Bloom of the Dead

ロータス

第1話 光の日

 七月も半ばへと入り、太陽に照りつけられたアスファルトが鉄板のように湯気をあげていた。

 そんな真夏の日、授業を終えた学生たちは、部活に青春を捧げる者、教室でとりとめもない話題に花を咲かす者、塾へ行くため帰路を急ぐ者もいた。

「ふぅ~。うん、これで終了かな。ごめんね、手伝ってもらちゃって」

「いや、構わんよ。それに委員長のお願いなら断れんさ」

 そして、ここには先生に荷物運びを頼まれた女生徒とそれを手伝った男子生徒の二人がいた。

「なーにそれ、どういう意味よ」

 委員長と呼ばれた女生徒は、怒って見せているが、眼鏡の奥の瞳は笑っていた。

「いや、深い意味はないんだがな」

対する角刈り、中学生にしては体格のいい男子生徒は困ったようにポリポリと頬を掻いた。

「ふっふふ、そうなの。……でも本当に助かっちゃった。いつもありがとうね」

「いや鍛えているからな。これぐらいたやすいことだ。いつでも頼んでくれていい」

「自衛隊のお兄さんに憧れているんだもんね。そうか、いつでもか、嬉しいな。………でも、そんなにしてもらっても返せないよ」

「いや、そんなこと気にしなくていいぞ。兄貴は困っている人がいたら、助けてやれって言ってるしな。それに委員長はクラスのために色々とやっているじゃないか。それでおあいこだ」

「ダメだよ!そんなじゃ、わたしの気がすまないよ。だからね……その……」

 そういったきり委員長はうつむいて黙ってしまった。

 癖なのだろうか、委員長は執拗に三つ編みにまとめた髪の毛先をいじっている。

 遠くで部活の掛け声が聞こえ、近くでは蝉がみーん、みーん、とうるさく鳴いていた。

 委員長はそれを良かったと思った。これだけうるさければ、太鼓を打つかのように高鳴っている心臓の音が相手に聞こえることはないだろうと思えるから。

「あの、あのね、ミリオ君。……って、私ミリオ君って呼んじゃったね!!私なんかがそんな風に呼んじゃいやだよね。峰岡君」

「ミリオで構わんよ、いつもそう呼ばれているしな。委員長の好きなように呼んだらいいさ」

 峰岡 辰雄みねおか たつお。兄が自衛隊に努めていることもあり、ミリタリー系が大好きなことから、仲のいい連中からはミリオと呼ばれていた。

「ほっ、ほんとう。じゃあ、ミリオ君って呼ばせてもらおうかな……」

 えっへへへ、委員長ははにかんだ笑顔を浮かべた。


(((「おいおいマジかよ」「これはあるぞぉ~」「ちょ、ちょっと静かにしないと」)))

((「葵ガンバレェ~」「きゃあー私のほうがドキドキしてきちゃった」)) 


 うん、色々と見られているな。とミリオと呼ばれた男子生徒は感じていたが、

「み、みみみ……ミリオ君!!」

 しかし、頭がゆで上がっている委員長には周りの喧騒を気にするどころではない。委員長の中では、世界には自分とミリオしかいないのだから。

「おっ、おう。なんだ」

「わ、わたしね。いつもお世話になってミリオ君にお返しがしたくて……ひ、一つだけ。一つだけならいいよ」

「一つ?」

「そう、一つ。……一つだけミリオ君のお願い。聞いちゃう。なっ、なんでも」


(((「うぉおおおおおおおおおおおおお」「なんでもなんでもと行ったか」「おぉう」)))

((「いやぁ、葵。大胆すぎぃ!」「はぁ、私の葵がいつの間にか遠くに」))


「だからさ、おおおお思いつたら言ってね!」

 ばぁっと委員長こと葵は、答えを聞かずに駆け出し、「うっ!」そして手首を掴まれた。

 掴んだのは勿論、ミリオでぐっと葵を引き寄せる。

「委員長、そのお願いというのは、今言ってもいいのか?」

 葵はぎゅと目を閉じ「はいっ」と短く返事をした。

「そうか、では委員長」とミリオはぐっと葵の肩を抑えた。

(((「ミリオォオオオオオオオ!!」「はわぁああああ」「うわぁ」)))

