枳殻花に潮騒を(からたちばなにしおさいを)

プロローグ

二〇二八年一〇月八日(日)

 高校時代、マンションのベランダから夜空を見上げては、いつもこうして宇宙を漂いながら星を見るのが夢だった。

 けれど実際の船外活動では、アームに体を固定するのだと知った時、そんな他愛ない事にひどく落ち込んだのをよく覚えている。


 今僕を捕えているのは、船から伸びる命綱だけ。

 地球は随分と小さくなり、船も背景に溶け込む小道具の様に静かに漂っている。


 今まで幾度と無く宇宙に上がって星を眺めたけれど、今程美しいと感じた事はなかった。

 だというのに、脳裏に焼き付く星の輝きに感動するでも、青い地球に恋焦がれるでもなく……この抱え切れない程の想いから目を逸らす様に、緩やかに流れる時間と、僅かずつ僕らを引き寄せる重力にただ――身をゆだねていた。


 それにもう……泣き叫ぶのにも飽きてしまった。

 望んだ結末に辿り着いて、悲しむ事なんて何一つない筈なのに――。


 けれどそう思って見下ろす星空は、美しく輝くばかりで、否定も肯定もしない。

 そう感じるのはきっと――この宇宙にとって僕の命が、瞬きにも満たない程短く、儚いものだからだろう。

 けれどその儚い時間すら、今の僕には膨大過ぎて……何もかも投げ出してしまいそうになる。



 願わくばこの先――


 さち少なく、辛いものであれ


 傷深く、決して癒すもの無き孤独であれ


 贖罪しょくざいの為でなく、僕達が望んだ結末の為だけに――




 只々この命があり続けますように

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