第二十七話 姉御は本物の王子にあう

「そ、そうです、けど」


 ライラは言葉に詰まりながらも敬語で応じた。姉御肌なライラとて、あからさまに偉そうな人物には丁寧に応じる。不敬罪で処刑されたくはない。


「レゲンダの軍医で二十八歳。伴侶とは死別。再婚はせず。男と間違われると激怒する姉御肌。バーンズが相当入れ込んでると聞いてどんな器量良しなのかと楽しみにしていたのだが……ふん、意外に〝普通〟だな」

「殿下、彼女は」

「バーンズ、お前は黙っていろ」


 諌めようとしたバーンズも一蹴されてしまう。口を挟みたくても立場的にできないのだ。彼はぐっと口を結んで黙った。


 ――バーンズ君が殿下って呼んだってことは。この人はやっぱり王子様なんだねぇ。えっと名前は……


「私はケルリオンだ。円卓の騎士第十三席バーンズの上司にあたるトーランド王国王太子だ」


 ケルリオンは組んでいた足をほどくとスッと立ち上がった。そして音もなくライラの前に立つ。彼の背はライラよりも大きく、彼女は口をぎゅっと結んだまま見上げた。美麗で仮面のような顔は恐ろしくも感じるが、ライラは足に力を入れ踏ん張った。


「ふむ、強気な女は嫌いではない」

「殿下!」

「女だてらに軍医か。面白いな」


 前に出そうになったバーンズを目で制し、ニヤリと口角をあげたケルリオンはライラの頬を優しくな指でひと撫ですると、また椅子に座った。ライラは彼を目で追いかけていたが、背後から聞こえてきた複数の咳払いに、そちらへ意識を持っていかれてしまった、ライラ達が入ってきた扉の両脇に、帯剣したふたりの男が立っていたのだ。

 扉左手には長い黒髪でゴツイく厳つい野獣のイメージな男。片や右手には亜麻色の髪を揺らした優男風な細身の男。ともに年齢はライラよりも上と判断できる外見だった。

 ケルリオンの護衛で来た、恐らくはバーンズの先輩なんだろう、とあたりをつけた。


 ――得体が知れなくってオッカナイねぇ。


 ライラは黙ってケルリオンへ視線を戻した。


「顛末は聞いた。今回捕まえたの軍医が罪を認めている。よってレゲンダの住民には叛意なしと判断する。統治構造に変更はしない。現状の軍の系統も変更しない」


 黙って聞いていたライラだが、そこでピクリと眉を動かした。意外にもミューズの立場に変化がなかったのだ。

 敵対する派閥で王国から見たら背任行為だったはずだ。それが無罪のような扱いでは、ライラも首を傾げる。


「殿下、ミューズはそのままですか?」

「先ほど直接話を聞いてみた。まぁ、頭の固い人物ではあったが資金提供と引き換えに今の職務を遂行する約束はとりつけた」

「しかし」

「ここから薬草を購入することで資金供給を保証した。今までの行為が自らの信条とは一致しないと判断したのか、彼としてはレゲンダの平和が優先のようだ。悪いようにはせぬだろうて」

「……御意に」


 ケルリオンの流れるような説明にバーンズは納得できたのか、深く頭を下げた。


「で、どうなんだ、お前らは」


 にやりと楽しそうに笑う彼がバーンズを見た。ライラも横に立つバーンズをチラ見する。引きつった顔で何かを言いたげな彼が見えた。

 相手が王子で上司とくれば、想像以上に厳しい上下関係なのだろう。玩ばれてる感もあるけどバーンズも大変だね、とライラは少し憐れんだ。


「彼女を王都に連れていくことを進言いたします」

「ほほぅ、何故だ?」


 声を張り上げたバーンズに対し、にやけるケルリオンは顎をさすった。面白い余興とでも思っているに違いない。


「現在レゲンダの住民、軍人及びその家族との関係は良好ですが、この一件で外部からの圧力がかかるかもしれません。彼の一派の忸怩たる思いを持つ輩が刺客を送り込むやもしれません。僕がここレゲンダにいられれば彼女を守ることができますが、そうもいかないでしょう」

「まぁな。あいつの資金源は潰したが勢力が衰えるのにはまだ時間がかかろう」

「ですので、彼女を王都にお招きして僕が誠心誠意お守りいたします」

「任務はどうするつもりだ?」

「今まで通り遂行いたします」


 すがすがしく言い切るバーンズの顔を、ライラは見た。その表情は真剣そのもので、いつものへらっとした顔とは違う、凛々しいものだ。本心は覗けないのでわからないが、まぁそうなんだろうとライラは感じた。

