第17話「繋がる過去と過去」

 ホテルへと戻った平成太郎タイラセイタロウは、まんじりともせず仕事に没頭していた。

 テーブルのすみで、ぽちぽちと人差し指でキーボードを押してゆく。以前よりはノートパソコンの使い方がわかってきたが、彼から見て未来の演算装置は多機能過ぎて、どうにも持て余してしまう。

 そんな彼の目の前に、どんどん料理が並べられていった。


「ほら、成太郎! 仕事はしまって! ご飯にするぞ?」


 緋山霧沙ヒヤマキリサが、テキパキとばしを配ってゆく。よくまあ、ドイツでこんなものが手に入ったなと思うが、成太郎は黙ってノートパソコンを持ち上げた。

 缶詰かんづめ等を温め直したものが中心だが、生鮮食料品も少しは回してもらえたようだ。

 それより、霧沙がこんなにも甲斐甲斐しく料理する方が驚きである。


「ほう、おでんか」

「ポトフだよっ!」

「ぽとふ……むむ、敵性料理てきせいりょうりか」

「なにいってんの、戦争中も海軍さんはカレーライス食べてたでしょ」

「い、いわれてみれば……まあ、西洋おでんとしておこう」

「だからポトフだってば!」


 中央の大皿には、ポトフと呼ばれる料理が湯気をあげている。コンソメのいい匂いの中に、ソーセージや野菜がゴロゴロ入ってて美味おいしそうだ。成太郎から見れば、どうしてもおでんのたぐいに見えるのだが……これはポトフという料理らしい。

 霧沙がおたまでなべをガンガン叩くと、他の仲間達も集まり出した。


「まあ、いい匂いですわね」

「ふう、お腹ペコペコだよ……エル、ほらっ! ご飯だよっ」

「おおー! わたしもかなりペコってます! 力仕事のあとはやっぱり、お腹いっぱい食べたいですねっ」


 朱谷灯アケヤトモリクレナイすおみ、そして咲駆サキガケエルがベッドルームの方からやってきた。皆、湯上がりでまだ少し髪が濡れている。それぞれ持参したパジャマを着ているが、やはり成太郎はうら若き乙女に囲まれて落ち着かなかった。

 あっちにいってて、くらい言ってくれた方が助かる。

 だが、エル達は成太郎と同じ部屋での一夜を気にしていないようだ。

 それは、とある人物が合流して保護者代わりを気取り始めたからかもしれない。

 その女性が、バスルームの扉が開閉する音と共にやってくる。


「はー、生き返る……さ、ビール! ビールよ、冷えたビールッ!」


 バスタオルを巻き付けただけの全裸で現れたのは、卜部灘姫ウラベナダヒメだ。

 思わず成太郎は、はしたないとつぶやいて目を背ける。

 だが、灘姫はお構いなしに広いリビングを横切りキッチンへ。冷蔵庫を開いて、中からビールの缶を取り出すと、その場で開封してまずは一口。


「ぷっはあ! 生き返るぅ! んで、今日のご飯は……おうおう、いいわよ、グーよ! 誰? 誰ちゃんがご飯当番なのかしらん?」

「あ、はい。ボク、ですけど」

「ナイスよっ! ビールにはおでん、やっぱこれよね!」

「だから、ポトフ、です……もぉ」


 そのまま灘姫は、成太郎の隣にどっかと腰を降ろした。

 火照ほてった肌が少し濡れてて、シャンプーのいい匂いがする。成太郎は以前、灘姫の家に居候いそうろうしていた時期がある。凍結封印から覚醒したあとの話で、今はエル達が通うセントガブリエル&チャーチル女学院、通称ガチじょの校務員室に寝泊まりしていた。

 成太郎は知っている、熟知している。

 灘姫は、

 そして、なにを言っても馬耳東風ばじとうふうなのである。

 その灘姫だが、あきれる周囲を他所よそにポトフを取り分け始める。


「さ、腹が減ってはいくさは出来ぬ、よ! たーんと食べて、たーんと飲んで! 英気を養うべきね!」

「……灘姫、その、なんだ。とりあえず、服を」

「あっ、やだ美味しい! んもー、霧沙ちゃんったら意外ー! あ、ほらほら、食べて食べて! こっちはなぁに? んー、これも最高ぉ! 酒のさかなはやっぱ、サバ缶に限るわね!」

「か、仮にもいい大人が、だな……その、皆にも示しがつかんから、服を――」


 やはりというか、やっぱり無駄だった。

 豊満な胸の谷間を見せつけながら、せっせと灘姫は食事を口に運んで缶ビールをあおる。

 今にもバスタオルがはちきれそうで、気が気ではない。

 エルや灯、霧沙やすおみも、豪快に食べる灘姫に圧倒されていた。

 だが、灘姫は食事を続けながら鋭い視線を成太郎へと投げかける。


「それで? なんつったっけ……スカーレット? そいつ、何者かしらん?」

「俺にもわからん。だが、はっきりしていることは二つ。奴が魔力を宿した人間であること。そして、D計画ディーけいかくの復活と跳梁ちょうりょうの黒幕かもしれないということだ」

「成太郎、見に覚えは? 戦時中、彼女を見たことは」

「ない。だが……不思議な感触を感じた。奴は……全く似ていないのに、レッドのような気がしたのだ。実際は赤の他人、似ても似つかぬがな」


 なるほど、と灘姫は二本目のビールに手を付ける。

 話題の人物は、スカーレット・ブラッドベリと名乗った。ナチス親衛隊SSの制服を着て、古風なほうきを持った女の子である。華奢きゃしゃで小さく、長い赤髪は地面につきそうなほどに伸びていた。

