第02話 ~誰かと話すことの楽しさ~

 ――パチパチ。


 音がする。


 何かが弾ける音。


 そして、同時に漂ってくる焼けた香ばしい匂い。


 ――きゅるるるるるるる。


 わたしの意識が浮上するよりも早く勘づくお腹の中の猛獣さん。


「んんぅ」


 何処かで嗅いだことのある美味しそうな匂いがする。


 意識がはっきりしてきた頭が瞬時に匂いの正体を連想してくれる。


 あれ? これってもしかして。


 ぱちり。と目を開けてみました。


 するとそこには……。


「おさかな?」


 目の前には枯れ枝に火が灯った焚火があって。


 その周囲には小枝に突き刺さったおさかなさんが並べてあって。


 そのどれもがじゅうじゅうと焼ける香ばしい音と匂いがしていて……。


「ッ――――!!!」


 我慢なんてできませんでした。


 がばっと起き上がったわたしはなりふり構わずに焼けたおさかなを掴んで噛み付きました。


 じゅわっと口の中に広がるおさかなの味。


「うぇっ……美味しい。美味しいよぉ」


 視界は涙でぐちゃぐちゃになって。


 それでもわたしは口を動かし続けました。


 少しだけ独特の臭みはあるけれど。


 この時食べたおさかなは。


 何故かお誕生日祝いで食べたケーキよりも断然美味しく感じることが出来ました。



 そう時間が経たないうちに焚火の周囲に刺さっていたおさかなは全てわたしのお腹の中に入ってしまいました。


 お腹の中にいる猛獣さんも満足したのか鳴き声は止んでくれた様で。


「ごちそうさまでした」


 骨だけになったおさかなさんを並べて合掌。


 美味しかった。


 本当に美味しかったよ。


 ほぼ一週間まともな食事を取っていなかったせいもあったからなのかな。


 ふぅ。あれ……でも、ちょっと待って。


 満腹になったお腹を撫でてようやくわたしは気づきました。


 わたしが今食べたおさかなさんは誰が用意してくれたの?


 それに未だパチパチと火が弾ける焚火も。


 わたしが知らないうちに準備した? ううん。それは絶対にありえない。


 でも、辺りをきょろきょろと見回しても。


 夜が近くなった暗闇には誰もいなくて。


 すぐ側には穏やかに流れる川があって。


 そこから数メートルも離れない場所に変に窪んだ土の跡。


 あそこってどうみてもわたしがこけて意識を失っていた場所だよね。


 そっか。すぐ近くに川が流れていたんだ。


 でも謎は謎のままで。


 わたしの窮地を救ってくれた人は分かりませんでした。


 ――今この時までは。



『満足したようだな』



「ふぇ?」


 あ、また変な声が出ちゃった。


 あれ? 何かデジャブを感じる。


 何処かで聞いたことのある声。


 それもつい最近……あ。


「もしかしてわたしのお腹の中にいる猛獣さん?」


 夢の中で私の中から聞こえた声と一緒だ。


 猛獣さんが助けてくれたのかな。だとしたら感謝しないと。


 あの時は胸がピカピカと光っていたけれど細かいことは気にしない。


『いや、我は腹に住む猛獣ではないぞ』


「あれ?」


 残念。違ったみたいです。


 でも、今はっきりと会話が通じたよね?


