 ヴィートもそれに応じて宵闇を抜き、戦闘態勢に入る。流石に相手が小さい事もあり、〈マジックブレイド〉は発動させず普通に剣に魔力を通し、強化魔法を重ねるのみにする。


 「俺って“狂犬”って呼ばれてたんだ。知ってるか?猫と犬って仲が悪いんだってさ。」


 瞬間、ゴーレム猫とヴィートが交差する。わずかながら猫に傷がついているがそれで大ダメージを負った様子はない。どうやら闇の気対策、というか対魔力仕様であるらしい。対するヴィートは肩を少し切られている。爪に引っかかれたようだ。


 「戦闘剣って奴を見せてやるよ。」


 ヴィートは片手を素手にし、もう片手で剣を握る対人戦の構えに持ちかえる。流石に5m級のゴーレム相手に剣術は大して意味をなさなかったが、虎程度の大きさであれば術が使えそうだ。


今一度首筋を狙って飛び掛かってくるゴーレム猫を屈んで避け後ろ足を掴んだ。


 「みゃお!!」


 その足をもったまま地面に叩き付けそのままその足を背中側にひねり上げる。ぎちぎちと筋が断裂する嫌な音がした。痛がって暴れる猫が必死に噛みつこうと歯を鳴らす。


 と、その時ゴーレム猫の眼が妖しく輝いた!ぞわりと悪寒が背中を伝う。その一瞬上体を捻るが少し遅かったようだ。眼から射出された光線がヴィートの頬を浅く切り裂いた。その隙をついてゴーレム猫は拘束から脱出している。痛む頬を少し吊り上げて笑う。無理に動かしたせいか、血が垂れた。


 「ふふふ。やるじゃん。」


 「にゃ~~ん!」


 「自慢げなところ悪いがお前も足持っていかれてるからな。」


 「にゃん。」


 短くゴーレム猫が鳴いたのが第2ラウンド始まりの合図となった。ゴーレム猫が眼から光線を放ちながら襲い掛かる。光線をかいくぐりながら猫に近づくヴィート。ギリギリの所で牙を躱し、頭を掴んで地面に叩き付けた。とどめを刺そうと宵闇を振る。タイミングを待っていたかのようにゴーレム猫の眼が光る。


 その瞬間後ろから飛んできた炎弾がゴーレム猫の頭を直撃した。


 (ナイスイドリス!タイミングばっちり!)


 そのまま宵闇を振り抜きゴーレム猫の頭を両断した。


 「にゃーーん……。」


 残念そうに1鳴きした後、動かなくなる。


 「大丈夫でしたかヴィートさん!」


 「ああ。援護ありがとうイドリス。助かったよ。」


 「うわ、酷いですねその頬。」


 「ん?まあ大したことないよ。ほら。」


 そう言って手をかざすとあっという間に頬の傷は無くなっていた。〈セルフヒーリング〉だ。


 「もうなんでもありですね……。」


  ゴーレム猫のいた場所はドロップ品が残るだけになっていた。かなり大きい魔石だ。


 今回も水を飲み、一息ついたらすぐに先へと進む。体感ではまだ昼にはなっていないくらいだ。31階の扉を開けると、なんとその先は外だった。


 「もしかして最上階か?」


 「そのようです。」


 31階は屋上になっており、一回り小さな円柱型の建物が中央に建っている。やって来た入り口が立方形に建っているだけであとは真っ平らだ。


少し下をのぞいてみると、軽く眩暈がするほどの高さだ。下から見上げるのもかなりの高さを感じたが、上から見下ろすのもまた凄い。前世と違い、背の高い建物がないため遥か彼方まで景色を眺められる。森や平原ばかりだが普段は見る事の出来ない景色にヴィートは感動した。