 ライラの視線に気が付いたのか、ふいにバーンズが横を向き、目が合ってしまう。気まずさに頬を熱くしながら、ライラはケルリオンへ顔を向けた。


「俺の前でいちゃつくとはいい度胸だ」


 まったく、とふてくされて息を吐いたケルリオンが二人を交互に見た。貴賓特有の威圧感にも似た視線に、ライラは半歩後ずさってしまった。そんなライラを守るようにバーンズが半歩分体をずらし、にこっとイケメンスマイルを繰り出した。


「この件で僕を何度も助けてくれたライラさんはまさしく女神様です。崇め慈しみ愛おしむのは当然です。僕の生涯を捧げてでも傍にいたい女性ですから」


 ちょっとずれた褒め言葉をしれっと垂れ流したバーンズがライラの顔を窺ってきた。嬉しそうな青い瞳と交差すると、ライラの胸がいたたまれなくなり締め付けられる。


 ――人前でずけずけと恥ずかしいことを言うなぁぁ!

 

 頬を赤くして睨みあげるライラに、バーンズの笑みはますます深くなる。人懐っこい犬バーンズは、やや常識がかけているようだ。


「くく………ははっ。お前の口からそんな言葉が出ようとは思いもしなかったぞ」


 けらけらと笑うケルリオンに、ライラは目を瞬かせた。最初に見た怜悧な印象が崩れ去るほど、穏やかな笑みを浮かべていたからだ。あまつさえ目尻の涙を指ですくう程愉快そうだった。

 

 ――最初の怖い顔は第一印象を作るためかね。


 などと考えることができるくらい、ライラも落ち着いてきた。どうやら目の前の王子様は性悪ではないようだ。


「まぁ、お前の言うことにも理はある。彼女がいなければこれほどすんなりと事は運ばなかったろう。王太子として彼女の功績に報いねばならん。宮殿で医師をすることを許可しよう」


 ケルリオンがさらりと述べたことに、ライラは「は?」と口を開いた。間抜けだが致し方ない。不意打ちを食らえばこうなるのだ。


「いや、ちょっと、それは」

「ぬ、不敬であるぞ!」

「口を閉じろ!」


 背後の護衛から叱咤が飛び、ライラは反射的に肩をぎゅっとすぼめた。男性の大声に恐怖を感じるが、意味不明な内容に抗議の念は消えない。宮殿で医師など、バーンズとの話の俎上にすら上がったことはない。


「身の危険は考慮せねばならん。資金源を潰された恨みが彼女に向く可能性はある。協力してくれた彼女に何かあれば私我が沽券にもかかわろう。よって是が非でも王都に来てもらうぞ?」


 ライラが何かしらのリアクションをとる暇もなく、ケルリオンにたたみこまれてしまう。が、どうしても引けない事情があった。


「イエレンがいなくなってその上あたしまでいなくなったらレゲンダに医師がいなくなっちまう。ここの住民が困る事態にはしてほしくない」


 ライラは足を踏みだし、吠えた。医師を続けるられるなら場所はいとわないがレゲンダを無医にはしたくなかった。今まで自分を頼りにしてくれていた住民を、放り投げることなどできるはずがない。


「まぁ、落ち着け。そらバーンズ、愛しの君を抱きしめて宥めてやれ。報告書には仲睦まじく食事をしていたとあったではないか」

「な、仲睦まじく!?」

「ちょ、ライラさん落ち着きましょう、ね? 殿下のことだから悪いようにはしないですって」


 慌てたバーンズが猛ったライラの肩を抱く。だがライラとて、不敬であろうとも引き下がりたくはない。世話になった街なのだ。自分がいなくなるにしても、後任の医師が確保できるまでは、岩に齧りついてでも離れるつもりはなかった。


「ふはは、強気な女だ。だが、言わんとしていることは理解しているつもりだ。ここは国境の街で国防上も重要な拠点だ。軍医無になどできぬ。軍医の手はつけてあるが、さすがに今日明日というわけにはいかん。それまではここにいて良い」

「ちなみに、どれくらいで医師が?」

「十日以内、だな。家族持ちでは色々と問題が出る上にすぐには動けんから独身の医師を選んだ。お前もすぐに出立できるよう、身の回りの整理をしておけ」

「は、はやっ!」


 ライラは驚きに目を大きく開いた。


「拙速だが時間も重要だ。時が経てば経つほどお前の身に危険も増えるかもしれん。バーンズ」

「はっ」

「それまでの間、レゲンダに駐在を許可する。新たな軍医が到着、引継ぎを完了次第王都へ帰還せよ」

「御意」


 バーンズがライラの肩を抱いたまま頭を下げた。


「とまぁ、このような段取りでよろしいかな、軍医の女神殿」


 悪ふざけを仕掛けた男の子のように笑うケルリオンに、ライラはゆっくり首を縦に振った。

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