第19話



 翌日、午前中は遠征の食料の買い物に行き、煮込み屋で昼食をとった。幸い、と言っていいのかどうかわからないが、マリは飲みに行った際の記憶が無いと言っており、気まずい思いをしなくて済んだ。


 午後は道場での訓練に費やした。マシアスと緊張感のある手合せを行って、戦闘勘を研ぎ澄ませた。大会の賞金、金貨30枚を何に使ったか聞いたところ道場の備品を新調したり、新人に木剣を奢ったりしたらしい。それでも金貨20枚は余ったらしく持て余しているのだとか。ヴィートはマシアスらしいと思った。


 そしてとうとうダンジョンへの遠征当日が来た。王都錬金術研究所までイドリスを迎えに行く。


 「お待たせしました!さ、出発しましょう。」


 「馬車とか使わないのか?学者センセに野宿は少し厳しいと思うが。」


 「いえ、貧乏学者ですので野宿なんて慣れた物です。持ちかえる収穫があった時だけ馬車を借りようと思ってます。」


 「そうか。それじゃ行こう。」


 目的地まではシモンの錬金塔について聞きながら歩いた。王都の周囲は草原が広がっており、その中に森が点在している。暮らしやすい環境と言えよう。


 「その、伝説の錬金術師シモンってどんな人だったの?」


 「少し長い話になりますが、かいつまんでお話しましょう。彼の生涯は波乱に満ちています。10歳にしてポーションの製造で莫大な富を築くと、錬金塔を建築したそうです。今のようにダンジョンではなく、純粋な研究所だったようですが。


 その後20歳前後……これは何歳だったかはっきりしていませんが、その位で三種類の錬金金属の発表を行っています。ただ、作成難度が異常に高かったためほとんど広まらなかったようです。それから彼の力を取り込もうとする貴族、王家の追求を躱すため錬金塔のダンジョン化を行っています。


 その後も時代の節々に現れ、賢者の石、霊薬エリクサー、ホムンクルスなどの多くの研究成果を残しました。彼が世間とのかかわりを絶たなかったのは彼の跡を継ぐ後継者を求めていたと言われています。ですが彼が亡くなるまで彼の研究を真に理解できるものはいませんでした。そのため最期に彼は自身の研究をすべて錬金塔の頂上に封じ、いつか現れる後継者に託した、というのが塔とシモンにまつわる話の全てです。」


 「ってことは、ダンジョン化した後も研究室として塔を使ってたんだろ?どうやって行き来してたのさ?」


 「塔内を通らず頂上に直通する通路があるようです。しかしかなりの錬金術の腕が無ければその門が開かないのです。」


 「それが要は弟子さがしの為だと?」


 「そう解釈されています。後継者に足るだけの錬金術を使える者でなければ塔へは上ることが出来ない、と。」


 「なるほど。それで、塔にはどんな魔物が出るんだ?」


 「ゴーレム、スライム、アーマーポット、ゾンビ、スケルトンです。」


 「アーマーポットってどんな魔物?」


 「武装した壺の魔物です。魔法耐性が高くたいていの魔法をはじいてしまうのですが、物理防御力が低い為すぐに割れてしまいます。まあ壺ですから。」


 「なるほど。ひとまずは大丈夫そうだな。その程度の魔物、何で攻略できないんだ?」


 「恐ろしく強いボスが5階層ごとに配置されているんですよ。現在最高到達階は15階。アダマンゴーレムが守護していてそこから先は未知の領域です。」


 「物理攻撃で進めて行ったら、15階で物理が効かない奴が出るのか。えげつないな。」


 その後も精霊魔法についてや、錬金術について、フラヴィオの偉業等の話をしながら歩いた。道のりは平たんで歩きやすい。旅程は非常に穏やかなものとなった。


 あまりの変化の無さに、ヴィートはイドリスを担いで走るという考えがよぎったが彼にもプライドがあるだろうと止めておいた。その考えが生まれてから数時間後、地平の向こうから高い塔が現れた。あれが“シモンの錬金塔”だろう。夕方の傾いた太陽を反射して美しく、赤く光っている。