 『ありがとな。ローランド。』


 『どうした急に。』


 『いや、お前と出会う前とは違う景色が見られたからさ。』


 『ふふふ。礼を言うには早いぞ。お前には世界中を見てもらわなくてはな。』


 『ああ。あの研究所で約束したしな。』


 「ヴィートさん……なんだかすごい景色ですね……。」


 「イドリス。あの真ん中の奴がその?」


 「ええ。おそらくはシモンの研究所でしょう。長年15階から進めていなかった塔の上にいるなんて……いまだに実感が湧きません。なんだか夢の様です。」


 「俺もだ。でもさっき思いっきり頬をやられたからな。夢じゃないぞ。」


 「でもその傷は跡形もないじゃないですか。やっぱり夢なのかな。」


 「ははは。それじゃ研究所を御開帳と行きますか。」


 両開きの扉を開けると、真っ先に目に飛び込んでくるのは巨大な石塊。魔法的な処理がしてあるのだろう、表面に数々の式や陣が刻まれており、そのすべてが7色に明滅している。その周囲を支えなのか、魔法的な意味があるのかはわからないが、2本の金属の輪が固定されていた。


 周囲の壁の曲線に沿って大量の書棚が並んでおり、その他にはごてごてした機械や、余所では見たことが無い透明な器具等が並ぶ。これはガラスだろうか?


 初めて見る物に目を奪われていると奥でガゴン!と音がした。身体を強張らせ、戦闘に備える。しばらくしてやってきたのは全裸の女の子だった。7,8歳くらいだろうか。幼児体型で髪が長い。髪は美しい銀色をしており、顔立ちは異常に整っている。まるでかのようだ。


 「%$#&@*+◇※▲∴÷;¥!」


 「……何?何を言って……。」


 急に意味不明な言葉をしゃべりだした女の子。呆けている2人を余所に何かを思いついたような顔で研究所の棚を漁りだした。


 「い、一体……?」


 「もしかするとシモンの残したホムンクルスかもしれませんよ。」


 「正直理解が追い付いてない。ホムンクルスかもって言われても……困る。」


 「ええ。私もです。」


 しばらくするとお目当ての物が見つかったのか何かを持って再び近づいてきた。


 「あ、あー、あー。これで言葉がわかるか?」


 急に滑らかに王国語を話し出す。口の形から王国語を喋っていないのは明らかだ。どうやら手に持った道具が翻訳してくれているようだ。


 「あ、ああ。わかるぞ。」


 「よしよし、お前たちと会話できないのは詰まらないからな!それでどちらが私のお婿さんなのだ?」


 「お、お婿さん?」


 「金髪の線の細い方が頭がよさそうで私好みだな!茶髪のお前も山猿っぽくてなかなかイカしてるぞ!」


 「山猿……。」


 「ちょ、ちょっと待ってください!君は一体誰なんです!?」


 「私を知らんのにここまで来たのか!お前たちはもしかしてアホなのか?ちゃんと1階に書いておいただろう。“【お婿さん募集!】扉を分解できる人募集。できたら私の全てをあげちゃう。【無理なら力自慢でも可!後ろの扉から】”って。」


 「なんだその頭の悪そうな文。」


 「ま、まさかあの扉の?そんな馬鹿な!」


 「2人そろって馬鹿だ馬鹿だと……私は世紀の大天才シモーヌ=ステラ=グロスマンだぞ!」


 「シモーヌ……もしかしてあなたが賢者の石を作成した?」


 「ほう、金髪の。お前は錬金術に明るいようだな。そう、賢者の石も霊薬エリクサーも全て私が開発したのだ!凄かろう!そして……可愛かろう!」


 「やはり!それではその身体は!?」


 「うむ。最後の研究だった魂の研究の一環でな。自らの魂をホムンクルスに定着させることでほとんど永遠に近い寿命を手に入れたのだ。」


 「おお、おお!なんという事だ!」


 「はぁ……とりあえず服着ろ。お前。」


 「おお、確かにそうだな。若さのほとばしるお前たちの前でずっとこんな恰好をしていては興奮して犯されてしまうかもしれんからな!」


 「いいから早く着てくれ。その間にイドリスを落ち着かせるから。」


 「金髪のはイドリスと言うのか。お前は?」


 「ヴィートだ。」


 シモーヌが服を取りに行っている間にイドリスを必死でなだめる。流石のイドリスと言えども偉大な錬金術師シモンが実は男ではなくシモーヌという女で、後継者ではなく婿を求めており、更にはホムンクルス化して生きている、という事実には混乱しているようだ。ヴィートも正直混乱していたが、目の前に自分以上に混乱した人間がいるため逆に落ち着いている。