「えっと、ではもしかして神様ですか?」


『我をあんな者共と一緒にするな』


「あぅ。ごめんなさい」


『あー……いや怒っている訳ではないから謝るな』


 だったら誰なんだろう。


 頭の中に響いてくる声の人は。


 やっぱり周囲を見回しても誰もいなくて。


 わたしの中から聞こえてくるのは確かな様です。


 とにかく。会話が通じるってことはまずやらなきゃいけないことがある訳で。


「有難うございました!!」


『む?』


「わたしを助けてくれたのはあなたでいいんですか?」


『まぁ、我で間違いではないが』


「やっぱり。だったらやっぱり感謝です。わたしを助けてくれて有難うございました!!」


 声の人が何であろうと関係が無いよ。


 だってわたしを助けてくれたんだもん。


『…………我が怖くないのか?』


「え? なんで?」


『得体の知れない声だけが娘。お前に届いているのだぞ?』


「クーリア」


『む?』


「わたしの名前。クーリアだよ」


 怖くなんてないよ。


 夢の中でも感じた感覚。


 胸の中がポカポカと温かくて。


 低い男の人の声だけど、怖い感じは全くしなくて。


 だからわたしは知りたいの。


 わたしを助けてくれた人のことを。


 そしてわたしのことも知ってもらいたいな。


 だからまずは自己紹介。わたしの名前はクーリアだよ。


『クーリア、か。いい名前だな』


「えへへ。そんなこと言われたの初めてかも」


 嬉しいな。


 これまで褒められたことなんて数えるくらいしかなかったから。


「あなたの名前も教えてくれるかな?」


『我か……』


 どうしたんだろう。


 何か言い淀んでる雰囲気がする。


 けれど、声の人は決心したのかそう間もなくすぐにわたしに教えてくれた。


 声の人が何なのか含めて。



『我はイグニス。クーリア、君の中に宿る――呪いの魔剣だ』



 …………。


 えっと。


 んーと。


「イグニスさん? でいいのかな」


『さんはいらん。だが……感想はそれだけなのか?』


「えっと。じゃあ、わたしって呪われているの?」


『……ある意味はそうとも言えるし、別の見方ではそうでもないとも言える』


「むぅ? もしかしてわたし。もうすぐ死んじゃうの?」


『それは違う!!』


 わわ。


 魔剣さん――イグニスが間髪入れずに反論してきた。


『大きな声を出してすまない。だが、我は決して君を害することはないと誓う』


「そう、なんだね。うん。イグニスのこと信じるよ」


『……我が言うのも何だが、クーリア。君は何故そう簡単に信じることが出来る。先程も訊いたが我の事が怖くないのか? 我は呪いの魔剣なのだぞ』


「怖くなんてないよ」


 即答。


 そんなの考えるまでもないよ。


 正直イグニスのことは全然何も分からない。


 呪いの魔剣だなんて急に言われても、そもそも魔剣って何だろうって疑問だけ。


 魔剣っていう存在は孤児院に置いてあった物語の本を読んで何となく知っているけど。


 どれもこれも人に仇なす悪しき存在が創った武器としか書かれていないんだよね。


 でも、イグニスはわたしを害さないと言ってくれた。


 だからわたしは信じたい、のかな。


 例えそれが裏切られることになったとしても。


 わたし自身が何も信じることが出来なくなったらそれはもうきっとわたしという存在ではない別の何かになってしまう気がするから。


『綺麗だな』


「ふえっ?」


『君のあり方が。隠世かくりよでも感じたが君の魂魄こんぱくは穢れなど知らない程に綺麗だ』


「あ、ありがとう?」


 えっと。


 やばいよ。何故か分からないけど恥ずかしい。


 綺麗だなんて言われたのは生まれて初めてだよ。


 きっとわたし今顔が真っ赤だ。


 隠世かくりよって何? 魂魄こんぱくって何だろう? そんな疑問なんて吹き飛ぶほどに気持ちが高陽してくる。


『だ、大丈夫か?』


「え、あ、はい! わたしは大丈夫です!!」


『それならば良いが。……とにかくだ。クーリアが我のことを信じてくれて嬉しく思う。だが、本当に我を信じるかどうか、我の話を聞いた上でよく考えて決めてくれるだろうか』


「おはなし、ですか」


 わたしにとっては唐突な出会いだったけれど。


 不思議とイグニスとお話することが楽しく感じられて。


 自身のことを呪いの魔剣だと言うイグニス。


 そんな声も姿形も分からない中、わたしはもっとこの人と接したいと思ってしまったんだ。


 わたしの声をきちんと聞いてくれて。


 わたしに対して真摯に向き合ってくれる存在。


 今までそんな人わたしの周囲にいなかったからなのかな。


 そんなわたしの想いを胸に込めて。


 川のせせらぎと虫の鳴き声だけが聞こえる闇夜の中。


 焚火の明かりにゆらゆらとわたしの影だけが揺れる空間で。


 膝を抱えて座るわたしにイグニスは話してくれました。



 ――憑き人。


 それが呪いの魔剣――イグニスをその身に宿すわたしの通称。


 劣等種、亜人に並ぶ人々から卑下される代表と呼ばれる人種の一つが憑き人の様で。


 本来は悪魔憑きや獣憑きとなった人を呼ぶ時に使われる言葉だそうです。


 元々劣等種と呼ばれていたわたしだけど。


 その上憑き人の称号も得てしまったみたいです。えへへ。



『クーリアよ。そもそも劣等種とは何だ? 我の知識にはない言葉なのだが』


「そうなの? えっとね、劣等種っていうのは」



 ――劣等種。


 魔力をほとんど持たないで生まれた人を呼ぶ通称なのかな。


 ほら、わたしの髪って淡い水色でしょ。ほとんど無色に近いけどね。


 あ、今は泥だらけでよく分からないかな?


