act.3-4

西暦2098年6月20日 13時00分

アフリカ

D-4保護地区 沖

無人島


 ガーベラのコックピット内で音が鳴る。暗号通信メッセージが届いた着信音であった。

保護地区の警備ヘリが去ったのを見計らい、擬装網を除けコックピットへ移る。

「……翌明朝5時に回収班が到着。上に戻る準備に掛かる。か」

ガーベラ。地球人達は“白い鳥”等と品のない名前で呼んでいるが。ガーベラの機内でキエラ・エフは命令を承諾した。

地球に降り立って2か月近く、この島を拠点にして環境調査を進めてきた。火星圏で長らく生活していた僕らが帰ってきても何も問題ない、と僕は報告出来るだけの準備をしたつもりだ。

2040年代、地球の環境汚染に歯止めが効かなくなり、人類は宇宙へやむを得ず住む土地を移すこととなった。

そして同時に環境保全の為、アフリカ大陸への人の出入りを禁止した。それから50年、なんとか現状維持をしてきたようだ。

厳重に立ち入りを監視している様だが、そのアフリカ大陸は我々火星人類が頂く。

僕たち“ホワイト・ドール”は10人居た。

その内の一人、マーニャ・エルが死亡したニュースは、地球に降りてきてから知った。

彼の性格からして、自ら地球人の軍艦に戦闘を仕掛けたとは考え辛いが、僕らの任務に支障をきたしたのは、残念ながら事実だ。

そして、クロ・エマ。あの優等生面はあろうことか地球人側へ寝返ったと聞いた。本当に呆れた男だ。

どこまで火星人類の事を地球人へ漏らしただろうか。憎き地球人達へ。

 しかしまぁ、地球人は恨んでいるが、この地球という場所はそこそこ好きだ。

船やドームの中とは違う、自由を感じる。宇宙との境界も無く、太陽の日も心地よい。だが同時に、生き物の出す臭いの混じった空気や、気候という存在は少し好きになれない。


……僕たち“ホワイト・ドール”は任務を終えたのだ。



西暦2098年7月2日 16時30分

ブラジル セアラー州

フォルタレザ

ホテル スターライト

(ブラジル標準時 13時30分)


「え、今なんと……」

キエルは耳を疑った。

「我々火星艦隊は月政府と協力し、地球側の宇宙軍を叩く。空の主導権を我々が握るのだ」

長身の男、ロク・ソラが子供たちへ静かに伝える。

「そんな、いくら技術面で優位に立っているからと云っても、数が圧倒的に違いすぎます!」

他のホワイト・ドール達も動揺を隠せていない。

「“スキーラ”様の決定だ。勝機は我々にある」

「なぜ月と……?」

「アメリカに続いて、中国、ロシアも軍拡を行っているというのに……」

「戦争になるなんて聞いてない……」

「狼狽えるな! 貴様たちは祖先が受けた地球人の行いに、報復してやりたいとは思わなかったのか!?」

「……」

部屋の中は最悪の空気になる。が、少年たちに埋め込まれた憎悪の精神が目覚める。

「復讐……」

「卑劣な地球人達……」

ロク・ソラは、ほくそ笑む。

「そうだ……。その怒りをガーベラで奴等に叩き込むのだ」

少年たちの目から光が消える。

「14日、標準時15時に宇宙へ帰る。備えろ」

「「「フォア・マールス!!」」」



西暦2098年7月15日 21時25分


アメリカ合衆国 コロンビア特別区ワシントンD.C.

ホワイトハウス

(アメリカ標準時 4月25日 16時25分)


「なんだこの放送は!? フェイクか!?」

火星艦隊を名乗る者達からの放送に、ホワイトハウス内も騒然となっている。

ジョナサン・コルト大統領が更に騒ぎ立てる。

「月との通信網、全て遮断されている模様。現在解析チームが映像の確認を行っています」

「月都市の状況は?! 侵攻されたのは事実か!?」

「不明です!」

「セレニティ・シティ……もしそのような事があったら……」

大統領の血の気が引いていくのが分かる。

「大統領、標準時18時時点で、月軌道上の人工衛星全てとの通信が途絶えていた事が分かりました……」

「な……! 月の治安維持軍はどうしたのだ!?」

「ISSからの情報ですと、迎撃等に出た様子は無いと……」

その時、テレビから声が流れる。

『我々の要求はたった一つ! アフリカ大陸の譲渡である!――』

「なァにぃ!!? アフリカ大陸の譲渡だア!!!?」

大統領は机へ拳を叩きつける。

「ふざけた真似を……。とにかく情報が欲しい。宇宙軍に偵察を行わせろ」

「しかし、議会の承認が……」

「これは月に住む合衆国民を護る為だ! 承認は後回し、すぐに派兵しろ!」

「しょ、承知しました」

一人の男が走って部屋を後にする。

もし、月にある“アレ”が奴等に渡れば、合衆国の立場が無くなる。

最悪の事態を考えるだけで吐き気を催す。

ジョナサン・コルトは椅子に倒れるように座り込んだ。



西暦2098年7月16日 0時00分

合衆国宇宙軍空母 キュリオス

艦内


月面都市の強行偵察任務へ合衆国宇宙軍司令部艦 ユニヴァース・ワンより、

キュリオスを含む空母3隻、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻、燃料輸送艦1隻が月を目指し出航した。

