幕間 揺れる筆・流れる興

 いつもと変わらないアトリエ。

 私は一人、いつもの様にパレットを片手にキャンバスの前に立った。

 これから何を描こうか。

 いつもの様にであれば、直近で印象に残ったものをヒントに描くのだが。

 ・・・・・・今日出会ったお兄さん。どうして合席を許してしまったのだろう?

 いつもの私だったらすぐに断っているのに。

 気まぐれ・・・・・・興が乗っていただけなのかも知れない。

 でも後悔をしている訳ではない。

 むしろこの出会いは良いものだったとさえ思える。

 何故だろう?

 顔がイケメンだったから、という訳でもない。

 性格が良さそうだったとも思えない。

 でも何処か惹かれる部分がある。

 取り立てて特徴が無い人だった。

 特徴が無いはずなのに、彼には何処か、他の人と違う雰囲気があった。

 空虚さというか、透明なのに不透明さを持っているとでも言えばいいのか?

 とても自然な不自然さを持った人。

 ああ、うん、そのフレーズはいいかもしれない。

 筆が自然と走り出す。

 こうなってくると徐々に頭の中でこんがらがっていた感情がどんどん整理されていく。

 最初にOKを出したのは、本当にただの気まぐれ。

 最初はよく分からない人に思えたが、話していくと少しずつ輪郭が掴めていく様な気がする。

 もちろん一回話しただけで、その人の事を完璧に理解したとは言わない。

 ああ、もっとあの人のことが知りたいな。

 ・・・・・・これは知的好奇心から来るものなのだろうか?

 それとも、これが級友達の言う所の恋というものなのだろうか?

 筆が止まらないという事はそれなりに思考が活発になっている筈だ。

 それでも答えが出せないという事は、いくら考えても、私にはまだ分からない事なのだろう。

 だったらそれでもいい。

 もう一度あの人に会いたい気もするが、所詮はたまたま出会った人。

 もう会う事もないのだろう。

 会えるとしたらその時はきっとまた偶然に。

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