004 王位継承権七位、リア=イグアス=ヴォルクナード

「あー……まあ、あれだ。お前等のチームの教導員コーチを押しつけられた、レグ=ウェザーだ」


 小屋の前まで行き、無言ではあるがとても雄弁に疑問と文句の視線をぶつけてくる四人の騎士エスト候補生を手振りで集めたレグは、端から順に顔を眺めていく。

 一番左に立っているのは、瑠璃色の綺麗な髪を短く、それでいて女らしく整えた少女で、どことなく偉そうな雰囲気だった。

 髪と同色の瞳を細めていて、どう見ても不機嫌そうだ。ツンとした態度がとても似合っていて、生まれながらに偉そうなのかこいつはとレグは思ってしまう。服装も両腕が剥き出しになった裾長のシャツと膝丈のスカートで、ただの訓練着でいいはずなのに一目で高級品だと分かるものだった。旅行にでも来てるのかと言いたくなって仕方がない。

 一方、その隣には彼女より少し背の高い赤い髪の少女がいて、シャツに白いインナー、下は短パンと、こっちはいかにも訓練をしようという格好だ。

 ただし、さっきから目を丸くしてポカンとしている。理由は分かるが、もう少しまともな顔は出来んのかと注意したい。

 他の二人も、とてもまともな騎士エスト候補生とは思えない外見だった。まだマシなのは最も長身の子で、長い黒髪を前と後ろの二箇所で括り、服装も動き易そうだ。

 ……ただ、あれを服と言っていいのか分からないが。薄い布がピッタリと密着して、体のラインが完全に出ている。おまけに腕は二の腕、足は太腿の半ばまでしか覆っていなくて、何故か臍周りは空いてしまっているし。この露出っぷりはどういうことなんだろう。

 あと、こちらを見る目に殺気が籠もっているのは納得出来ない。初対面のはずなのに、どうしてあんな目で見られないといけないのか。

 最後に、一番右にいる子だが……どう見ても子供だ。サラサラと綺麗な金髪を左右で括った彼女は、幼いが可愛いというよりは断然綺麗な顔立ちで、将来は凄まじい美人になるだろう……が、今は子供だ。騎士エスト候補生にしても幼すぎる。

 一列に並んだ彼女達を一通り観察し終えたレグは、うむと頷いて、


「…………帰りてぇ……」


 心の底からの声を漏らし、ガックリと項垂れた。

 こんなちぐはぐな連中を鍛えて虹星練武祭アーヴェスト・サークルの予選に間に合わせないといけないとか、これは新手の嫌がらせに違いない。絶対そうだ。綺麗どころが集まっているのに、これっぽっちも嬉しくないって逆に奇跡だと思う。


「だー……あの冷血女がまともな仕事寄越すはずがないって分かってたはずなのに……情に厚いアピールされて『あれ、もしかしてちょっとは性格良くなったんじゃ』とかほんの少しでも思っちまった自分を殴りてぇ……」


 ブツブツと呟いて、レグはその場にしゃがみ込む。太陽が元気一杯に輝いているのも嫌味に感じられるくらい、現実の辛さに心が澱んでいた。


「――貴様、本当に教導員コーチか?」


 そこに降って来た高圧的な声は、一番左に並ぶ、例の偉そうな美少女が発したものだ。

 レグがジロリと見据えても、怯むどころか腕を組んで、より偉そうな態度を取り、


わたしのチームを教えるのが、本当に貴様なのか? こんな若い、しかも男だなどと……何かの間違いでは――」

「……減点一」


 ぼそりと吐いたレグの一言に、不愉快そうに何か言っていた美少女は眉間に皺を寄せ、


「減点? どういう意味だ? 採点など全く意味がないだろう」

「あるぞ。今のでオレのやる気が減ったんだ」

「……何だと? 貴様のやる気など知ったことでは、」

「ちなみに減点が三になったら、オレはそこの小屋で寝る。終わりの時間まで何もしねぇ。んでもって、五まで貯まった場合は帰る。教導員コーチも辞めるから、そのつもりで頑張れ」

