奇妙なイス

翡翠

奇妙なイス

そのイスは、道の真ん中にポツンと置かれていた。

イスと言えるのかどうかもわからない。というのも、そのイスは木製でもなく布か皮で覆われているわけでもなく、金属をただ凹状にしているだけだと言われても違和感を感じないような作りだからだ。

いつからあるのかは誰も知らない。もともと終電で帰ってくるようなひとが少ない道だ。昨日、朝起きたら置いてあった、というのが唯一わかっているところだ。


誰かがイスを指差して隣にいる誰かに囁く。

誰かが窓からイスを眺めて首をひねる。

1日目はそうやって終わった。夜が明けても撤去されているわけでもなく、動いているわけでもなく、ただただそこにあるだけだった。


大昔、ヒトが自然と共存して生きていた時代ならば、このイスも存在を許されたかもしれない。

しかし、現代は誰もがヒステリックに時間、場所を厳守するような時代だ。

このイスのような異端物は許されない。


なんだかんだと理由をつけ、2日目になると役所がイスを撤去しに来た。しばらく役所に保管しておくが、持ち主が現れない場合は処分されるらしい。

最初はトラックが来ただけだったが、次第に道の端の家に、窓から車の音が連続して聞こえるようになった。


イスは運べなかったのだ。

もしかしたら誰かがこの結果を期待していたのかもしれない。なんの変化もない現実に飽きて、イスがなくなって欲しくないと思ったのかもしれない。


事実、かなりの人がそう思ったようだ。

『あのイスは、奇跡のイスだ』

町中で次第にこんな噂を聞くようになった。『悪魔のイスだ』という人もいたが、どっちにしろ超自然的存在であるという説は変わっていない。

やがて噂が拡張して、マスコミがきた。このイスのことが報道されると、なんとなく興味をそそられる人が増えたらしく、人が増え、ネット上で拡散され、次第にその小さな町の観光名所になっていった。


人が集まる道路を見ながら、その町の人間は何を思ったのだろうか?

『奇跡のイス』『悪魔のイス』『幸運のイス』『不幸のイス』…

噂は限りなくあるが、観光名所となった以上、いいものだと思う方が合理的であろう。

小さな町の小さな役場によって 、賽銭箱のようなものが設けられ、集まった金でイスを覆う建物が作られ、もはやイスは神物のように扱われた。



その町の片隅で、ひとりの男が窓の外を眺めて首をひねった。…男と呼べるのかもわからない。顔の色はあからさまに変だし、手の指は6本あるー彼はエイリアンだった。

『不思議だ。地球を調べるために、私の星の廃棄物を道に置いて見たが、あんなにも喜ぶとは…。まあ、喜んでもらえるならいい。早速連絡して、わが星の大量の廃棄物を地球に投棄するか…』

彼がつぶやいたことを聞くものは誰もいなかった。

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