 20分程度したらシモーヌが服を着て帰ってくる。薄紫のドレスローブだ。金の糸で魔法の紋様が刺繍されており、何とも高級な雰囲気だ。


 「いやー、参った参った。普段から整理などしないものだからな。服がどこに行ったかさっぱりわからなかった。」


 「お、戻ったか。」


 「それで、結局今は王国歴何年だ?お前たちは他国の人間なのか?もしかすると言葉が変わるほどの歳月が流れた、何てことは……?」


 「俺たちは王国民だよ。今は王国歴1327年だ。」


 「700年以上経っとる!ま、マジか!まぁ知り合いとか親しい人とかおらんからいいけど別に。今の錬金術はどうなってる?」


 「あなたの時代から衰退の一途をたどっています……恥ずかしい事ですが。」


 「仕方あるまいよ。私の時代には既に衰退の兆しが見えていたからな。あのまま何事もなければ衰退する道理だ。金の事しか考えてない者や箔をつけようと私に弟子入りを希望する貴族の馬鹿ども……真理を追究しようとする者はほとんどいなかった。」


 「それで塔で隠棲を?」


 「うむ。そんなところだ。あとは最後の研究をするために引きこもらなければいけなかった。魂の研究だからな。神の領域に触れようとすると死の番人がやってくるのだ。それを躱す狙いもあった。」


 「死の番人……。」


 「ああ。神を目指す者に最後に立ちはだかる試練。死の番人“アビス”。奴らは恐ろしいぞ。地の果てまで追いつめて、魂そのものを消滅させる。」


 『この前言ってた亜神になる際のデメリットってまさか?』


 『ああ、そのまさかだ。普通の人間には決して勝てない、恐ろしい強さの魔人に追われる事になる。』


 『今の俺でも?』


 『負けるだろう。おそらくは圧倒的に。』


 『そこまでか。』


 『ま、亜神になるまでにはまだかかるのだ。しばらくは気にせず、普通にしていればいい。』


 『そんなもんかな。』


 「ヴィート、お前話を聞いとったか!?まったく。」


 「あ、悪い。ちょっと聞いてなかった。」


 「それで、どうやら話が噛み合っていなかったようだが、1階の文字はどんな風に訳されとるんだ?」


 「“我が後継者よ、この扉を分解して進め。我が智慧の全てを与えよう。分解できぬ者は試練の扉をくぐれ”と訳されています。150年前に古代ルート語に長けた錬金術師が解読したと言われていますが……。」


 「何だそれは。どれだけ意訳したらそうなるんだ……。」


 「そう言えばなんでお婿さん?」


 「……恋がしたかったんだ。錬金術の研究も確かに楽しいが、女の喜びを知らんまま死ぬのは嫌だった。それでアビスを刺激しないように隠遁しつつ婿探しの為に永い眠りについたのだ。誰かがこの研究所に踏み入った時、目が覚めるように細工してな。まさか言葉が変わるまで誰も来ず、後継者探しをしていたことになっているとは……。」