「なっ……そんな勝手な真似、この己が許すとでも――!」

「だっ、ダメだよリアちゃん! ああいう時のレグ兄は本気なんだから、へそを曲げて帰っちゃうよ!?」


 怒り心頭で眉をピクピクさせながら詰め寄ろうとした偉そうな少女を止めたのは、隣にいた赤髪の少女だ。慌てた風に後ろから腕を引っ張る様は、かなり切羽詰まった感じだった。


「なんだ、ミレイ。今から己がこの巫山戯た男にキッチリと……」

「だから、ダメなんだよっ。レグ兄っていじけちゃうと長いんだから! しばらく相手して貰えなくなっちゃう!」

「……随分と詳しいな。知り合いか?」

「うん、そうだよ。レグ兄とは小さい頃からの……って、リアちゃん!? レグ兄のこと、知らないの!?」

「うむ。当然だ」


 どうしてそこでこんなにも強気で偉そうに胸を張れるのか。高そうな服や綺麗過ぎる肌質からして貴族なのは間違いないだろうが、絶好調に天狗になっていた時期のフランベルでもここまで居丈高な態度じゃなかったので、天性のものかもしれない。

 あれを教えると思うと更にやる気が減りそうだが、そこはため息一つで済ませ、代わりにレグは赤髪の少女を半眼で見やり、


「つーか、何でチビがいるんだ? 全然聞いてねぇぞ」

「それは、その……って、チビじゃないよ! もうそんなにちっちゃくないからっ」

「…………」


 確かにそのようで、最後に見かけた三年ほど前からミレイはかなり大きくなっていた。背もそうだし、胸の膨らみも相当だ。

 昔の感覚でついチビと呼んだレグだが、その成長っぷりを眺める内に、なんだか嫌な予感がしてきた。


「……ちょっとチビ。こっち来てみ」

「だからチビじゃないっていうのにぃ……」


 不満げにむくれながらもミレイは素直に近寄ってくる。

 そしてレグの目の前に来て……嫌な予感が的中してしまったと悟った。

 ほんのちょっと、あくまでもほんのちょっとだけだが……こちらよりも向こうの方が、目線の位置が高い。


「…………ちっ……成長しやがって……」

「舌打ちしたぁ?! レグ兄、そこは喜んでくれるところじゃないのっ?」

「うるせぇ、無駄にでかくなって…………あんなにちっこかったのに……裏切り者め、絶対に許さないからな……」

「あたしどれだけ恨まれてるのっ?!」


 会わなかった数年で以前より優に頭一つ分は大きくなった妹分が、成長期に殆ど背が伸びなかったレグには羨ましくて仕方ない。背だけでなく胸も驚くくらい大きくなっているから、やっぱりこれは血筋だろう。ミレイの母も姉も似たような体型をしているので間違いない。

 平均よりかなり背の低いレグが嫉妬を隠すことなくぶつけ、それから手で追い払うような仕草でミレイに戻れと告げると、不満げに頬を膨らませつつも妹分は列に戻った。この辺りの素直さは変わっていないらしい。

 改めて並んだ四人を見渡したレグは、やる気のなさを全く隠さずに欠伸をしてから、とりあえず一番気になることを訊いてみた。


「んで、どうして四人しかいない? あと一人いるんじゃないのか?」

「無論いるが、ここには来ないぞ。しばらく所用で街を離れているらしいからな」


 答えてくれたのはリーダーらしき左端の少女だが、『ああ、なるほど』と思えるような内容じゃない。


「しばらくって……どれくらいだよ? つーか、何の用だ?」

「彼女――ソフィーニャは教会の修道士だ。三年に一度の巡礼に出ていると聞いたから、早くても四週間は後になるのではないか?」

「……二ヶ月後には予選あるっつーのに、四週間以上も…………あー……減点二で」

「れ、レグ兄! 気持ちは分かるけど、早いよっ。まだ何もしてないのに!」


 とは言われても、何もしない内から教える相手が減っているとか、これでやる気を保てという方が厳しい。ただでさえ問題のあるチームらしいのに。

 それに、試合に出るのは五人だが、普通のチームは予備人員を含めた六人で登録する。まあ六人目は予選を通過してから決めるパターンもあるが、現状で四人っていうのは前代未聞の話だろう。

