ジルベルスタイン家






 翌日からは、なるほど、初日より人数が増えた。挨拶をそこそこ、シルビアは顔合わせを済ませた。

 名前と顔を一致させるのは、しばらくかかるかもしれない。これだけの人数と関わり合うのは初めてだ。街で短く関わり合う人たちとは訳が違う。同僚というものになるのだ。

 第五騎士隊でのスタートを切ったシルビアは、新人としての勤めを果たしはじめる。


 騎士団の主な仕事は、国の防衛だ。

 王族の護衛、街中の警ら、国境警備、内乱でも起きれば内乱の鎮圧、不穏分子の排除に。近隣諸国との戦が生じれば戦に。

 しかし少なくとも戦は起きていない現在、騎士団が戦っている相手は国内を荒らす賊の類い及び、『魔物』だ。邪神により産み出され、ただの生き物の域を越えた、人を襲うもの。

 その魔物の出没具合や、国境の様子、情報収集による各国の様子によって動きが決まるため、騎士団内で常日頃会議が開かれている。

 アルバートが第五騎士隊の部屋を出ていくときは、訓練の他は全て会議だとか。

 他にも、特有の仕事があるようだが、とりあえず新人のシルビアに課された仕事は、訓練だ。

 国の防衛を担う騎士団だ。その腕を磨くことが最も大事となる。


 入隊から数日経った本日、シルビアは、執務棟から離れ、レイラと訓練施設への道を歩いていた。


「隊内での教育係は私が任されたわけなんだけど、神剣の訓練の教官は専任の人になるわ」

「専任の人、ですか?」

「そう。どの隊に属しているわけでもなくて、神剣の使い手の教育を主な仕事にしている人。神剣の使い手の選定を進行していた人がいたでしょ?」


 剣が並ぶ地下で、真新しい制服を身につけた青年たちの前に立っていた男性を思い出した。あの人か。


「容赦ないわよ」


 気がつくと、レイラが真剣な顔をしていた。

 シルビアは、瞬く。

 その言い方は。


「容赦がなかったのですか?」

「あの人、私たちのときも教官だったのよ。一年目はもう毎日毎日ぼろぼろにされていたわね」


 やはり経験者。レイラは苦笑した。


「まあ、同じく経験者のアルバートは倒れ込まないどころか一回も膝さえつかなかったみたいだけど」

「そうなので──」


 想像がつきそう、というか彼が倒れ込むところが想像がつかない。と、そうなのですね、と言いかけて、止まった。

 ──アルバート

 レイラがさらっと言ったことが、後から頭の中に響いてきたようだった。シルビアがレイラを見つめると、レイラは「やっぱり」と言った。


「私、アルバートと幼馴染?なのよ」

「おさななじみ……」

「子供の頃からの付き合い。ついでに当然学院も同じ」


 今はこうして上司と部下っていう開きが生まれたけど、とレイラは肩を竦める動作をした。


「それもあって妹って聞いたときは意味が分からなかったのよね。妹がいるなら、子どものときに存在だけでもちょっとは耳にするはずなのに」

「……あ」

「説明聞いて納得したけど。ま、そういうわけだから。アルバートに腹が立って仕返しがしたいっていうときは私的な時間に協力するわよ」

「え。いえ、腹が立ったことはないので……」

「冗談よ」


 レイラは明るい笑い声を上げた。


「でも、正直私の経験では兄貴なんてろくなものじゃないし、アルバートが良い兄貴をしているところなんて想像つかないから愚痴なら遠慮なく付き合うよ」


 何の使命感だろうか、というほど、レイラはまっすぐにシルビアを見た。彼女に兄がいるとして、その兄はどんな人なのかと気になった。

 しかし、勢いに押されぱちぱち瞬きながらも、シルビアは一つだけ言えるところがあると口を開いた。


「アルバートさんは、『いい兄』です」


 嫌だと思うこともなく、苦手な部分もない『兄』だ。決して優しいばかりではないけれど、優しい『兄』だ。

 彼という人だからこそ、シルビアは騎士団にと思ったのだから。


「『良い兄』……想像出来ない。いや、悪い兄にはならないだろうとは思うけど、そもそも兄をしているっていうところがねぇ……」


 レイラは釈然としないようではあったけれど。


 向かった訓練場は、外。

 太陽の光が地面を照らす元、騎士団の者たちが剣を交じわせ、腕を磨いていた。

 内と外にある訓練場で、騎士団員は模擬戦などの戦闘訓練を行う。ときに、城から少し離れた広い地で規模の大きめの演習もするとか。

 そのまま団員たちが手合わせをしている場所を通りすぎ、位置的には隣の場所で立ち止まった。

 とはいえ、完全に隔てられているわけではない。手合わせの音が聞こえてくる。教官は来ておらず、少し待とうと壁際に立っておくことになった。


「シルビアは、学院には通っていなかったのよね」

「はい」

「剣は、ずっと家では振っていたの?」

「はい」


 騎士団に入りたいと言ってから、アルバートが、時に養母が教えてくれた。毎日のように手合わせをした。