 彼女は確かに、言った。

 自分がD計画のあるじだと。

 そして、そのことで灘姫はどうやら話さねばならないことがあるらしい。

 一同を見渡すと、ポトフのおかわりを小皿に取りながら口を開いた。


「D計画ってのは、世界各国で旧大戦中に開発された最終兵器の総称よ。どれも未完成、計画だけのままで終わったものが多く、実戦を経験してないわ」

「前の震電しんでんとか、今回のラーテとか? ああいうのを一括ひとくくりにD計画って呼んでるんですよね」

「灯ちゃん、正解! 500ポイントGETゲット! ……って冗談はおいといて、それらは各国が戦況をひっくり返すために、未知のエネルギーを動力源とする完全自律型かんぜんじりつがたの無人兵器として生まれた。魔力で駆動し、D障壁ディナイアルシェードに守れた人類虐殺装置じんるいぎゃくさつそうち……それがD計画よ」


 そして、灘姫は全員を見渡し、言葉を切った。

 静かに息を吸って、そして吐き出す。

 僅かな沈黙のあとで、彼女は意を決したように話を続けた。


「戦中の日本でD計画を統括し、枢軸側すうじくがわ連合国側れんごうこくがわも関係なく内通、連携して開発を続けた男……それが、卜部海神ウラベワダツミ。……そう、私の曽祖父そうそふよ」


 成太郎は初めて知った。

 自分という存在を生み出し、悪魔の兵器群を作り上げた人間の名を。

 それは、身近な存在である灘姫の血縁者、曽祖父なのだった。

 衝撃に言葉を失う一同の中で、エルだけが元気に手をあげる。


「はいっ! はいはーいっ! 灘姫ちゃん、質問です!」

「ほいきた、エルちゃん」

「つまり……これは因縁の対決なんですよね! かつておじいちゃんが犯した罪を背負って、つぐないのために灘姫ちゃんは戦ってるんですね! なんかこぉ、燃えますねっ!」

「あ、ごめん。そゆ暑苦しい感じじゃないかも」

「そ、そですか……しゅん」


 エルのまとはずれな発言に、灘姫はようやく笑顔になった。

 それまでも彼女は、普段の陽気が嘘のように張り詰めていた。真剣な表情の灘姫を、成太郎も初めて見た気がしたのだった。

 だが、いつもの悪巧わるだくみを秘めたような笑みで、灘姫は食事を再開する。


「まー、クソジジィが面倒なことしてくれたなー、くらいには思ってるわ。でも、特に因縁とか使命感を感じてる訳じゃないの。それはエルちゃん達も同じでしょ?」


 エルが大きくうなずき、灯は霧沙と顔を見合わせた。

 だが、すおみは眼鏡をツイと指で押し上げ、黙ってしまう。レンズに反射する光が、彼女から表情を奪い去ってしまったように見えた。


「ですが、灘姫さん。わたくしは……紅の家に生まれた者として、D計画を打倒せねばなりませんの。灘姫さんが同じ気持ちになってくれなくても……今まで通りサポートして貰えたら嬉しいですわ」

「もち! そっか、そだよねえ……クソジジィがD計画のために使っていたのが、紅重工くれないじゅうこう。当時はまだ、紅製作所くれないせいさくじょだったわよね?」

「わたくしの父祖ふそ達は、嬉々ききとして計画に賛同、加担したのです。その罪を今、わたくしが精算しなければいけませんの」


 いってみれば成太郎も、紅重工……かつての紅製作所が生み出した兵器の一つだ。完全自律型の魔力駆動兵器が完成する直前、魔力供給のテストとして生み出された人造人間……それが平成太郎こと被検体零号ひけんたいゼロごうである。

 同時に、旧帝国軍には規格も口径もバラバラの火砲が山程余っていた。

 それらを少ない加工で使い回すために、人型の巨大な歩行戦車が生まれたのである。

 それが、砲騎兵ブルームトルーパーだ。

 すおみが話し終えると、黙っていた灯も口を開く。


「なんか……不思議だね。みんな一緒、なのかも。私も……父は国会議員だけど、三世議員だから。さかのぼれば戦中になるし、ちょっと調べたらわかっちゃうんだよね」

「戦中……朱谷……まあ! では、灯さんはもしや」

「そうだよ、すおみ。当時の徹底抗戦派、その筆頭……朱谷陸軍大臣は私の曽祖父。ここまでくると、ホント因果いんがだよね」


 D計画と呼ばれる悪夢は、選ばれし魔女達を過去で縛る。

 初めてお互いが秘密を共有したことで、灯もすおみも少しだけ安堵に笑みをこぼしていた。そして、灘姫も肩をすくめて笑う。

 誰もが皆、戦う理由を明らかにした。

 最初は意味もわからず集められた、ただの愚連隊ぐれんたいだったかもしれない。

 だが、ブルームB-ROOMの四人の魔女達には、自ら戦いを選ぶだけの意思があった。そして、過去からの選択を逃げずに、彼女達はさらなる激戦へと身を投じようとしている。

 そして、灘姫はさらなる衝撃の一言を解き放った。


「そして、私達の血筋に大きく関わっている女がいるわ。……ちょっと信じられないけど、信頼できる情報筋に調べさせた結果よ。戦中から戦後の混乱期の中、紅製作所の発展や朱谷家の政治的地位回復、そして人造人間の開発再開……それを手引きしたのは――」


 成太郎は耳を疑った。

 だが、確かに灘姫はを口にしたのだ。

 同時に、けたたましいサイレンが鳴って空気が震える。敵の襲来が、夕闇迫るネルトリンゲンの街を包んだ。

 すぐに成太郎達は夕食を中断し、急いで出撃の準備に取り掛かるのだった。

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