((「葵、葵、良かったね!」「葵、私を置いてかないで~」))

「それじゃ、この質問に答えてくれ!今日の気分、それから気分がいい時に見たい色、気分が悪い時に近くに目につく色、普段から好きな色!」

「………………えっ」「「「「「えっ?」」」」」

「い、色?」

「そうだ、色だ」

「ち、ちなみに、その色には何か意味があるの?」

「ああ、これはグリに教わった心理テストの一種でな。これが分かるとその人の機嫌を探るだけその日はいているパンツの色が分かるというものだ」


(((「ミリオォオオオオオオオ」「だから、嘘を嘘と認識できない奴は」「うんっ・・・」

((「葵、葵ぃいいいいい」「あたしカラオケ屋予約してくるわ」))


「つつつまり、私のパンツの色が知りたいってことかな?」

「ああっ、知りたいさ!でも安心してくれ。それがどれだけ尊いものかは知っている。だから、無理やり見るような真似はしない。兄貴は女性にやさしくしろってお」

「ばかかああああああああああああああああああああ!!!」

ぱぁんと気持ちいくらいに軽快な音がした!

「ばか、最低、スケベ、変態。意味分かんない。私が!どんだけ!あああああああ、もういい。知らなーい!!!」

 葵は、激昂しながら、走り去ってしまった。

「葵、葵ぃいいいいいいいいいい」

「ほんとう、男子最低!」

 それをざっと、背の低い生垣から飛び出てきた女生徒二人が追いかける。

「うん。まさか叩かれるとはな。おまえらいるんだろ、出て来いよ」

 それに応えるように、校舎の陰に隠れていた三人の男子生徒が出てきた。

「叩かれるとはな……じゃねーだろ、ミリオ何してるんだよ!」

 長髪を振り乱しながら、ゴンこと近藤 直哉こんどう なおやは詰めよるように言った。

「まぁ、いいではないか。所詮三次。やっぱり二次元に限るよな」

 いがぐり頭で、スポーツ刈りと一見スポーツ系にも見えるが、体形はミリオと正反対のぽっちゃりとしている。グリこと、五十嵐 雅也いがらし まさやが朗らかに言った。

「いやぁあ、まぁドンマイ。ミリオ」

 全体的に体の線が細く。その童顔な顔立ちは、小学生と言えなくもない。事実そう言われることも多く、それが彼にとってのコンプレックスなのは言うまでもない。ヨハクこと立花 与白たちばな よしろは苦笑いを浮かべながらそうミリオを慰めた。

「なんでパンツの色とか聞いてんの、お前バカなの!」

「うん?バカとはなんだ。兄貴は言ってたぞ。いつ何時でも、人は死ぬか分からない。だから、後悔しないように思ったことはその場で言え!とな」

「それはお前の兄貴が自衛官だからだろうが!ああ、もうせめて水着がみたい!とかなら海に誘うとか出来たのにな!」

 ほう、それはいいな、今度行ってみるか。と笑うミリオに、ヨハクは素直にすごいと思った。自分ならクラスメイトの女子にビンタされたら、こんな風に笑ってられない。

 ふわっと、ヨハクの視界を遮るように白い結晶がちらつく。ああ、また降ってきたな。

 太陽が燦々と輝き、熱せられたグラウンドからは、陽炎ように靄が立ち込めていた。夕日が空を黄金色に染め、ミンミンとセミがうるさいほど鳴いている。

 夏のイメージそのものの風景に、しかしそこには一点だけあり得ないものがあった。

 気温は三十度近くある真夏日にも関わらず、どこからともなく、ハラハラと雪が降っているのだ。厳密には雪に似た白い結晶のような“なにか”だ。

 誰が呼び始めたか“天使の涙”そう呼ばれる異常気象が数か月前から散発的に起こっていた。

 最初こそなんらかの化学薬品の流出、バイオテロ、宇宙人の来訪や世界崩壊を告げる予兆など様々な憶測が飛び交い騒がれたが、いまだにそれで被害にあった人がいないこと、また積もることもないので交通機関が麻痺することもなかった。それにこの“天使の涙”はそれ自体に熱もなければ重量?もなく、触れた途端にすぐに消えてしまうため、ろくに研究も進まずそんな状態が、世界で散発的に数か月近く続いてるのだから、すぐに普通の生活に戻っていた。