「……ジルベルスタイン家だからね。ルーカス様もフローディア様もいるし、心配する方が余計、かな」


 シルビアは、何となく、背負っている剣の柄に手を伸ばして確認する。

 昨日、アルバートが調整してくれた。剣が揺れて邪魔にならないように、ベルトでしっかりと体に固定している。

 柄を握り、軽く少しだけ抜いてみて満足して、手を下ろす。


「ジルベルスタイン隊長の妹らしいぞ」


 斜め後ろから、そんな声が聞こえた。

 シルビアはとっさに、視線を向ける。どうやら声の元は、隣での手合わせを休憩している人たちのようだ。

 数人の話し声が続く。


「妹なんていたのか? 初耳だ」

「病弱でずっと表には出てなかったらしい」

「恥ずかしがり屋の可愛い子なんだってよ」

「あの隊長の妹が? 想像出来ないな」

「それでも騎士団に入らせるなんて、総帥も鬼だな……。さすがジルベルスタイン家というか……」


 数人だけではない。

 数人のみではない視線が、隣の場所から向けられている。


「妹と言っても、養女だそうだ」

「元は孤児だと。神通力持ちだから引き取ったらしい」

「元孤児、平民か」

「慈善事業の一環で、ジルベルスタイン公爵が引き取ったとか聞いたぞ」


「学校にも通わず、試験も受けず……コネだな」

「あの小さい体で、今にも倒れそうだな。学院に通っていたら、その時点で授業にもついてこれなさそうだ。第五騎士隊に入って、大丈夫なのかねえ」

「いくら適性があったからって、使いこなせなければなあ」


「今から『剣』の訓練が始まるんだと」

「じゃあどんなものか見られるな」


 ──ジルベルスタイン家の養女が、どんなものか。


「シルビア、気にしないことよ」


 隣からの声が、当たり前だが何より明確に聞こえて、シルビアはレイラを見上げた。


「ジルベルスタイン家っていう、複数の意味での名家の養女。昨日入隊したばかりなのに事実だけじゃなくて、どこから湧いたのか嘘の噂がいっぱいに広がってるようだけど、そのうち収まるわ」

「はい」

「あと、全部はね除けてやるって心意気で、見返してやるのがいいわ」


 レイラは好戦的な面があるようだ。

 彼女は笑顔を浮かべた。そのにやりとした笑みで、アルバートの笑みを思い出した。動じるところを見たことがなく、不敵な彼。


「はい」


 シルビアがさっきより僅かにはっきり返事をすると、レイラは満足そうに頷いた。


「ですが、私が今回騎士団に直接入ることが出来たのは、確かにコネと言えることなのかもしれません」

「え?」


 シルビアは、聞き齧った周りの言葉を思い出し、今さらに納得していた。

 コネであるという意識がない以前に、そんな言葉が思い浮かばなかったのだが、確かに。

 この形ではコネであることに、間違いはないのだろう。


 普通、城に勤める騎士団に入るには学院と呼ばれる教育機関に入る。特に神通力持ちで、神剣の使い手を目指す者であれば絶対的にだ。

 学院では、様々な必要知識を入れ、騎士団を志す者は騎士団に入る前に剣の扱いや体術など体の使い方を学ぶそうだ。

 国立の機関であるため、授業、試験を経て卒業すれば騎士団入隊のための資格を得たとされ、そのまま騎士団に入ることになる。


 シルビアはそうではない。

 学院に通っていない。

 アルバートは、学校に入らなくても良いくらいのものは身につけられているから、通っていなくても問題ないと言った。

 誰も手助け出来ない学校に長期間通うことを避けたのだろうが。


 ──そうか、コネか


「コネなんて。学院を通してなくてもジルベルスタイン家が半端者を通すはずないのは誰でも分かることよ。総帥の様子では、自分の子どもにも甘くないってことは分かるし」


 レイラは周りを軽く睨むように見て呆れたようにも言った。シルビアを擁護するためではなく、それが当然であるとの口調だった。

 レイラのそれもまた、ジルベルスタイン家の名前の在り方を示していた。


 シルビアはここで、一人で立たねばならない。用意してもらってしまった道だ。立派に立たなければ。

 目的はそれではないけれど、「ジルベルスタイン」という名前の大きさを初めて感じ、恥じないようにという気持ちが湧いてくる。

 何にせよ、シルビアは「使い物にならない所詮コネで入ってきた者」になるつもりはないのだから。

 その過程で、その名に相応しいようになれればいい。


「ここだ。まだ指導官は来ていないようだな。頑張れよ」

「はい、先輩」


 それまでの周りの声より、近い声がした。

 シルビアが訓練のために待っている場所に、新たに誰かがやって来た。

 シルビアが自らの左手を見ると、こちらにやって来る青年と、偶然目が合った。


「あ」


 青年が声を漏らし、彼の緑色の目が真ん丸になった。

 彼を、どこかで見たような。シルビアは首を傾げた。







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