第五章 其の心、影に揺らされ―2

「………」

 アリムは顔を両手で覆った。

 ……いったい何が起こっているというのだろう。

(伯母さんは……無事?)

 ――必ず行くからな。

 無条件に信じたトリバーの言葉。

 ――信じてもよかったの?

(ああ……だめだ、正しいことが……分からない)

「あのう……」

 声が聞こえて、はっとアリムは我に返った。

 ゆっくりと両手を顔から離す。

 顔をのぞきこんでいたのは、一番最初に自分が目覚めたことに気づいた少女だった。

「大丈夫……ですか?」

「……うん」

 アリムはどこかぶっきらぼうに返事をする。

 目の前の少女は何歳くらいだろうか――アリムは人の年齢を判別することが大の苦手なので、よく分からなかったが、若いことだけは分かった。

「あの」

 その少女に向かって、アリムは口を開く。

「あなたは知っていますか? ぼくの……伯母さんの」

「あ、ええ知っています!」

 長い薄水色の髪の少女は、嬉しそうに両手を組み合わせた。

「エウティス・レン様ならご無事ですよ。今朝協会の者が様子を見に行きました」

「………」

 様子を見に行った。

(それじゃ……トリバーさんとはちあわせしたんじゃ)

「今……伯母さんは?」

「アリムさんが協会にいることを伝えたら安心なさったようで、家にいらっしゃいますよ。少しお疲れのようでしたから」

 まるで見てきたように言う。

「……あなたも、伯母さんに会ったの?」

「ええ、ええ。私も同行させて頂きました。協会にいる間、私がアリムさんのお世話をさせて頂くとご挨拶に」

 ルクレと申します――と薄水色の髪の少女は頭をさげる。

「よろしくお願いします、アリムさん」

 にっこりと微笑む瞳。薄黄緑色だ。

「ぼくに……丁寧語使う必要はないと思うんですけど……あの」

 失礼ですが、とアリムは思い切って聞いてみた。

「おいくつ……ですか?」

「十七歳です」

「………!」

 ――ぼくと、同じ歳……?

 ルクレと名乗った少女は白いローブをはためかせて足早に歩き、ずっと閉まったままだった窓を開けに行く。

 カタン

 開いた窓から、強い日差しが差し込んできた。

「まあ。今日は快晴ですね」

 ルクレは笑う。

 ――その一挙一動――

(ぼくと……同じ……歳……)

 鏡なんて見なくても分かる。

 ……伯母やアラギに笑われた理由も分かる。

 とてもではないが、

 自分とルクレが同い年には見えない――

(どうして? ぼくは十七歳だ)

 アリムは強く思う。

(十七歳だ。少し成長が遅れているだけだ。そうだよね?)

 何度も何度も自分に言い聞かせても――

「今、お体お拭きしますね」

「あ、のどは渇いていらっしゃいますか?」

「お腹がすいてらっしゃいますか? ご用意しますけど」

 かいがいしく世話をしてくれるルクレを見れば見るほど、自分の心が揺らいでいく。

 自分が十七歳?

 本当に?

 男性ではなく、女性の十七歳と比べてさえ――自分が幼いと思うというのに?

(何で……)

 アリムはふと疑問に襲われた。

(何で……ぼくは、ぼくを十七歳だと思っているんだっけ?)

 それを考えたとたん、

 体が震えた。ふるふると震えた。

 心の震えがそのまま形になったように。

(思……い……出せ、ない……)

 ――おかしい。

 だって自分は……正確な日付は分からないけれど、冬生まれ、で……

 冬、生まれ、で、

「ぼくは」

「アリムさん?――アリムさん!」

 震えだした少年を、ルクレが一生懸命呼んだ。

 そして、「誰か! 誰か、支部長かエルディオス様を……!」と叫んだ。

「………っ」

 アリムははっと我に返り、叫んだ。

「いいです……! 誰も呼ばないで……!」

 今ここで、あの威圧的な支部長に会ってしまったら、

 ますます自分が分からなくなる――!

 飛び込んできたのは、支部長ではなく、いつもその傍らにつき従っていると言われているヨギ・エルディオスだった。

「お疲れなのですね」

 アリムの様子を見、抑揚のない調子でつぶやいた彼は、ルクレに何かを命令した。小さな声で聞こえなかったが、ルクレはうなずき、そして部屋の棚から何かを持ってきた。

 薬草づめの瓶。

「―――!」

 反射的にアリムはいやだと叫びそうになった。が、

 ふと見えたヨギの視線に――動きを封じられた。

 ルクレから薬草づめの瓶を受け取ったヨギは、その入り口を手であおぐ。

 ――香りをアリムに流すように。

「――……」

 まともにその甘い香りを吸い込んでしまったアリムは、急激に世界が遠くなっていくような感覚に襲われた。

 ただの……睡眠薬のはずなのに――

 今はどうしてこんなにも……つらい……?

「―――」

 アリムは口を動かした。

 ――おかあさん――

 そしてそのまま、深い眠りについた。

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