 政府からは「直ちに影響はない」とする旨の声明と共に、不用意に触らないようにと日傘の使用を推奨され、空前の日傘ブームが到来するとともに、雑誌やテレビなども陰謀説から、カップルで楽しむ真夏の雪特集!涙などと暢気にもロマンチックなCMを流し始めるなど、世界はいたって平和だった。

 ミリオは世界崩壊説の予兆思っているようだが、ヨハクはどちらかというと世間派だ。今だって、“天使の涙”の危険性を考えるよりも、そこに広がる美しい光景に目を奪われていた。

 ヨハクの視線の先、校門へと続くグラウンドを横切るように二人の女子生徒が日傘を相合傘のようにして歩いていた。

 灰岡 玲奈はいおか れいな朝霞 小百合あさか さゆりだ。

 玲奈はちょっと長めのボブカットの髪の間から、くりんとした丸い瞳が覗く。背も低く感情と体の動きがリンクしているような細やかな動きから、小動物的な可愛さが人気の女の子だ。

 そしてその隣にいる朝霞は、中学生らしくない落ちつきがあり、憂いを帯びた雰囲気に、幼くも美しい少女と女性の合間を兼ね備えたある年齢特有の美。左上に少し大きめの白いユリの花飾りが彼女のその黒檀のように移しくしい黒髪を映えさせていた。その黒髪から流れる、すれ違えば香水でもつけているのか鼻腔をくすぐる強烈に甘い香りがした。小百合の隣の席に座るヨハクはそのことを思い出して、思わず鼻をひくつかせてしまった。風がなびこうともさすがにここまでは匂いを運んでこれないだろうけど、自然とそう知ってしまった。

 そんな朝霞は“天使の涙”に手を伸ばしているように見えた。その隣で玲奈がそれを制止しているように見える。

「綺麗だね」

「もうそんな何か分からないの触っちゃだめ!めっ!」

「え~そんな」

 キャッキャウフフ。とヨハクの脳内でアドリブをあてはめ、その百合百合しく、ほほえましい瞬間を味わっていると、

「いや~小百合タンは今日もお美しいですな~」とグリが言えば、

「ヨハク、お前はパンツの色とか聞くなよ」とゴンがニタニタと笑って言ってくる。

「いや、見てねーよ!また“天使の涙”が降ってきたなーと思ってさ」

 後ろでに声を掛けられ、ヨハクはびくっとなりつつ、ちゃかれた気恥ずかしさからそんなしょーもない嘘をヨハクは言ったが、当然そんなことが通用する二人ではない。

「いやぜってー見てるわー。ガン見だったわ」

「ほんとそれ。むしろ、アドリブでもつけて会話を楽しんでる勢いだよ。絶対」

「いやい。ちか、違うって。そんなことしないから!!」と図星をつかれ、それを誤魔化すように捲し立てた。顔が熱く、耳まで真っ赤になっているだろうというのが自分でも分かってヨハクはますます焦ってしまう。

「焦りすぎて、噛んでるじゃねーかよ」とゴンが追い打ちをかけ、

「はい、ムッリーニ確定」とグリがフィニッシュを決めてくる。

うかうかしているとあだ名が変わる。中学生とは往々にしてそういうものだ。それを肌で感じているヨハクは、なんとか言い逃れを考えていると。違うって

「うん?WW2のイタリアの首相は、ムッソリーニじゃないか?間違ってるぞ、おまえら」 

「いや、そういうのじゃないから……まぁ、いいか」

 助かった。ミリオは悪い奴じゃない。ただ実直で空気を読まないというか、こういう天然なところがある。今回はそれに助けられたみたいだ。

「もうそろそろ帰ろうぜ」とヨハクはすかさず、会話を打ち切った。

「もうこんな時間か。アニメを見ないと今日はスクールライフの日だ!」とグリが慌て始める。

「いやそれよりもこの間言っていた今週末のミリタリーアイドル」とミリオが熱弁をはじめ、

「おまえら、本当にそういうの好きな~」とゴンはあくびをしながら、伸びを始める。

 先ほどの空気が完全に霧散したのを感じたヨハクは、ほっと胸をなでおろした。はぁと安堵にため息を吐きつつ、外を見れば太陽も傾き、だんだんと青空が黄色味出してきた。グラウンドには当然二人の姿はもうなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 世界が黄金色に染まりつつある帰り道、家が逆方向にある三人と別れて、ヨハクは行きつけのシューティング漫画喫茶二丁拳銃ダブルハンドへと急いだ。