 この世界で見たどの建物よりも高い。王城よりも少し高いくらいだろうか。円柱型の塔が力強く屹立している。この世界が前世に比べて文明が発達していないと思っていたがそれが前世を知っている者の驕りだったと改めさせられる光景だ。魔法がある分前世とは違った方向に文明が進んでいるのだ。


 「凄いな。」


 「ふふふ。これが錬金塔です。」


 「一体何でできているんだ?金属は金属なんだろうが……。」


 「シモンが開発した錬金金属ですよ。あの金属でなければこれだけの高さは到底無理でしょう。」


 「フラヴィオの爺さんが見たら驚く、って言ってた意味がよくわかるよ。」


 よく見ると塔周辺に数件の家が建っていて小さな集落をつくっている。ギルド支部や教会、宿などでダンジョン攻略の冒険者をサポートしている。


 「今日は塔の根元で1泊して、明日から調査に向かいましょうか。」


 「りょーかい!」


 塔の根元に到着する頃にはすっかり暗くなっている。宿は王都に比べて割高でサービスが落ちるが、ダンジョンに向かう際に大きな助けとなるのだ。誰も文句を言わない。ダンジョンへ挑戦しているいくつかのパーティが宿に泊まっているようだった。


 経費削減の為二人部屋を取り、宿で夕食をとった。夕食は麦粥だった。中に何かわからない葉っぱが入っており、素朴な味だ。しかし、この2日と半日、保存食ばかりを食べていた2人にとって何とも滋味深く感じた。ヴィートに至ってはお代わりをしたほどだ。夕食を食べ終わった二人は明日に備え即座に眠りにつく。


 翌朝、朝食をとっていくつかの店を見た後、塔への調査を開始した。塔の一階はエントランスの様な大広間になっている。かなりの広さがあり、前世の東京ドームほどの大きさだ。扉が2枚壁に沿って配置されている。片方は両開きの木製扉に鉄枠がついたものだが、もう片方は鈍い輝きを放つ金属扉で開け方がわからない。複雑なレリーフが彫られている。


 「この金属が例の“後継者探しの門”ってやつ?」


 「ええ、そう言われてるものです。扉のレリーフを見てください。尾を咥えた蛇、ウロボロスと呼ばれる錬金術の象徴です。破壊と再生を表しています。その周囲に刻まれた文字が古い言葉で“我が後継者よ、この扉を分解して進め。我が智慧の全てを与えよう。分解できぬ者は試練の扉をくぐれ”と書いてあるそうです。」


 「普通に壊せないのか?」


 「いままでいろんな人が試してみたそうですが……結果は見てもらえればわかりますね。」


 「ま、そうですわな。」


 「アダマンタインを材料に使った錬金金属ですからね。その重さと頑丈さは並ではありません。」


 「ちょっち、やってみていい?」


 「ふふふ。いくら“怪力のヴィート”とはいえこの扉は無理ですよ。まあやってみてください。」


 「よーしやるかー。」


 以前狩りに使っていた技、〈フラッシュブースト〉から派生した必殺技、〈オーバーブースト〉を使う。節約の為に身体強化を一部しかかけない〈フラッシュブースト〉とは対照に、効率を無視し莫大な魔力を噴出する力技だ。肘からロケットのように魔力を噴き出して拳を叩き付ける。ゴオン!と低く鈍い音が響く。


 「痛ってぇ!!!」


 いくら超高率の身体強化とはいえ、頑丈さで世界1,2を争う金属には勝てなかったようで拳の痛覚を刺激した。金属扉はびくともしていない。最終手段として例の大斧を身体強化で振り回すという手が残っているが流石にそこまでする気にはなれなかった。


