第二話 クレープの味は♪②

「なにか?」


 尋ねた私に、その少女は恐る恐る問い返してくる。


「今の……おじいさんがやったんですか?」


『見た目で古谷を年寄り呼ばわりしないでちょうだい。』


 特異な幽霊であるリンは、自由自在に自分の姿や声を、任意の相手に認識させることができる。

 今、リンは姿を見せてはいないが、ずいっと一歩前に出ると腕を組み、セーラー服の胸を張って少女を睨んだ。

 私は空とぼけて少女に問い返す。


「いったい、なんのことでしょう?」


「あの……突風を、ばああって。」


『古谷が邪魔しなければ、服を切り刻んで全裸にしてやったわ。』


 いや。

 確かに全裸にもなったでしょうが、四肢が砕け散っていたに違いありますまい……。


「なにかの見間違いでしょう。」


「いいえ、睨んでましたよ?

 クレープ食べてた時は優しそうで嬉しそうだったのに、とっても怖い顔で。

 あの子達が笑ったから、怒ったんじゃなかったんですか?」


『当然でしょう?!』


 なんという低い唸り声だ?!

 少女の顔を舐めるように顔を近づけたリンの瞳から光が消えている!

 このままだとリンは少女に怒りの矛先を向けてしまう!!


「もしッ!

 あなたのお話しのとおり、私があんな風を起こしたとして。

 先程のようにお友達に恥をかかせた私こそ、失礼だったのでは?」


『友達?

 一緒にいたから友達とは限らないわよ、古谷。』


 訝し気にリンは、首だけひねって私を恐ろしい形相で見おろした。


 確かに。


 あのスレた外見の二人に比べ、この少女にはどこか違和感を覚える。

 あの二人に倣ったか……ブレザーを羽織ったブラウスの第二ボタンまで外して双丘の谷間をちらと覗かせ、またその下半身にあっては秘部を覆う下着が、座るだけで見えそうなほどスカートの丈を詰めてはいるが。

 そんな「だらしなく見せている着こなし」が、そこに視線を集めることを恐れて震えてしまうという本人の恥じらいも相まって、どこか板についていないのだ。


「いえ。私、お陰で助かったというか……。」


『ほーらね。やっぱり友達じゃなかったじゃない?』


 ツンと顎を上げ、瞳だけ下目遣いに私を見るリンに頷きつつ、少女の座るベンチへと私は移った。


『近いってばッ!!』


 なにやらリンが怒ったようだが、気にせず少女の隣に腰を下ろす。

 リンは私と少女の正面に仁王立ちになって睨み下ろす。


「いったいどうしたのですか? 良ければお話しください。」


 少女はその表情を一瞬輝かせた。誰かに相談したかったのに間違いない。

 そしておどおどと左右に目を配ると声音を一段落とし、一語一語、確かめるように話し始めた。


「あの子達とは、ほんとに最近、仲良くなって。

 誘われて遊んでるうちに、いいダイエットの薬があるから、買わないかって。

 何度も、なんども、ちょっとしつこくて。 

 それになんだか、危ない感じの男の人とも、付き合ってるみたいで、怖くて。」


 そして手にしていたクレープに視線を落とし、じっと見つめる。


「あのお店のクレープ、とても美味しいのに。

 今日はなんだか、違う味がするくらい、私、気が滅入っちゃって。」


 少女の言葉が終わるかどうかという時、リンはその冷たい声を響かせた。


『古谷。今一度憑依するからこの子の持ってる……


 最後まで聞かずに頷き、体をリンに委ねる。声だけは私が少女にかけた。


「失礼。」


 リンは私の指を少女の持つクレープの、たっぷりとかかったクリームへと付け、次いで口に運ぶ。

 それを舌に載せ、上あごに押し広げ、リンは確認している……。


『……アヘンの一種?

 ん……少し違うようだけど、即効性と中毒性のある薬に間違いない。

 私を愛した男達の中で、「教祖」と呼ばれた男も使っていたわね。』


 リンの感情のこもらない声が、脳内に虚ろに響く。


『粉末状のものを買った直後のクレープに仕込むなんて、手際が良すぎる。』


《では、この子だけに対してではなく、手慣れた技と?》


『そういうことのようね……古谷、あなたへの毒素は消したわ。』


 脳内で問い返した私にそうに伝えながら、リンは憑依を解いた。

 私は少女を真っ直ぐに見つめた。


「味が違ったのは、気のせいではありません。」


「え……。」


 少女ははっとしたように顔を強張らせた。


「薄々お気づきなのですね?

 どうやら、そのお友達に薬を混ぜられたようですな。」


「ど、どうして……そんなことを?」


「あなたを中毒症状にして、自分から薬を求めるように仕向けたんです。」


 震え出した少女の耳元に、リンはささやいた。


『そんなことをする人間なんて、本当の友達と呼べるのかしら?』


「今の声はッ?!」


 いきなり背筋を伸ばし、怯えて叫んだ少女をなだめ、諭す。


「きっとあの風の主ですよ。

 さあ、そのクレープを持って警察に行きなさい。全てを話すのです。」


「でも! そんなことしたら私、あの子達から何をされるか!!」


「いいですか?

 向こうは最初からあなたを友達だなどとは思っていないのですよ?

 行きなさい!

 後のことは心配せずに!!」


 まだ戸惑っている少女に、リンは再びささやいた。


『このまま……死にたい?』


「いやあああああああああああっ!」


 リンの声に青くなった少女はクレープを握ったまま駆け出した。


 その背中を見つめながら、ため息がこぼれる。

 何処も同じだ。

 人を陥れんとする者たちの、絶えぬことよ。


『クレープを愚弄した奴ら……許せない。 

 古谷?

 やるわよ。』


 リンはその冷めた瞳で、我を忘れて走り去る少女を見つめていた。


「はい。それも重箱の隅ではありますが。

 あの子が言う『危ない男』……そこまでたどり着かねばなりますまい。」


『造作もないわ。』


 リンは先の二人の女子高生が去った方角へと踵を返すと、すっ と姿を消した。


 おっと。

 私が今の少女を脅していたと、勘違いされても困るな。

 周囲の人間たちが、どうやら誤解し始めているようだ。


 私も早々にここを立ち去ることにしよう。

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