 今日は父が会社の飲み会があるらしく外で食べてくるように言われているのだ。母はヨハクが小学生に上がる前に亡くなってしまっているため、こういった外食は月に数回あるのだ。

 普通のお店で食べてもいいのだが、ミリオから紹介されたこの店のオムライスが美味しくヨハクはここで食事することが多い。部屋は基本鍵付きのドアで区切られた完全個室となっており、ドリンクバー飲み放題、マンガもインターネットも読み放題のやり放題となっておりここなら、家族共有のパソコンでは調べられない。

 中学生ならではの少々いけない画像なども見れるのだ。自宅に自分専用のパソコンがないヨハクにとっては天国のような環境で、足しげく通ってしまうのだった。

 またヨハクは、ミリオと来た時にしか利用しないが、ここのマンガ喫茶の特徴は、シューティングレンジという銃を撃つ環境が整備されていることだ。もちろん、銃といっても本物ではない、ガスや電動と言った種類はあるものの、おおむねエアガンと呼ばれる空気の力を借りてBB弾というプラスチック製が主な球を発射する。おもちゃの銃だ。といっても目に入れば失明することや、至近距離で打てば歯が欠けたり、体にあたれば青あざが出来たりと一概におもちゃとは言えない威力があったりする。

店主の趣味で無理やり2レーンほど屋上に設置されているのだ。ちなみに屋上のシューティングレンジの壁には弾痕のように丸いくぼみが入っていて、らしい雰囲気を醸し出しているのだが、実は共同経営している奥さんが勝手にシューティングレンジを作ったことに怒って椅子をぶつけたときに出来たとか、出来なかったとか……という噂がある。

 店の一回にカウンターがあり、そこに赤い生地に黒い刺繡で髑髏が書かれたバンダナを頭に巻き付け、伸び切った無精ひげを携えて、睨みつけるように新聞を読んでいる男が座っていた。

 ここの店の店主だ。名前は未だにわからないが、この厳つい見た目とは裏腹に、話しかけてみると思いの中フレンドリーに対応してくれる。ほかの常連は、マスターや旦那とそれぞれ思いも思いに呼んでいる。ちなみにヨハクは、店長さんと呼んでいる。特に意味はないのだが、最初にそう声をかけてから、なんとなくそのまま呼び続けているのだ。

「店長さん、こんにちは立花です。いつもので」と、会員カードを差し出す。

 いつものプラン、利用時間は三時間、部屋タイプはフラットシート、食事はオムライス、ガンはなしをオーダーする。新聞を横目にぎろりと睨んでいる……わけではないらしい店長の厳しい目つきをこちらを見据えた後、「はいよ。409号室だ」ぶっきらぼうに鍵を渡して、すぐに新聞に目を落とした。今日は機嫌が悪い。もしかしたら、奥さんと喧嘩したのかもしれないなと感じて、ヨハクはそそくさと部屋に向かった。

 左手側には待合の椅子、右手側にはラウンジスペースと呼ばれる仕切りのないオープンな空間(その分料金が安い)一つに長い机の上にモニターが八台ほど並び、壁にはショットガンが飾られている。正面の雑誌・マンガコーナー、雑誌の種類が一部マニアックなことは説明しなくてもお察しだろう店のコンセプトを崩すことなく置かれている、そんなスペースを抜け、店の奥のエレベーターで4階へと上がった。

エレベーターを出ると、正面には↓401~408トイレ ↑409~415屋上と書かれているプレートとヘルメットにタンクトップ姿の女の子が何やらマシンガンのような厳つい銃を構えているポスターがあった。なかなかに可愛いらしい子でそんな子がミリタリーコスプレ?をしているのが妙にそそられた。

 ポスターの少女は自分より多少幼く見える、おっとりしたたれ目に、ニッコリと満面の笑み、ぴったりとした薄緑のタンクトップからは多少の膨らみ、構えた左手からは健康的で綺麗な脇が覗いている。そして何より目を引くのが雪のように輝く銀髪の髪だ。