 「だ、大丈夫ですか?とんでもない音がしてましたが……。」


 「大丈夫、大丈夫。折れてないから。やっぱズルは駄目か―。」


 「そうですね。“分解”という文言がヒントなんでしょうが、どうすれば良いのかさっぱりなのです。」


 「分解ねぇ……まぁ素人の俺が思いつくような事は皆試してるだろうからさっさと本題に入りますか。」


 「はい。あちらの木の扉が入り口です。」


 扉を開けると塔の外周に沿うように階段が上へと続いている。2階からとうとう魔物が跋扈するフロアになる。初めてのダンジョン探索が始まった。


 階の構造は入り組んだ迷路になっており、通路は2人の大人が手を広げた位の幅だ。外の光が入ってこないのか薄暗い。完全な闇にならないのは等間隔で松明が設置されているからだ。魔法で作られた松明で、魔力がある限り燃え続ける。


 ヴィートが前衛、イドリスが後衛となって縦列になって迷路を進んでいく。この錬金塔は1週間に1度、内部の迷路が組み変わる。不思議な事だがこれもシモンが作り出したダンジョン生成の術の一部なのだとか。錬金塔ではマップを書く労力が結果に見合って無い為、あまりマップは作られない。他のダンジョンでは先輩冒険者が作ったマップが売られていたりする。


 ヴィートには罠を察知する能力は無いが〈自領域拡張〉を張り続けることでそれを補っている。魔物の接近を見逃すこともない。


 「魔物が4体。反応からそんなに強くない。どうする?」


 「弱い魔物の為にわざわざ迂回する必要もないでしょう。戦いましょう。」


 「了解。俺が先手を取る。」


 いざ、近づいてみると反応の元はゾンビだった。〈自領域拡張〉の効果としてある程度の魔力の大きさや気配の様な物がわかるが、一度その反応の元を見なければどのような魔物なのかわからない、という特徴がある。


 〈フラッシュブースト〉で宵闇を抜刀しながらゾンビに接近する。ゾンビの動きや感覚は鈍く反応は一拍遅れた。そのまま体を一回転。ゾンビの上半身と下半身がさよならした。普通アンデットはしぶとく、下半身と上半身が分かれた程度だったらまだ動いているが、宵闇が放つ闇の気のおかげだろう、斬ったゾンビは動かなくなった。


 しばらくするとゾンビが淡い光に包まれて消える。ダンジョン内の魔物は倒すとドロップ品を落とし、死体は消えてしまうのだ。事前にイドリスに聞いてはいたが実際に目にすると少し驚く。ゾンビのドロップアイテムは黄色い石だ……何に使うのだろうか?さっぱり想像がつかないが冒険者ギルドで買い取ってもらえるようだ。麻袋に入れるふりをしながら〈異次元収納 〉に納める。


 「素晴らしい。」


 「ゾンビ程度じゃ自慢にならないな。」


 「ふふふ。頼もしいかぎりですね。それじゃ先に進みましょうか。」


 その後もスライムやアーマーポットが現れたが、難なくヴィートが退けていった。スライムは魔法こそ効き辛いが、中心の核を断てばあっという間に光に変わる。ドロップ品は苔のようだ。魔力をかすかに含んでいる。アーマーポットに至っては動く壺そのものであり苦戦する要素が一切なかった。ドロップ品は小壺に入った塩。どうやら錬金術に用いる素材がドロップするようになっているようだ。


 〈自領域拡張〉でフロアの地形がほぼ分かるのは迷路ではかなりズルに近い。あっという間に5階のボス階層へとたどり着いた。今までの階と違う、鋼鉄の扉が威圧感を放っていた。


 「5階って事は……。」


 「ええ。ボス階層です。5階のボスはロックゴーレム。ヴィートさんの腕ならロックゴーレム程度は大丈夫です。今まで通りのフォーメーションで行きましょう。」


 「OK!」


 勢いに任せて扉を開けると1階の様な大広間になっており、その中心に岩の塊が鎮座している。ロックゴーレムだ。身長5メートルの人型だが、あまり洗練されていない。安定性を高めているのか足がどっしりとしており、上体が貧相だ。頭に当たる部分に顔は無く、赤い目が岩に埋まっているだけだ。


