旅立ち&王都前編

第1話

 (どうするかなぁ……。)


 自室でぼんやりと考え込んでいる若い男。まだ青年と言うには幼いが少年と言うには歳をとりすぎている。明るい茶髪を短く刈り込んでおり、目の色は人をぐっと惹き込むような金色だ。顔立ちは、残っているあどけなさも相まって柔らかい雰囲気をしている。


 彼は名前をヴィートといい、職業は冒険者だ。


 冒険者とは、瘴気を浴びて普通の獣とは一線を画す凶暴性と力を得た生き物、“魔物”を退治することを生業とする職業である。


 ヴィートは辺境の農村の三男に生まれ、家を継ぐことが出来ないため身一つで金を稼げる冒険者の道を選んだ。13歳から2年冒険者を続けているが稼ぎがいまいちパッとしない。


 彼自身わかってはいるのだ。冒険者はある程度基礎を固めたらパーティを組み、より難度の高い狩場を転々としながらレベルアップしていくのがセオリーだ。しかしヴィートはそうしなかった。何故か。単純に金が無いからだ。


 ヴィートは故郷の村からほど近い町を拠点としているが都会には程遠く冒険者の総数が少ない。すでにパーティを組んで常駐しているベテラン勢には入っていけないし新人冒険者はさっさと王都や領都を目指して去っていく。


 ヴィートも新人と同じように都会や魔物の領域近くの町まで向かいたいのだが先立つものが無い。なんとか生活するので精一杯なのだ。


 今までの2年間、経験は無駄にならないと自らに言い聞かせだらだらと生活していたが、今年でもう15歳、一般的には成人だ。それもあって今後の事を考え出した。


 ヴィートは今、故郷の村に帰って来ている。出戻りして農業をやろうと決めた……訳ではなく、兄のチャックが街で商人をしており、その護衛として村までの行商についてきたのだ。といっても命を危険にさらすような凶悪な魔物や害獣が出ることは無く、荷物持ちのアルバイトをして小遣いをもらう程度の名ばかり護衛なのだが。


 村にいた時、長老から文字の読み書きとある程度の計算は習っている。いっそのこと商人に鞍替えをしようかとも思うが当初の志を思うと踏ん切りがつかない。


 「最初は世界中を見て回りたかったんだよな……。」


 部屋にある1冊の本が目に入る。兄弟三人に読みまわされた本は傷や擦れでぼろぼろになっている。題名は“ノーバート見聞記”。ノーバート=フェルトレインという人物が数百年前に世界中を旅して見聞きした事をまとめた冒険記だ。全世界の物事が記された書物というのは珍しく、現在でも毎年写本が作られているベストセラーだ。


 「子供の頃は何度も読み返して、書いてある全てを自分の目で見てやるんだと思ってたっけな……。」


 ぱらぱらとページをめくるとそこには単色で描かれた挿絵の数々。天高くそびえる塔、地平を埋め尽くすほどの大密林、地底に広がる広大な迷宮と海の彼方にあるという楽園……。


 「うん!まだ頑張れる。路銀を何とか稼いで、都会まで行ければチャンスはある!」


 しばらく金稼ぎに専念し路銀を溜めることを決意したヴィート。


 丁度その瞬間、ヴィートの耳にいままで生きてきて聞いたことのない轟音が飛び込んでくる。その音を認識するか否かのタイミングで地面が揺れた。


 「おおぁっ!何だ!?」


 ぎしぎしと家が軋み細かい砂埃が降ってくる。家の中は、食器や置物が散乱し破損している。床の小物を避けつつ、村の様子を確認しようと急ぎ外へ出た。


 村民たちはめったにない地揺れに大騒ぎだったが、結果から言うと周辺の家もいくつかの瓶が割れたり、食器が落ちたりした程度で大事なかったようだ。


 ヴィートも帰ってきた家族の無事を確認し、一息ついた。村全体をぴりっとした空気が覆ってはいるが一旦は落ち着きを取り戻している。家の片づけや他家の手伝いで気が付いたら夕食の時間となっていた。


「昼の地揺れは一体なんだったんだろうな。」


 二男のチャックが夕食を食べながら話し始める。チャックはヴィートが拠点にしている町で商人をしている。整ってはいないが愛嬌のある顔立ちで行商での評判は良いらしい。茶髪の髪は少しウェーブがかったくせ毛で母親譲りだ。


夕食のメニューはシチューとパン、チーズと少量の果実だ。この地方ではごく一般的なメニューといえる。シチューは野鳥肉、芋、豆を入れて煮込んだもので、春先であるため山菜が足されている。とろみがあるのは、芋が煮崩れしているためだろう。パンは保存のきく黒パンで表面が非常に硬い。固く香ばしい黒パンはチーズとよく合う。果実はサクランボや野イチゴなど。あまり甘くないもののついつい手が伸びる味だ。