 「あの……後継者とかお婿さんとかは置いておいて、弟子入りは出来ませんか?」


 「イドリス、フラヴィオに弟子入りしてるだろ。二股だぞ。」


 「お婿さん探しに発想が引っ張られてますよ、それ。」


 「ふむ、修行は厳しいぞ。あと定期的にドキドキの恋愛イベントが挟まるぞ。」


 「……構いません。覚悟はできています。」


 「な、なんて悲痛な覚悟だ……。」


 「お前たち2人して。私の様な超絶美少女と恋愛できるのだぞ!何故そこまで嫌がる!」


 「いやー、流石に幼女とは……。」


 「何?……価値観が変わっているのか?私の時代は若ければ若いほどモテたのだぞ。跡継ぎを生むのが女の役目、という事でな。」


 「なるほど。貴族社会では一部そんな話もありますね。」


 「で、あろう。」


 「でも一般人の我々には縁遠い話です。普通に成人の15歳から25歳位ですよ。市井の人々の婚期は。」


 「……いまから、15歳ボディを創るか?いや、しかしまたアビスを誤魔化して魂を弄るリスクは負いたくないし、どうしたものか……。」


 「また話がずれてるぞ。」


 「……私と恋愛しろ。それが弟子入りの条件だ。」


 「それで恋愛して楽しいのか、お前は。」


 「うるさい。いいだろ。人恋しいんだ私は。それで、どうなんだイドリス。」


 「構いませんよ。」


 「「えっ?」」


 「えっ、なんでシモーヌさんまで驚いているんです?」


 「いや、てっきり断られると思って。」


 「錬金術の発展のためには仕方のない事です。それに身体はさておき、気は合いそうだと思うんです。」


 「イドリス……最低な口説き文句だ。でもお前はいい奴だな!」


 「じゃ、フラヴィオはどうすんのさ?」


 「うーん。どうしましょ。いっそ師匠も一緒に弟子入りしてシモーヌさんを大師匠と呼びましょうか?」


 「そのフラヴィオってのはどんな奴なんだ?」


 「イドリスの師匠で錬金術大好き人間。テンションが高い白髪爺だ。」


 「爺か……恋愛対象外だな……いっそ若返らせれば?」


 「怖い事言うな。」


 結果として、イドリスはシモーヌの弟子になった。ベッドや研究機材、服や食べ物をとってこないといけないため、一度帰る事になった。


 「これがあれば1階の金属扉を通ることが出来る。持っていくといい。ヴィートお前もな。」


 手渡されたのはネックレスに下がった雫型の結晶だ。淡い緑色に輝いている。


 「ありがとう。もらっておくよ。」


 「うむ。それから、イドリス。フラヴィオも来たいと言うなら呼ぶといい。一度会って決めよう。これを持っていくといい。」


 そう言って取り出したのは紫色の皮袋だ。何らかの魔力を感じる。


 「これは?」


 「〈マジックバック〉といってな。私の作ったものだ。大体2tまでなら重さと体積を無くして運べる。使い方はわかるか?魔力を通しながら袋の口を当てると物体を吸い込めるのだ。荷運びに必要だろう?」


 「これ、かなり貴重な物では?」


 「構わん。お前を信用しての事だ。まさか悪用はするまい?」


 「それはもちろん!」


 「ふふふ。いい返事だ。さあ行け。」


 そうして二人は屋上の隅にあった魔法陣に乗った。ネックレスに反応して動く仕組みの様だ。魔法陣が稼働すると地面ごと急激に下降していく。エレベーターだ。1日半かかって上った道のりが帰りは1、2分だった。動きが止まると目の前は1階の金属扉だ。ネックレスを近づけると人が通れるほどの穴が開き、通り過ぎるとその穴は塞がった。


 「ははは……戻ってきましたね。いまだに現実感が無いです。」

 「俺もだ。一応3日の予定だったけどもう戻っていいかい?」

 「もう調査なんて言ってる場合じゃありませんよ。」

 「そりゃそうだ。じゃ、昼飯食って帰るか。」


 塔根元の町で食事をとり、出張買取所に向かう。イドリスがかなり残念そうだったが、錬金素材、特にボスからドロップしたインゴットは売ってしまう事にした。住居を塔に移すという事で何かと物入りだし、弟子入りし技術を学べば自分で作れるようになるはずだ。


 買い取り金額は総額で金貨130枚ほどになった。内訳は、大魔石:金貨50枚、魔石:金貨15枚、20階のインゴット:金貨10枚、25階のインゴット:金貨15枚、アダマンタインの板:金貨30枚、その他雑魚からのドロップ品:金貨10枚、銀貨・銅貨数十枚。インゴットは加工方が分からず、研究用以外の用途がないためそこそこの値段に収まった。


 買取所の所員を驚かせてしまったがなあなあに誤魔化してすぐに現金化した。イドリスが金貨を固辞しようとするのを無理やりに2等分して持たせる。


 「だってほとんどヴィートさんが戦ってたじゃないですか。迷宮の道がわかる魔法だってそうですし。」


 「イドリスの援護がないと危なかった場面もあっただろ。後衛の戦闘回数が少ないからって取り分に差をつけたんじゃパーティは崩壊だぞ。いつでも援護できるように構えてた正当な報酬だよ。」


 「うーん……納得がいきません……。」


 「それじゃ、こうしよう。シモーヌの所で勉強して、いつか錬金金属の剣を1本仕立ててくれ。」


 「ヴィートさん……はい。確かに承りました。」


 その後、行きと同じ道のりを3日かけて歩き王都へと戻ってくる。こうして約8日のダンジョン探索が終わったのだった。

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