 勢いに任せて宵闇を抜き魔力を込め、強化魔法を上掛けする。少し気持ちが昂って魔力を込め過ぎてしまい、片手剣から魔力がほとばしった。魔力で形作られた刃が延長され両手剣の様になっている。


 「さすがは王都一の鍛冶師グラニットだな。」


 ゴーレムが2人に気が付き、その巨体をじわりと動かした。その瞬間、紫色の煌めきがゴーレムの身体に走る!


 緊張感が空間を支配し、時が止まったように皆が動けない。静寂を破ったのはヴィートだった。静かに宵闇を鞘に納める。剣が鞘に収まり、小さく硬質な音を立てた。


 止まった時が動く。ゴーレムがずるりと。綺麗に4分割され叫び声1つ上げることなく崩れ落ちると、光に変わり周囲に弾けた。


 残ったのはドロップ品の魔石だけだ。


 「お粗末様でした。」


 「いやはや、私の出番がありませんね。」


 「あ、譲った方が良かったかい?」


 「いえ、言ってみただけで、戦いたいわけではないので。それではしばらく調査をしますのでお待ちください。」


 「ああ。待ってる。ボスは人がいる間、再出現しないんだっけ?」


 「はい。その通りです。適当にくつろいでいてください。」


 そう言って周囲を調査しだすイドリス。仕方ないので瞑想して暇を潰す事にした。革マントを床に敷き、腰を下ろすと精神を集中させた。


 静かに目をつむると徐々に精神が透き通り、物質世界から乖離していく。宇宙の鼓動が、星の息吹が、生命の輝きがあちらこちらから立ち上り自分の中を通りすぎていく。気が付くと目減りした魔力が自分の身体に満ち、体力も全快していた。


 『随分と瞑想が上手になったな。』


 『毎日やればこんなもんだよ。』


 『いや、いくら毎日やったからといってここまで没入できまい。お前には霊的な才覚があったのだろう。』


 『でも、もうちょっとなんだよな。もう数歩踏み込めば何か掴めるような……そんな気がするんだ。』


 『ふふふ。お前が亜神になる日も近そうだな。お前が近づいている感覚は神の力だ。人間の枠を越え神に近づいているのだ。』


 『うっ……それはちょっと……。』


 『何を恐れる必要がある。力を得ることはお前にとって良い事だろう?』


 『寿命が無くなったりしない?』


 『外傷以外ではほとんど死ななくなるな。』


 『それが気になってるんだ。不老不死なんていままで考えたことなかったけど、前世の記憶が呼び起こされて、不老不死に対して嫌なイメージがついてるっていうか。孤独と退屈に心をすり減らして死のうにも死ねない、みたいな印象があるんだ。』


 『そうか。神なる身からするとお前の恐れは想像しか出来んが、お前が本気で恐れていることはわかる。無理強いはするまい。』


 『なんか悪いな。』


 『気にするな。確かにお前が亜神となれば出来ることは増えるだろうが、無理させてまでするつもりもない。それに……良い事だけではないからな。』


 『?どんなデメリットがあるんだ?』


 『ま、おいおいな。』


 「ヴィートさん!お待たせしました!」


 イドリスの調査が終わったようで、器具をしまいこちらに駆け寄ってきている。


 「いや、大して待ってないよ。調査の方はどうだい?」


 「今回は、研究所で試作した溶解液で錬金金属が溶けるか試してみたのですが……なかなか手ごわいですね。びくともしません。」


 「そうか。それで、これからどうする?」


 「せっかくですからいけるところまで行ってみましょう。上階のボスが出す錬金の触媒がなんなのか気になりますし。」


 「了解。」

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