 「まぁ皆が無事で良かったよ。」


 無難な返しをするのは長男ライト。長男であるため、家と畑を継ぐことが決まっており普段は畑の手入れをしている。父親と母親のいい所取りをしたような甘いマスクで年頃の娘たちから狙われている。ピンと通った鼻筋は父譲りで柔らかい目元は母譲りだ。


 精悍な顔立ちで肌が焼けているのが父カーツ。寡黙な男である。交わされる会話を横目に黙々と夕食を食べ進めている。幼いころに大不作による飢饉が襲ったため発育不良で身長があまり高くない。


 「地揺れは起きたけど結局何もなかったからね。もうしばらく村としては警戒するけども、すぐ元通りになるだろうよ。」


 村の人々から情報を得てきたのは母アリアだ。小太りで見る影もないが元々は村1番の器量良しだったらしい。


 「ねぇチャック兄さん、町のお話ききたい。」


 チャックに話をせがむのは妹のエルザ。10歳になり、近頃急に女の子らしくなってきた。しきりに町の人はどんな服をきているのか、町にはどんな食べ物があるのか等、しきりに町の話をねだっている。くりくりした大きな目と健康的な笑顔は控え目に言っても美少女だろう。母いわく私の若い頃にそっくり、なんだとか。


 「ねぇチャック兄さん。俺は一応チャック兄さんの護衛として村に戻って来てるんだけど、村の見回りに参加してもいいかな?」


 「あぁ構わないよ。というかこの期に及んで家でゴロゴロしてるようだったら尻をひっ叩いてでも行かせたさ。」


 「ありがとう……なのか?」


 軽口を言い合いながら準備をするヴィート。家を出ると松明を持った男性が3人、村の中心にたむろしていた。


 「おぉ、ヴィートか。昼間はありがとうな。それでここに来たって事は?」


 「はい。見回りに参加しようと思って。」


 「そいつはありがたい。それじゃヴィートには山の方を頼もうかな。んで、俺が畑に行くからお前たちは森の方を手分けしてくれや。やばいもんが見つかっても何も無くてもここに戻ってきて報告するようにしよう。それじゃ出発!」


 山へと歩き出すヴィート。この山はルート王国の西に位置する山脈の一部で、山を越えるとウロス法国があるという。


 ウロス法国とは、遥か昔、賢者によって建国されたといわれる宗教国家だ。賢者を導いた天の御使いを信仰しており世界的に大きな影響力を持っている。ヴィートが拠点としている町は元々ウロス法国にむかう巡礼者の為の宿場町で、故郷の村は宿場町へ食糧や薬草を卸すことで利益を得ていた。しかし、現在では海運が発達したせいで危険な山越えを行う巡礼者は稀になっている。そのため村も宿場町も衰退の一途をたどっているのだ。


 山での見回りを二時間程度行ったヴィートは帰り際にふと寂れた祠へと足を向ける。子供の頃からよく祠を基地にして遊んでいたのだ。


 久々の帰郷と冒険者への決意を新たにしたことで少し感傷的になっているのかもしれない。単純に、近いが故の思い付きとも言えるが。


 到着したヴィートの目の前には幼い頃とほとんど変わらない祠の姿があった。


 (懐かしいなぁ……。)


 祠は石造りの小さなもので、崖をくりぬいた中に建てられている。ちょっとした物置程度の大きさで中心に台座があり、石で出来た杯が安置されている。“ノーバート見聞記”に記載されている、杯を御神体に据えた宗教、父神教の祠だとヴィートは推測していた。


 子供の頃、祠の隅に麻袋を隠していた事を思い出し、取り出す。中身は古い銅銭やぼろぼろの青銅剣、綺麗な石など子供の頃の彼の宝物だ。その1つ1つを懐かしげに確かめていたヴィートだったが、ふと顔に風があたるのを感じる。


 (おかしいな……どこから風が……?)


 調べてみるとどうやら祠の奥、石杯の裏に位置する壁から吹いているようだ。奥の壁が地揺れで動いたのか、少し隙間ができている。気になったヴィートが覗き込んでみようと奥の壁に手を掛けると壁から動きそうな感触が伝わってくる。


 「んんっ!?これは……隠し扉!?」

 

 興奮のままに押したり引いたりしていたが、正解はスライドだったようだ。少しの力で石扉は壁に飲み込まれていく。奥にはぽっかりと洞窟が口を開けていた。洞窟の奥には光が差さず、数メートル先さえ見えないほどだ。


 余りの暗さに一瞬ひるんでしまうが、即座に思い直した。


 (なんのために冒険者になったのかを確認したばかりじゃないか!ここで行かなかったら嘘だろ!)