 ポスターには総合的な雑貨屋、何でもそろう!を謳い文句にしている地域の商店、首領ドン・ホーテのイベントスペースにエアガンの専門メーカーである東京ゼロイのホビーショー開催というデカデカとした文字と、今が旬のミリタリーアイドル小倉 小豆おぐら あずきちゃん来店&トークショー!と書かれていた。

そういえばミリオが行きたい!と騒いでいた気がする。その時は皆で興味ないと言ったが……ミリオに付き合ってもいいかな、友達として!とヨハクは思いつつ、右へと進んだ。

 〝409〟というプレートが書かれた扉を開ける。部屋は二畳ほどの広さで、座椅子と机、パソコンとモニターが置かれているだけの簡素の作りだ。そこに学校指定の鞄を置き、鍵をガチャリと閉めた。

 ヨハクは、座椅子引いて座り、早速パソコンから検索ブラウザを立ち上げる。特に検索したいものはないのだが、癖のようなものだった。それからデスクに備え付けられている引き出しの一番上を開ける。

 引き出しの中で、黒光りする鉄の塊が2つ。

 一つは映画などでよく目にするハンドガン、確かベレッタというんだったが、しまわれていた。持ってみると意外とずっしりとした重さが伝わってくる。

 ガスガンという種類で、ガスの力でBB弾というプラスチック製の球を飛ばすおもちゃの銃だ。

 そんなものがマンガ喫茶の引き出しに入っているのも店主の趣味だ。

 ヨハクもミリオに誘われ何度かやったことがあるサバイバルゲームという、おもちゃの銃で撃ちあう。大人の戦争ごっこのようなゲームに使うものなのだが、ミリタリー好きの店主としてはそれに興味を持ってくれる人が増えるように引き出しにモデルガンとして置いているのだ。

 そして二つ目はなぜかマガジンが一緒に入っていた。

ふつうは安全のためマガジンは抜いてあり、弾は発射することが出来ないようにしている。本来なら引き出しの2段目にBB弾とガスボンベ、マガジンが置かれて、鍵がかけられており、別料金を払えば、屋上のシューティングレンジで撃つことも出来るシステムなのだが、どうやら別の顧客が使っていて間違えてベレッタとマガジンを同じ引き出しに入れてしまったようだ。それに店主も、もしかしたら奥さんが気づかなかったのかもしれない。

 ミリオほど製造過程や歴史、由来などを勉強しようというほどではないが、ヨハクも中学生の男の子だ、銃というのに多少はカッコよさや魅力を感じていた。映画やゲームの主人公のように構えてみたり、ブローバックさせたり、引き金を引いてみたりと一通り男の子の心を満足させつつ、普段は、数百円でも貴重なお金なので勿体ないと別料金は払っていないが、少しだけ屋上で撃とうかなと得した気分になりつつ、それらをテーブルに置いた。

 ふっとそこでいつもの部屋にないものが視界に入った。

 紫の花びらが綺麗な花が一輪挿しで飾られていた。

 う~ん、あの無骨な店主さんがするには可憐過ぎる行動だが、……もしかしたら奥さんの趣味なのかもしれない。ここのトイレなどは便座にレースの飾りがつけられていたりと店長さんのミリタリー傾倒した趣味に少しずつ対抗し始めている節があるからだ。

 今日は珍しいことだらけだなと思っていたら、「ふぁあ~」と急激に眠気が襲ってきた。

 まぁ花なんてどうでもいいか。座椅子をどけ、体を伸ばす。

 空調の効いた室内が、先ほどまで三十度近い外気に触れていたほてった体を冷やして、心地よい。普段はお金がもったいないので寝ることなどはないが、ヨハクはその日は、なぜか何の抵抗もなく眠り落ちてしまった。

 瞼を閉じると浮かんでくる、グランドで“天使の涙”と戯れる小百合の姿。

 あいからわず天使だ。そう心の中で呟いて、ヨハクの意識は遠のいていった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ヨハクの意識が遠のいてすぐに何の前触れもなく、それは唐突に起こった。