 そのいない修道士とやらがどれだけ強いのかも分からないし、もし予選に間に合わなければここにいる四人で三勝し続けろってことになる。

 むしろ一気に減点五でサヨナラしなかった自分を褒めてやりたい。


「……そんじゃ、とりあえず自己紹介してみ。それぞれ名前と年齢を言って、お前等の力を見せてみろ」

「……いいだろう。気に食わないが、要求は真っ当だ」


 やはりというか、偉そうな瑠璃色ショートの少女が一歩前に出た。


「己の名はリア=イグアス=ヴォルクナード。今年で十六になる。得物は――」


 言いながら、リアは左手を右の腰に当てた。

 そして不敵な笑みを浮かべ……


「フッ――!」


 気を吐き、目を真剣なものに変えた瞬間、腰に当てていた左手が蒼く光った。

 眩い光を握り潰すように左手を握り込んだリアは、その手を一気に引き抜くような動作をし、


「これが己の創撃武装リヴストラだ……!」


 声と共に蒼光は一際強くなり――弾けるようにして納まると、リアの左手には剣が握られていた。

 彼女と似て真っ直ぐな細身の刃で、シンプルながら美しい。装飾は柄尻の宝石くらいだが、その蒼い輝きは見事なものだった。


「ふぅん……エストックか」

「む、知っていたか。存外、無知ではないようだな」


 意外そうに言われてしまったが、まあこれは仕方ない。骨董収集家のレグならともかく、武器の細かい名称なんて普通は知らないものだ。

 ――創撃武装リヴストラは、創り出す人物のイメージに沿った武器になる。

 まずは体内の魔力や霊力と呼ばれるものと、気力だの内功だのと呼ばれるものを練り上げ、錬晄氣レアオーラを体に纏わせる。その状態で適性のある属性と適合する形態をイメージし、繰氣して一点に集中させて体外に放出する――それが成功すればご覧の通り、創撃武装リヴストラの完成だ。

 創撃武装リヴストラは必ず六つある属性のいずれかのものとなるが、リアの場合は錬晄氣レアオーラの発光色からして属性は水……というより、恐らく氷だろう。刺突メインの剣との相性はどうなのか、少し興味深い。

 錬晄氣レアオーラから発生する創撃武装リヴストラ剛魔獣ヴィストとも対等以上に戦う為に必須な武器で、使いこなせれば一人でも普通の戦士数千人以上の力となる。

 ただし錬晄氣レアオーラを練ることが出来るのは百人に数人程度の割合で、その中でも創撃武装リヴストラを生み出せるようになるのは数十人に一人程度。レグから言わせればある程度の魔力があり、ちょっとコツを掴めば誰でも錬晄氣レアオーラまでは辿り着けるが、そこから先はセンスか執念が必要になる。

 しかも気力や内功とは違い、元々の魔力は変わらない。つまり、努力だけではどうにもならない壁が存在する。

 ともあれ――この国では十六歳までに錬晄氣レアオーラを纏うことが出来た人間が騎士エスト候補生になり、その中でさらに二十歳までに創撃武装リヴストラを生み出すことが出来れば、虹星練武祭アーヴェスト・サークルの出場資格が得られる。

 つまりここまでは最低条件。ここにいない一人も含め、五人全員出来る。


「フッ……どうだ、己の創撃武装リヴストラは。有り余る力が美しさにも表れているだろう」


 それでもリアが自信に溢れた笑みを浮かべているのは、余程自分の創撃武装リヴストラが優れていると思っているに違いない。


「ああ、一応言っておこう。己は現女王の姪に当たる。王位継承権は七位だ。よく見知り置くといい」


 偉そうなヤツだと思っていたら、どうも本当に偉かったらしい。とはいえ、女王代行のフランベルにも畏まらないレグには、何も意味もないが。

 リアが王族だなんて別にどうでも良いし、がまだ済んでいない。


「自慢は終わったか? なら、さっさと掛かって来いよ」

「……何? どういうことだ?」

「あー、一応達成条件みたいなのも考えとくか。オレが飽きるまでに円の外に動かすことが出来たら勝ちな。とりあえずしばらくは反撃もなしにしといてやるから、誰でもいいからクリアしてみろ」