 奥へと歩みを進める決断を下す。都合のいい事に松明も持っている。奥の見えない暗さがいやおうなしに心臓の鼓動を速くさせた。意を決して洞窟へと踏み出す。


 しばらく歩いても洞窟はまだ先が見えない。洞窟の中に入ったものの数メートルで行き止まり、という可能性も想像していたヴィートにとって洞窟が先へ先へと続いていることは非常に嬉しい事だった。洞窟は人が作ったものなのか、削り跡が細かく人為的だ。地面も歩きやすいよう平らにならされている。ずっと封じられていたせいか蝙蝠などの生き物もいない。


 長い時間歩いているうちに、はたして自分は前に進んでいるのだろうか、このまま帰れなくなってしまわないだろうかと不安が襲ってくる。


 (うーん、一度戻って食料なんかを用意してくるべきだろうか。次の曲がり角で何も無かったら出直そう。)


 惰性のままに足を進めていると曲がり角だ。……曲がり角の奥から光が漏れ出ている!


 気持ち早足になりながら曲がり角を曲がるヴィート。その先で見つけたのは明々と輝く灯りとその下にある開いたままの扉だった。現代の技術では再現できない古代の技術。その片鱗を金属の扉から感じ取っていた。


 ヴィートが扉の中に入っていくと中は初めて見る物ばかりだった。磨き上げたかのように艶々した壁、わずかの凹凸も見られない平らな床。天井には照明と思われる細長い形をした灯りがともっている。ランプやロウソクなんかとは比べ物にならないほど明るい。


 「これはとんでもない事になってきたぞ……!」


 ヴィートの脳裏に大量の金貨が想起される。以前町の冒険者たちが話していた。世界中に古代文明の遺跡が残されており、そこで完全な状態の古代魔道具でも見つけることができればかなりの金になるらしい。さらに異能をでも見つけようものなら一夜にして大富豪、一生食うのに困らないとか。


 異能とは無限に力がわき出てくる力の結晶だと言われている。手に入れた者は手から業火を放ったり、枯れた川を蘇らせたりと奇跡のような力を行使するという。手に入れた異能によるが、手にした者は引く手数多で騎士に取り立てられたり、冒険者として名を馳せたりしているそうだ。


 先に進むにつれていくつかの部屋を探索しているが、収穫はこれといって無い。鉄でできた空の棚が並んでいたり、衣服が散乱していたりと散々な状況だ。今度こそは、と意気込んで扉を開ける。

 その中で今後の運命を大きく変える出会いが待ち受けているとは知らずに。


 まず目に飛び込んできたのは光。両の掌を合わせた位の大きさである光の塊が、中央の透明な筒の中に入っている。


「おぉっ…。」


思わず声が出た。なんだかよくわからないが珍しい物を見つけたのは間違いないようだ。周囲を見ながら中心の光へと近づいていく。周囲には他の部屋とは違い、金属の箱の様な物が並んでおりそれらは中心の光の入った筒へと管を伸ばしている。


 「誰だ?」


 「いいっ!!」


 急に声が聞こえ、驚きのあまり叫んでしまう。バッバッと擬音が付きそうな速度で周囲を見渡しても誰もいない。


 「だっ、誰だ!姿を見せろ!」


 ヴィートは精一杯の強がりで強い口調を作る。手はいつでも抜けるよう腰の剣にかかっている。といっても硬い物とは打ち合えない粗雑な鉄剣なのだが。


 「まずは落ち着け。と言って落ち着くようなら苦労はせんだろうがな。まぁそう強張るな。」


 落ち着かせようとする声の主と反対にヴィートは完全に委縮してしまっている。


 「仕方あるまい。話を進めるぞ。お前の目の前にある光の玉、それが私だ。」


 「まさか……異能か!?異能って喋るものなのか!?」


 「いのう?いのうとはなんだ?」


 異能の説明をするヴィート。さっきまでの弱気はどこへやら目の前の光の玉が異能であるかもしれないとなるや否や今後の輝かしい冒険者生活に思いを馳せている。


 「ふむ、なるほど。結論から言うと私は異能であって異能でない。私は……神だ。いや神だったと言うべきか。」


 急に突拍子も無い事を言い出す球体。ヴィートの表情も硬くなる。


 「そんなに胡散臭げな顔をするな。自分でも説得力が無い事はわかっている。持っていた力の大半を失っているからな。威圧感も存在感も神であった頃とは天と地であろうよ。おそらく異能とは地上に降り注いだ私の力の欠片だろう。」


 ヴィートは入り口の古い祠を思いだす。あれは父神の祠ではなかったか。


 「まさか!ほんとうに!?」


 「ふむ。その反応は思い当たる節でもあったか?信じていようと信じていまいと構わん。1つ……いや場合によってはいくつか頼みがある。」


 「な、なんでしょう?」


 不安になり急に敬語になるヴィート。当然だが神を前にした経験などない。


 「そうかしこまらずともいい。力を貸してほしいのだ。失った力を取り戻そうにも今の力では何もできん。お前が働く代わりに、お前に私に残った神の力を授けよう。どうだ、やってみないか?」



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