 大丈夫? 綺麗な髪だって?


 もー。イグニスってさっきから恥ずかしいことさらっと言うよね。恥ずかしいなぁ。


 とにかくだよ。魔力っていうのは髪の色にその力と属性が表れるんだ。


 簡単に言えば真っ赤な髪の色を持つ人は火の属性の魔力を高く持っていて火に関する様々な魔法が使えるの。


 青色の髪色は水属性。緑色の髪色は大地属性。


 純色に近ければ近いほど強い魔力と力を持つということかな。


 極まれに紫色や黄色だったりする髪色の人もいて複数の属性だったり基本属性以外の風や雷の魔法が使える希少種と呼ばれる人もいたり。


 特別な色として扱われる白髪は全属性または聖属性。黒髪は闇属性を使えて、そんな人は神の使いだなんて呼ばれているかな。


 逆に無色……白じゃなく透明と言えばいいのかな。そんな髪の色の人は魔力を持たない劣等種と呼ばれるの。


 同じく無色に近い限りなく薄い他の色の人達もね。


 わたしの属性は水。だけど、わたしの髪は純色の青だなんて絶対に言えないし複合属性の水色を通り越してほぼ無色に近い水色でしょ?


 だから同じ劣等種。


 町の人たちもわたしの髪を見ると大抵の人が蔑んだ眼でわたしを見てきたしね。


 きっとこんな髪の色をしてたから親にも捨てられたんだろうね。


 えへへ。イグニスっていい人? だよね。


 慰めなくても大丈夫だよ。


 それに、結構便利なんだよ。ほら見ててね。


「――水よ」


 力を込めて言葉を発すると同時にわたしの両手のひらに綺麗な水が湧き出します。


 そして、それを口に含んでごくごくと飲み干す。


 うん。冷たくて美味しいな。


 魔力がほぼなくなるから脱力感は襲ってくるけれど、わたしにとっては無くてはならない便利な存在なんだ。


『なるほどな。だから君は今まで生きながらえることが出来たのだな』


「うん。正直両手のひらいっぱいに水を出すのが精一杯なんだけどね。またお水が飲みたい時は数時間待って魔力を回復させなきゃいけないの」


『……ふむ。だが――いや、今このことを話しても致し方ないことか』


「どうしたの?」


『君が今気にする必要のないことだ。今後話す時が来たらその時に話す』


「そっか。うん、分かったよ」


 イグニスの言葉にちょっと気になったけど、話す気が無いなら気にしないことにしておくよ。



 イグニスはこれまで色々な宿主に憑いて様々な時代を歩んだそうです。


 ――無限転生。


 イグニス――呪いの魔剣と呼ばれる誰が創ったのかすら分からない過去の遺物の一つ。


 他にも同様の遺物があるみたいで。


 それらの遺物は特別な意思を持っていて依り代である人に宿ることで悠久の時を過ごすそうです。


 宿主が死ねばまた別の宿主へ……。


 正直わたしにはよく分かりません。


 ただ、イグニスってすごいんだね。と答えたら笑われました。


 対して頬を膨らませて拗ねるわたしに必死に謝るイグニスを見てわたしも何だか可笑しくなっちゃって笑っちゃったんだけどね。



 そんなイグニスの今代の宿主がわたし――クーリアだった様で。


 イグニスはわたしが生まれた時からわたしの身に宿っていたそうです。


 わたしに宿った理由は単なる偶然。


 先代の宿主が死んだことで次の宿主――転生先が自動的に選ばれる中で偶然この世界に生まれたわたしを宿主に選んだそうです。