 “天使の涙”と呼ばれた異常気象。雪のような白い結晶の何かは、小さな太陽のごとく輝きだし、また触れた物や者すべてが同調するように輝いた。

 しかし、それを視認出来る者は誰も居なかった。世界を包む、見るもの全てを焼き尽くすかのような光の奔流に目を逸らすことしか出来なかったのだ。

 車がぶつかり、爆発音やクラクションが鳴り響く、あるところでは、飛行機が不時着し、あたり一面に光の奔流に負けない火の海が広がった。

 またあるところでは、電車のブレーキをかけられず、ホームに停まっていた電車を玉突きのように突き上げ、脱線し、強大な蛇がのたくるように車体が暴れた。

 突如起こった光の奔流はその終わりも唐突だった。奔流が収まった後、あたりには煙が立ち込め、押しつぶされたり、横転したりしている車や、飛び散ったガラスに、ケガをした人々が溢れていた。

「救急車!どなたか、救急車を呼んでくれませんか!主人がひかれて!」

「おい、警察はどうなっているんだぁ!」

「ママァ、、ああああ、あ、あ、ママァ!」

「ふざけるな!この車いくらしたと思ってるんだ!」

「うるせぇ!俺じゃねーよ!」

 ケガをした人々の悲鳴や怒号が辺りを包んでいた。

 そんななかでも「大丈夫ですか!どなたか、車を持ち上げるのを手伝ってください!」混乱する人々の中で、車に下敷きにされた人を救出する青年。それに感化されるようにその救出の輪に加わる人が少なからずいた。

「「「「せーのっ!!」」」」複数人の男女が懸命に車を持ち上げ、その間に下敷きされた人を引きづるように引っ張り出した。

「よーしっ、これで……うっ!」

 引っ張り出した人は足は片方がなくなり、腹が潰れ、臓腑があり得ないとこらから飛び出していた。それに吐き出す人や腰を抜かす人、しかし青年は青ざめながらもまだ懸命に動いているその人を助けるべく、「今、止血を。どなたか救急車を……えっ?」腹を抑えるため、屈んだ時、青年の首筋に温かい液体が流れた。それは今、青年が抑えている腹と同じ感触と同じ温かさで。

「いあやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「うわぁああああ、なんだこいつ、何してるんだよ、おまえ!」


 ブチリと、何かがひきちぎられる音が聞こえるとともに、青年の首筋から大量の血が噴き出した。

 なにが……。そんなな言葉すら出てこず、口から、ひゅーひゅーという空気が漏れる音しか出て来なかった。

 体の周りに溢れている生暖かい何かとは裏腹に、体の芯はどんどん冷えていく感覚を青年は感じた。

 急速に薄れつつ、ある青年の意識のなかで、最後に見たものは、

 自分が助けた車の下敷きになった人が、片方亡くなった足を引きづりながら、緩慢な動きで、自分へと覆いかぶさり、死んだ魚のような眼を向けたかと思うと、獲物を捕らえた蜘蛛のような力強さと速さで自分へと覆いかぶさってきたところまでだった。


 後に、“光の日”と呼ばれるようになるこの日。


 強烈とはいえ、数分間の光の奔流の結果。

 目の前にあった蕾が、ご来光の日差しを受けながら、少しずつ少しずつ花開いていくそんなゆったりとしたものではなく、先ほどまで蕾だったのものが、振り返ったそのときには、もう咲き誇っていた。そんな唐突さで、世界は突如開花した。

 シューティンマンガ喫茶“409”号室の部屋の中、ヨハクは静かに寝息を立てていた。ここの部屋が別に防音というわけではない。外の音で目覚めないほど深い眠りに入っているのだ。外の現状を見ればそれはとても幸運なことだったのかもしれない。

 暗めのLEDライトが部屋を照らし、パソコンのモニターは変わらず、検索エンジンのホーム画面を映している。ここだけ何も変わらない。

 テーブルの上、武骨なベレッタとは対照的に可憐な紫色の一輪挿しの花。

 誰もいない、ヨハクだけの空間のはずで、風もないのに、まるで顔を向けるようにその花弁は、寝ているヨハクへと向きを変えた。

 ……………花とヨハクに、それ以外に特に変わった様子はない。

 ただ、可憐な花が笑っているかのように、その華奢な身が揺れていた。

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