5.(わたし) インド風料理 / トマトバンパイア

 わたしはおじさんに置いてある花柄はながらのエプロンを身に着け、み台を用意した。わたしもだいぶが伸びたが、踏み台はまだ必要だ。無いと顔に熱気がかかってしまう。

 なすを薄切うすぎりして水であく抜きする。オクラをさっとゆでて毛抜きする。にわとり胸肉むねにくをオリーブオイル、酢、塩、しょうが、とうがらし、ターメリック、コリアンダー、クミンで味付け。

 たまねぎを刻み、オリーブオイルで薄茶色になるまで炒める。次いで鶏の胸肉を焼く。香辛料に火を通すと、からが割れたように香りがぱっと花開く。この香りをもろに吸い込むと、むせかえってしまうので注意だ。

 なべの底にオリーブオイルを塗ってげ防止。焼けた胸肉とたまねぎ、刻んだオクラ、ホールトマト、にんにく、しぶどうを入れて、始める。

 モロヘイヤ、ピーラーでぎ切りしてリボンみたいにしたきゅうり、れ切った赤ピーマンの細切り、スプラウトを混ぜてサラダを作り、冷やしておく。モロヘイヤのとろみがカレーでしびれた舌を休ませてくれる。

 鍋に火が通ったので、なすとプレーンヨーグルトを加える。ちょっと味見して、コリアンダーとクミンを足し、カルダモンを加えた。カルダモンは、兄弟分のシナモンほど有名じゃない。けど、牛乳と牛脂ぎゅうしの臭みを消してくれる。インド料理に欠かせない香辛料だ。「なぜ、自分が作ってもインド料理店の味にならないんだ?」と思ってる人は、カルダモンを足すといいよ。

 ひと煮立ちさせてあくを取り、火を止めて鍋にふたをした。

 これが、望美風インドカレーもどきだった。後は、お客さんが来る(おそらく)のを待つだけである。


 おじさんがお風呂から出てきた。柄物がらもののワイシャツとスラックスに着替えている。

 「いい匂いだな」

 「早くお昼ご飯、食べよう?」

 わたしはわざと聞いてみた。

 「もう少し後にしよう。朝がおそくて、まだあんまりお腹、すいてないんだ……」

 「ねえおじちゃん、わたし、何か用意しとくこと、ある?」

 「いや、特には」

 「ふうん……」

 あくまでも隠しておくつもりらしい。おじさんだけのお客さんなら、そんなことはしないだろう。わたしを驚かせたいのかな。だとしたら、わたしにも関係のある人なんだろうか?

 「そうだ、望美、ちょっと見てもらいたいものがあるんだが……」

 「なあに?」

 おじさんは食卓の上に、奇妙な道具のようなものを置いた。大き目の注射器のような形で、針の代わりにあみかごのような筒が付いている。

 「名付けて『トマトバンパイア』だ」

 「トマト……バンパイア?」

 「アイディア商品だよ。百均ひゃっきんに売り込んで、店の棚に置いてもらおうと考えてるんだ」

 わたしは、その道具の使いみちの見当もつかなかった。

 「何に、どうやって使うの?」

 おじさんは冷蔵庫からトマトを取り出してきた。トマトのお尻に網かごの部分を突き刺し、注射器のピストンを引っ張った。トマトから網かごを抜く。かごの中には、トマトの種がぎっしり詰まっていた。

 わたしは、言葉に詰まった。

 「それで……どうするの?」

 「望美も料理番組、見るだろ? トマトの種を取り除けという説明が、時々あるよね?」

 「種を嫌いな人って、いるみたいね……まさか」

 「そうだ。このトマトバンパイアは、トマトの種取りという面倒なことを、一発で済ませてくれるんだよ」

 おじさんは、得意満面とくいまんめんだった。

 「これは売れるよ! 最低でも12グロスは作らないとな」

 わたしは、何とかしてこれを止めさせなければならないと思った。

 「おじさん、わたしが主婦だったら……」

 わたしは冷蔵庫からトマトを出して、包丁一本で、三秒で種を取り除いて見せようとした。でも、こんな時に限ってトマトが無い。

 「まあ、量産りょうさんに踏み切る前に、望美の意見も聞いとこうと思ったんだ。年の割にしっかりしてるからな。

 どう思う?」

 わたしは、おじさんのやる気をくじきたくなかった。でも、これは間違ったやる気……だろう、多分。心を鬼にして、止めるように忠告しなければ。

 わたしが重い口を開きかけたその時、表でクラクションが鳴った。おじさんの表情が喜びに満ちた。

 「来た! ガレージは開けてある。望美もおいで!」

 おじさんは、ガレージに通じている庭のテラスへ飛んで行った。わたしも、後からついていく。

 ついに、なぞのお客さんに、会える……。



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