 ただ、わたしの魔力がほとんどないせいでわたしと繋がることが出来なかったイグニスは眠っていたみたいなんだけども。


『そのことでクーリアに謝ることがある』


 イグニス曰く。


 イグニスは無意識の中、力を少しだけ放出していたとのことで。


 どういうこと? と思ったけれど。訊いて納得。


 一つは威圧。


 魔剣っていうのはそもそも強さと破壊の象徴の様なものだそうで。


 無意識にわたしの周囲に他人を委縮させるオーラが出ていたと。


 敵対する者には強く。敵対の意思がなくとも不安にさせてしまう力。


 そんな意識下で放つイグニスの威圧は他の者を怯えさせる要因となり。


 長年疑問だった原因が一つ解決した瞬間でした。


『我の威圧のせいで人からは気味悪がれ、動物からは怯えられたのであろう。本当にすまなかった』


「えへへ。大丈夫だよ。うん、本当に大丈夫……」


 こんなことでイグニスを責めちゃ駄目。


 確かにわたしは他人と馴染めなかったよ。


 動物を触りたくても逃げられて。


 孤児院の子供たちと仲良くなろうとしても何故か避けられて。


 町の人からは劣等種であること含めて無視されたり、意地悪なこともたくさんされたけど。


 最後にはお婆ちゃんからも化け物と呼ばれようとも。


 自分の何が悪いんだろうって責めたし、一晩中泣いたこともあるけれど。


 だってイグニスは守っててくれたんでしょ?


『だが結果として君を傷つけていたことは確かだ』


「でも、守ってくれた」


 奴隷商のオジサンに売られた後、オジサン達が何かに殺された時。


 わたしが無事だったのはイグニスのおかげでしょ?


 それに。


 森の中で彷徨っていたのに獣や魔獣一匹出会わなかったのもそう。


 常識があまりないわたしでも分かるよ。


 子供がこんな森の中で普通は一日たりとも無事であるはずがないってことぐらい。


「だから、ね。わたしはイグニスのことを責めたりなんてしないよ」



 そしてもう一つ。


 それがわたしにとっては普通だと思っていたから今まで気づかなかったけれど。


 わたしは今まで寒いと思ったことがないんだ。


 つめたいと思ったことはもちろんあるよ?


 水を触るとつめたいし、森の中を裸足で歩いている時も足がつめたかったしね。


 でも寒いとは思ったことがないんだ。


 イグニスは呪いの魔剣。そして炎を司る魔剣なんだそうです。


 だからなのかな。


 孤児院にいたときも。


 お婆ちゃんの言う通りに掃除が出来なくて罰で真冬なのに外にある納屋の中で薄着一枚で一晩過ごした時も。


 わたしは寒いとは思わなかったんだよね。


 えへへ。それも気味悪がれた一因だったりするけれど。


 だからこそ分かるんだ。


 きっと。


 うん、間違いがなく。


 イグニスがいなかったらわたしは10歳まで生きることが出来なかったと思う。


 だからわたしは絶対に責めたりなんてしない。


 逆に今まで守ってくれて有難うと言いたいくらいです。



『やはりクーリア。君は強く綺麗だ』


「もー。それ以上褒めたらわたし怒るよ?」


『いや、それはおかしくないだろうか?』


 えへへ。


 楽しいな。


 イグニスは人ではないけれど。


 こんなに楽しく会話が出来たのなんて何時ぶりなんだろう?