もちろんこれはアメリカ合衆国が単独で極秘裏に動かしている作戦である。

キュリオスは改修され、アーマースーツ(以下、ASと表記)の運用に特化させられた。4つのASの格納庫の他、メンテナンス等に使用出来る格納庫を一つ増加した。また4つの格納庫も巨大になり、積載できるASが16機から24機へ増やされている。


「全艦、戦術データリンク接続完了」

「巡洋艦モーリスへ接舷完了。当艦もステルスモードへ移行しました」

「駆逐艦クルーウェラ、オフィリス。先行します」

「輸送艦ウィキー、出航確認。駆逐艦ラバースが先導します」

「空母ロックスリー、リトレート。我が艦後方に位置固定完了」

艦隊旗艦であるキュリオスの艦橋内では、大量の情報整理・伝達が行われ、慌ただしく人々が動いている。

「モーリスと航行データリンクは?」

「現在モーリスが調整中……完了しました」

「機関長。モーリス側の動きに合わせて動くぞ。自動で出来なかった場合はマニュアルで対応する、準備しておけ」

≪アイ・サー!≫

空母キュリオスが元々民間のAS運用艦である為、軍標準のステルス性能が未だ無い。改修の際に間に合わなかったのだ。

その為今回は、巡洋艦モーリスと接舷し一つの艦として認識させる事で、モーリスの“影”に隠れて運用する魂胆だ。

とは言っても、レーダー波等で索敵されればバレてしまう話だが。

「艦長。各補給艦、ユニヴァース・ワンへ帰艦します」

「了解」

キュリオス艦長、フォード・フィオ大佐は宇宙服のヘルメットを外し、艦長帽を深く被る。

「全艦へ通達。これより“セレニティ・シティ強行偵察任務”を開始する。レベル2警戒態勢を引け」


 キュリオス艦内の会議室にて、ラビ・デルタ少佐らASパイロットが最終確認を行っていた。

「作戦開始を確認した。これよりKA-1小隊による宙域警戒を始める。今後60分毎にKA-1,2,3,4の順で交代で出る。準備にかかれ」

「「「了解!」」」

第一格納庫へ移動し、ラビ達KA-1小隊パイロットがそれぞれのASに乗り込み、発艦に備える。

「KA-1、発艦準備完了。どうぞ」

≪キュリオス。第一格納庫ハッチオープン。KA-1、発艦を許可する≫

「了解」

ASから見て床に当たる部分のハッチが解放され宇宙が見える。

格納庫内のグリーンシグナルが光ったのを確認し、AS肩部分の拘束具を解除する。小隊の6機のAS機体が宇宙に放たれる。

以前行った“白い鳥”の護送任務と同様、戦闘機が広域をカバーし、ASが船の周囲を並走するフォーメーションで動く。

戦闘機(スペースファイター)が艦隊周囲150km、ASが50kmの位置を並走しながら任務に当たる。

≪リトレートで発艦トラブル発生。スペ-スファイター6機が出撃出来ていない。艦隊左側面120kmまで散開せよ≫

キュリオスから通信が入る。

「了解。1-3・1-4、キュリオス左側面120km地点まで広がれ」

≪1-3、了解≫

≪1-4了解≫

ここから2日間、この様な態勢を維持していかなければならない。

プレッシャーが重く圧し掛かる。



同時刻

空母 ロックスリー

クロ・エマの自室


 クロは一人、膝を抱えてベッドの上に座っていた。

先日の火星艦隊のエル・エラによる放送。艦隊司令官を名乗るあの男は一体誰だ?

それに火星艦隊だけで月を制圧するなんて不可能なはず。その上宣戦布告とも取れる行動をとるなんてあまりにバカげている。

一体、火星で何があったんだ?