 言いながら、レグはその場でゆっくり一回転し、足で小さな円を描く。そして円の中に入り、だらりと両腕を垂らして無防備に立ち……


「……しまった、円が狭すぎた…………一歩も動けないとか、面倒にも程があるな……」

「……なあ、ミレイ。其方の知り合いはどうしようもない馬鹿なのか? 病院送りにした方が良さそうな気配だが?」

「そっ、そんなことないよっ。レグ兄のことだから、何も考えてないようで少しくらいは考えているはずだよ!」

「お前それ全然フォローになってないからな?」


 昔から言葉選びというものを知らない妹分を睨んでから、レグは呆れ顔のリアにも釘を刺しておく。


「やる気はだいぶ減ったが、事情があって辞めるって訳にもいかないんでな。だから、だらだら形だけ続けるか、それなりに強くしてやるか、どっちの路線で行くかをお前等次第で決めてやろうってんだよ」

「……ちなみに、その事情とは?」

「金。オレの生活と心の糧がヤバい」

「……なあ、ミレイ。其方の知り合い、縁を切った方がいい部類じゃないのか? 控えめに見ても屑の可能性がとても高いが?」

「そっ……んなこと…………ない、はずだよ……!」


 言葉に迷いまくった妹分は後でキツくお灸を据えてやろうと決めて、レグは右手を開きリアへと向ける。


「っ……!」


 何か仕掛けてくると勘違いしたのかリアが戦闘態勢に移るが、こちらとしてはそうさせたいだけだったので、攻撃する気なんて毛頭無い。


「ま、あれだ。見込みのない連中を鍛えるなんて無駄だろ? だから見せてみろって言ってんだよ――お前等の力を」

「……フン。言いたいことは理解したが、認識が足りていないのは己ではなく貴様だろう。教導員コーチを任されるくらいだ、それなりの腕はあるのだろうが……創撃武装リヴストラも出さない男相手に戦える訳がない」


 当然だ、と言わんばかりのリアだが――レグはそれを鼻で笑った。


「細かいこと気にすんなよ。か弱いお前等の実力を測る為の、ただのハンデだ。じゃないと、どの程度弱いのかも分からないしな」


 あからさまな挑発だが、リアの目が鋭く細められ、殺気が宿る。


「…………そうか。ここまで言葉尽くして分からぬのなら、もう構わん」

「あっ、リアちゃん!? 待って、気を付け――」

「もう遅い……!」


 ミレイの声を振り切るようにしてリアの足が地を蹴る。

 創撃武装リヴストラのエストックを持った左手は引き、右手を前へと突き出して狙い定めながら駆ける姿はなかなか堂に入っていて、迷いもないし速さも上々だ。

 あっという間に距離を詰めたリアは、


「ハァッ――!」


 剣先が霞んで見える程の鋭い突きを、レグの右肩へと放ち――

 肩口に届いた瞬間、見えない壁にでもぶつかったかのように弾き返された。


「なっ……何故だっ?!」

「あれだけ言っておいて急所を狙わないなんて、随分と優しい姫さんだな。まあ、どうにしろ結果は一緒だったが」

「くっ……!」


 平然としたまま喋るレグに対し、驚愕に表情を彩られたままのリアは慌てて飛び退き、距離を取る。

 そしてレグの右肩と自分の創撃武装リヴストラを何度も見比べて、


「何が……錬技スキルを使わなかったとはいえ、己の一撃は岩をも貫く鋭さがあるはず、なのに……どんなトリックだ!?」

「あー? 特別なことなんて何もしてねぇよ。単に錬晄氣レアオーラで弾いただけだ」

「馬鹿な、あの一瞬で展開したと言うのかっ?!」


 驚きの声を上げてくれるリアだが、残念ながらそれも外れだ。


「んなことしてねぇよ。良く見てみろ、今も纏ってるだろ」


 だらっと両腕を垂らしたレグが呆れを滲ませて言うと、リアだけでなくミレイや他の二人も目を凝らして見てくる。

 年頃の異性に凝視されてこそばゆいが……

「あっ」

と声を上げたリアが目を見開いたので、どうやら理解したらしい。

 レグの全身にほぼ透明の、薄布一枚程度の錬晄氣レアオーラが張り巡らされていることに。

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