 そもそもそんな過去あったのかすら分からないけれどね。



 ちなみに今までわたしの中で眠っていたイグニスが何故いきなり目覚めたのかと言うと。


 走馬燈の様な変な夢を見る直前。


 イグニス曰く、それは夢じゃなくて隠世かくりよっていうほとんど死後の世界と言ってもいい場所だったそうなんだけど。


 わたし本当に死にかけてたんだね。


 実はその時に見たシャボン玉から溢れる記憶。要はわたしの思い出なんだけど。


 目覚めていたイグニスも全部見ていた様で。


 わたしの過去は話さずとも全部知られちゃってるみたいでした。


 少し恥ずかしかったのは内緒です。


 と、話が逸れちゃったけれど。


 わたしが意識を失う前だね。


 すぐ傍にある土が窪んだ場所。要するにわたしがこけた場所のこと。


 その時に飲み込んでしまった石なんだけど。


 イグニス曰く、実は魔石だったみたいで。


 教えてもらった時はびっくりしたよ。


 魔石とは魔獣と呼ばれる魔素が固まって意思を持った存在が消えるときに現れるコアだそうで。


 簡単に言えば。魔獣の源――心臓的な存在を魔石と呼んでいるんだけど。


 本来、人が魔石を取り込むと、体内で魔素が暴走して最悪死んじゃうっていうんだからびっくりするのも仕方がないよね。


 魔素と魔力は存在自体は似てるらしいんだけど。イグニスの見解としては全くの別物らしくて。


 要は水と油みたいなものなのかな? パッと見似てるけど決して相いれない存在的な。


 で、何でそんな魔石を飲み込んだわたしが無事だったのかと言うと。


 暴走した魔素を眠っていたイグニスが無意識に全て吸収したそうなんです。


 そう。それが切っ掛けでイグニスの意識が覚醒して。


 結果、わたしが助かったという訳なのでした。


 や~本当に危機一髪って状況だったよねぇ。



 補足としてなんだけども。


 今、私が暖を取っている焚火と、とても美味しかったおさかなさんを準備してくれたのももちろんイグニスだそうです。


 魔剣がどうやって? と思ったけど。


 わたしが意識を失っている間にイグニスがわたしの身体を動かしていたっていうんだからこれも驚きだよね。


 急な覚醒にも関わらず、即座に宿主である存在が死に瀕していると気づいたイグニスが頑張ってくれたからこそ、わたしは今も生きていられる訳なんだ。


 本当に驚きの連続だよ。


 そして、わたしの為に頑張ってくれて有り難うね。


 イグニスのおかげでわたしは今もこうして話していられるんだから。



『今後の事や細かいことを除いて、我が話せる内容は以上になる。クーリア、君は我の話を聞いてどう思う?』


 一通り話し終わったイグニスがわたしに問いただしてきた。


 未だ信じることが出来るのか。もしくは出来ないのか。イグニスはそう言っているんだ。


 どう思うか……か。


 うん。そんなの一つしかないよ。


「ねえ。イグニス」


『…………ああ』


「イグニスはこれからもわたしと一緒にいてくれるってことでいいんだよね?」


『君が嫌でなければそうなるな。といっても、嫌だったとしてもどうすることも出来ないが』


「イグニスって意地悪だよね。……嫌だなんて思う訳ないよ。イグニスがわたしのことをどう思ってくれてるのかは分からないけど。それでもイグニスはわたしを守ってくれた。わたしを褒めてくれた。わたしを綺麗だって言ってくれた。こんなに会話が楽しいだなんて初めて思った。うぅ……嫌だよ。もう一人になるのは嫌なんだよぉ……」


 どうして?


 涙が溢れて止まらないよ。


 知りたくなかった。


 誰かと話すのがこんなに楽しいだなんて。


 知りたくなかった。


 褒められると顔が赤くなる程恥ずかしくなるだなんて。


 ずっと独りだったから。


 お婆ちゃんはわたしを育ててくれたけど、わたしという存在を見てくれなかった。


 町の人も孤児院の子供たちもわたしが困ってても誰も助けてくれなかった。


 それが普通だったから。


 それが当たり前だったから。


 だから耐えることが出来た。


 けれど、もう無理だよ……。


 また一人になるのはもう嫌だよ。


 だからお願いします。


 わたしに出来ることは何でもするよ。


 だから……


 これからわたしと一緒にずっと。ずーっと一緒にいて欲しいな。


 それだけが今のわたしの唯一の望みなんだ。



 気づけば空が青白く明るくなってきていて。


 一晩中イグニスと話し続けたわたしは深い眠りの中に落ちてしまっていました。


 この場に残ったのはイグニスの意識だけ。



『何なんだろうな……この気持ちは。これまで誰もが我を破壊と支配の為だけに振るってきて。我自身それが当たり前だと思ってきた。我の歩んだ道全てが血に塗れている呪いの魔剣……。それなのに。我はこの娘を……。クーリアをどうしようもなく守りたい。誰かを恨むこともせず、決して堕ちることのない穢れなき魂魄こんぱくを持つ少女。我が願うなど烏滸がましいことだが、出来ることなら幸せになってほしい。いや、それは愚問だな。幸せにせねばあるまい。世界を九度焼き払った魔剣――イグニスがここに誓う。クーリアの幸せは我が必ず掴むと……』



 誰かに聴かせる訳でもなく。


 誰かに誓った訳でもない。


 それはかつて神すらも敵に回した一つの存在が己自身に誓った一種の呪いだったのかもしれない。

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