それとも当初から“予定”されていた事なのか。

クロの脳内では常に自問自答が繰り返されていた。

だが答えは“分からない”。

一応、クロが考えた事はラビに、宇宙軍へ伝えた。が、正直自分の言葉に信憑性が無い事は分かっている。自分自身が一番。

 この様な微妙な立場故、今は軟禁状態にある。

空母ロックスリーにて待機。もしもの事があれば“白い鳥”で出撃。戦闘に加わるか、相手との交渉材料に使われるかは、その時にならないと分からない。



西暦2098年7月17日 7時00分

合衆国宇宙軍空母 キュリオス

月まで約12万kmの地点


「艦長! 艦隊9時方向、130kmの地点より接近してくる艦あり! 数9! 所属不明!」

「了解。全艦、戦闘形態へ移行。ファイター達も艦隊防御態勢へ移れ」

月までの旅路も漸く3分の2が過ぎたという所で、ついに接敵か。

艦隊中に緊張が走る。

「艦長、不明艦より光通信です! 回します!」

「うむ」

≪こちらはヨーロッパ連合(EU)艦隊である。当宙域より、我艦隊の作戦宙域に入る。貴艦ら合衆国宇宙軍艦隊の進路を変更されたし≫

「何を言っとるんだコイツらは。進路そのまま、船速落とすな」

「アイ・サー」

操舵主へ伝え、受話器を取る。

「こちら合衆国宇宙軍第一艦隊、司令のフォード・フィオ大佐である。まずそちらの身分を明かして頂きたい」

「データ届きました」

通信手が暗号化されたファイルを開き、艦長の手元のモニターへ映す。

≪ご覧のとおり、我々は未だ存在を公にしていない状態にある。貴艦らも月へ向かうようだが、我々も目的は同じだ≫

「では、お互い助けもしなければ邪魔もしない、という形で良いのでは?」

≪貴様ら野蛮人共が居るだけで邪魔だ、というニュアンスが伝わらなかったようだな≫

「英国人なりのジョークでありましょうか? しかし、我々にも我々の任務があります」

フォードは軽く返す。

≪貴様ら、従わないのであればこちらも準備がある≫

「ハハハ! 火星人と戦うより前に地球人同士で殺し合うか!」

フォードの笑い声に艦橋内が静まり返る。

「良いか。こちらは急設された宇宙軍の船とは云え、正式に宇宙法に則り艦艇登録もされている船達だ。貴艦らの方こそ、公にしていない等堂々と話しているが、所詮データ登録も行われていない、いわば海賊艦と同様。“海賊”を退ける準備なら、こちらにもある。砲門開け!」

≪貴様ら! ……覚えておけよ。決して邪魔するんじゃないぞ≫

「ご自由にどうぞ貴婦人方」

フォードの返答を前に、通信は切られていた。

ドっと艦橋内が笑いに包まれる。

「流石キャプテン!」

「宇宙軍にさっそくお決まりのジョークが出来たな!」

「ヨーロッパ連合と名乗る海賊を電話で撃退したってな! ハッハハ!」

「静まれェ!! 未だ作戦遂行中だ、気を引き締めろ。全艦、警戒態勢に移行。監視を厳にしろ」

「「「アイ・サー!」」」



西暦2098年7月18日 2時00分

合衆国宇宙軍空母 キュリオス


「なんだこれは……」

月まで1300kmの所まで近づき、その場の光景に一同が唖然とする。

先に到着していた中国軍の艦隊が戦闘状態に入り、一方的に蹂躙されている。

「艦隊停止! 無人偵察機出撃。宙域内のデータ収集急げ」

フォード艦長がすぐさま号令を出す。

「艦長! 中国艦隊が戦っているのは、月治安維持軍の船です!」

「なんだと!?」

「中国艦隊よりSOS信号受信!」

「CHNU-10093、轟沈! 中国艦隊残存4隻です!」

「EU艦隊、中国艦隊の援護に入りました!」

次々と報告が入ってくる。

「……月艦隊の戦力、分かるか?」

「現在確認出来る船は、駆逐艦3隻、それに戦闘機が10機、アーマースーツらしき戦闘機も6機です」

「了解。EU艦隊へ連絡、こちらの戦術データリンクへ接続するよう申し出ろ」

「了解!」

「全艦、戦闘隊形に移行! ファイターは中国艦隊宙域離脱を援護。艦隊は現宙域を守り、退路を作る」


 ラビも戦闘開始の放送を受け、部屋から飛び出した。ミーティングルームにはASファイター達が既に集まっている。

現在出撃中のKA-3部隊と無線を繋いだ状態でミーティングを始める。

「状況、敵戦力は?」

部屋に入り、ラビが聞く。

「敵は月治安維持軍です。駆逐艦3、戦闘機10、AS6です。現在、打撃を受けている中国艦隊の離脱をEU艦隊が援護する形になっています」

偵察機から回ってきたライブ映像がミーティングルームのモニターにも映っている。

「治安維持軍……? 火星艦隊というのは嘘だったのか?」

「分かりません。戦況を見るに、中国艦隊が一方的にやられています。敵3隻の駆逐艦が中国艦隊をかき乱す様に動き回り、その隙をファイター達が叩いている様です」

「了解した。敵艦はEUの船に任せ、我々は敵ファイター達を追い払う事に専念しよう。戦術長へ伝えておいてくれ」

「了解」

「KA-3は当艦隊護衛のまま。KA-1、2、4で戦闘に加わる、総員出撃準備!」

「「「了解!」」」

 それぞれが自分のASの格納庫へ向かう。ラビも自分のASを起動させる。

「少佐、高機動型パックを背負っています。月のASなら恐らく旧型のままです。コイツのスピードに敵いません」

リコット技術中尉がコックピットハッチでラビへ伝える。

「ヘヘ、分かった、ありがとうよ。行ってくるぜ」

「ご武運を!」

リコットが離れ、コックピットハッチを閉める。

「こちらKA-1-1。無線チェック、OK?」

≪1-2、良好≫

≪1-4、OK≫

格納庫内から空気が抜かれ、ハッチが開く。

≪キュリオス。KA-1いつでも発艦どうぞ≫

格納庫内のシグナルランプがレッドからグリーンに変わる。

「KA-1、全機出撃!」

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