第3話

 玄関の扉を開いて外に出ると、のどかな田舎の風景が視界に広がる。

 空は青く、よく晴れている。

 あちこちで小鳥がさえずっている。

 だがここは地上ではなく、【巨大迷宮ラビリンティア】の内部でれっきとしたダンジョンの中なのだ。


 はるか昔、もう気の遠くなるほど昔のこと。

 かつて人類は迷宮の中ではなく、普通に地上で暮らしていた。

 だがある時、魔界から魔族が地上に侵略。

 魔族は人間とは比べ物にならないほど身体能力が高く、また高い魔力で高度な魔法を駆使してくるので、人間の力ではなすすべもなく人類は敗戦を繰り返した。


 地上のほとんどを魔族に制圧され、僅かに生き残った人類は世界の中心にあった【巨大迷宮ラビリンティア】の中に逃げ込み、そこで暮らす道を選んだ。


 【巨大迷宮ラビリンティア】の内部はひとつの大陸がすっぽり収まるほど広く、どういう原理かは知らないが地上と同じように空があり、太陽に似た巨大な光の玉が東から登り、西に沈む。


 そして【巨大迷宮ラビリンティア】は無数の階層で構成されている。

 俺が前世で踏破したのは500階層。

 だがまだまだ下へと階層は続いており、どこまで続いているかはさすがの俺もわからない。


 【巨大迷宮ラビリンティア】に住むようになった人類は、迷宮の奥深くで手に入るアイテムやモンスターの素材などを利用して生活をしているわけだ。

 迷宮を探索し人々の生活を支える戦利品を取ってくることを生業にしている者達は冒険者と呼ばれ尊敬されている。


 もちろん俺も冒険者になるつもりだ。


 だが、今の俺は親の庇護下にある7歳の子供。

 ラザフォード家では、15歳になったら家督を継ぐ長男以外は強制的に家を出なければならないという決まりがある。

 逆に言えば、15歳までは嫌でも家から出られない。


 それまでは、この家でひたすら牙を砥ぐしかすることはないのだが。


 あいにくラザフォード家は辺境の弱小貴族なので、栄養のある食事をとることができない。


 そこで、俺自ら栄養源を狩ってやろうと屋敷から出てきたのだ。

 前世から引き継いだステータスを封印されているとはいえ、今の俺でも動物くらいは余裕で狩れるだろうしな。


 それに、新しく生まれ変わったこの身体の感覚を試しておきたい。

 最強職である【武王の証】を持つこの身体がどれほどのものか。


 そんなことを考えながら、俺は屋敷の近くにある森の中へと足を踏み入れる。


 森に入るなり、さっそく俺は『魔力感知』を使い周囲の気配を読み取った。

 『魔力感知』とは、その名の通り周囲の魔力の位置や大きさを感知するスキルだ。


 前世の俺なら半径50kmくらいの魔力を感知できたが、今の俺ではせいぜい10kmくらいが限界のようだ。


 だが前世の基準だと、10年くらい経験を積んだいっぱしの冒険者が、だいたいそれくらいの性能だったはずだ。

 まだ7歳の、ろくに訓練を受けていない状態でこれなのだから、やはりこの身体の潜在能力は破格なものと言えよう。


 どうやら北東の方に、いくつかの魔力が集まっているようだ。

 俺は足を早めて一気に北東へと向かった。


 するとそこには、長男のジェイナスともう一人、次男のケインがいた。

 次男のケインは俺より3つ年上の10歳で、灰色の髪をしている。


「なっ! おい! フェイ! お前何で屋敷の外にいるんだ!」


 俺の姿を見るなりいきなり顔を真っ赤にして怒鳴りちらしてくるジェイナス。


「出ちゃいかんのか?」


「当たり前だ! 『欠陥職』のお前が外をウロウロしてたら領民に見られるだろ!? ラザフォード家の恥を世間に晒すなよ!」


 まただ。

 今朝、屋敷の廊下でこいつとすれ違った時にも言われたが、『欠陥職』とはどういう意味だ?

 前世ではそのような職業はなかったはずなんだが……。


「フン! おつむの弱いお前には、いちから丁寧に教えてやらないと理解できないか」


 そう言って、ジェイナスはおもむろに俺の方を指差した。

 よくよくその指の向きをたどっていくと、どうやら俺の左腕に刻まれた『武王の証』を指しているようだ。


「そいつは『欠陥職の証』という、無能の証明さ! お前は生まれた時から落ちこぼれと決まっているんだ。そして見ろ!」


 次にジェイナスは、勝ち誇ったように自身の首のあたりを指差す。

 そこには、赤色の模様が刻まれている。


「これこそ神に選ばれし者のみが授かる『大賢者の証』だ! これでわかったろ! 自分の身の程をわきまえて行動しろ!」


「ふむ……わからん」


「何だとぉー!」


 ジェイナスは顔が沸騰しそうなほど真っ赤になって、今にも俺に掴みかかってこようとしている。


「落ち着いてジェイナス兄さん!」


 次男のケインが必死にジェイナスを宥めすかしている。

 ジェイナスはそれで振り上げていた拳をひっこめた。


「フン! くそ! とにかく、お前は今すぐ屋敷に戻って大人しくしてろ!」


 そう言ってジェイナスはケインを連れて、森の奥へと歩いていった。


 ジェイナスからああ言われたが、もちろん俺は帰るつもりはない。

 このまま狩りを続行する。


 それにしても、ジェイナスの首のあたりに刻まれていた模様。

 あれは『一般職』のひとつ、『魔法士の証』だった。

 【魔法士】とは魔法系の職業ではもっとも下位のハズレ職業だったはずだが、いつから『大賢者の証』などという大仰な名前になったんだ。

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