第41話 紺、黒幕と相対す(後編)

「誰だ!」

「何だ、こいつっ、どこから来たんだ!?」

「よく見ろ、例の化け狐だ!」


 中年や若い男達によって形成された集団は、各自の手にナイフやバットを持っていた。目は興奮で血走り、衣服には返り血らしきものが付着している。突然現れた紺を警戒して取り囲み、武器を構えた。

 家の門の前には、スーツを着た若い男達一〇人が、血だらけで倒れているのが見える。胸を刺された者や、頭から血を流している者などがいるようだが、それぞれの息がまだあるかまでは分からない。おそらく、彼らは全員、神柱護衛官であろう。


「あら、もう来ちゃったのね。できることなら、あなたにだけは見つかりたくなかったけれど」


 家の玄関から現れたのは、若い女と、フードを被った子どもらしき人物。さらに、二人に捕らえられた結衣と大和が、怯えた表情を浮かべながら出てきた。

若い女の方には紺も面識がある。それゆえに、この場にいるのは意外だった。


「道内の嬢ではないか。お主も礼賛神徒であったとはのう」

「ええ、建宮さん。こういう形で会いたくはなかったわ。あなたの力はあまりに強大すぎるもの」


 女――芹那は、拳銃の銃口を傍らの結衣の背中に構えている。その顔には落ち着いた笑みが浮かべられているが、おそらく取り繕った演技だろう。その証拠に、美しいソプラノの声は硬さが混じっている。


「紺さんっ!」

「キュイッ!」


 両手を背中に回され、動きを制限された結衣が、紺の名を悲痛な声で呼ぶ。その傍らには、大和が大きなケージに押し込まれ、フードの子どもの腕に抱えられていた。


 紺は、二人に視線を向けながら、芹那に冷静な声で問いかける。


「礼賛神徒が、その二人を連れてどこに行く?」

「行き先はさすがに秘密よ。ただ、この二人には利用価値がある」

「言い当ててみせようか? ここで二人を殺したところで、『霊脈の鍵』が自然に開くには、二、三日かかる。そこで、二人を使って『鍵』を開けさせ、時間を短縮するつもりなんじゃろ? それを拒まれたら、殺せばいいだけの話じゃからな」

「さすが、伊達に長く生きていないわね。こちらの考えはお見通しってわけ? 気に入らないわ、そういう見下した態度は。神様っていうのは皆、似たような連中ばかりで吐き気がする」


 芹那はそう言いながら、忌々しげに口の端をつり上げる。

 紺は眼前の神柱護衛官の本性を無視したが、先程の「もう来ちゃった」という言葉には引っかかる。


「どうやら、ワシはお主らに警戒されておったようじゃな。今日一日、見張られておったのか」

「ええ。あなたはこの街で最も危険な人だもの。『あなたが家を出た』って連絡がさっき仲間から来て、まだ一分ちょっとしか経っていないのに。もう少しゆっくりしてくれても良かったのよ? 大方、この子が助けを呼んだんでしょう?」


 芹那が、結衣の長い黒髪を右手で撫でる。結衣は愛らしい円な目に大粒の涙を溜め、顔を恐怖で蒼白に染めた。

 紺は木の葉の形をした二本の尾を逆立て、ワンピースの裾を揺らめかせる。


「二人を解放せよ」

「お断りよ。あなたの都合に合わせる義務はないわ」


 紺と芹那が睨み合っていると、紺を取り囲む礼賛神徒達が殺気立った。


「道内、無駄話はやめろ。要は、この化け物を殺せばいいだけの話だろうが!」

「そうだそうだ!」


 一人が叫ぶと、他の者達も賛同の声を上げた。手に持った凶器を構え、五〇人近くの男達が一気に紺に襲い掛かる。

 それを冷徹な目で一瞥した紺は、一言。


「――逝ね」


 同時に紺の全身から迸る、濃厚な漆黒の妖気。無数の鋭い刃と化した妖気は、彼女を中心として周囲に一斉発射される。武器を振りかざした礼賛神徒達の身体を、鎌鼬のように切り刻んでいく。


「ぐあぁっ!?」


 礼賛神徒の男達の悲鳴が、夜の鎮守の森へ多重に木霊する。彼らの顔や身体中が薄く斬られ、傷口から鮮血が溢れた。紺としては命までは奪わぬよう手加減をしたが、多少の苦痛は受け取ってもらう。さらに、妖気が縄に形を変え、男達の身体を縛り上げていく。一瞬のうちに礼賛神徒の集団は無力化された。


 その中で、紺の正面にいる芹那は無傷だった。


「ジャマ」


 大和の入ったケージをその場に放り捨て、フードの子どもが芹那達を庇う形で一歩前に出た。妖気の刃を弾き飛ばす、発達した両手の爪。それでも全てを捌くことはできなかったようで、ズタズタになったフードが頭から外れる。中から現したのは、異常に右目の大きな少女の顔だ。


 それを見た紺は、すぐに少女の正体に感づいた。


「ほう。その娘は半神……いや、神の力を取り込んではおるが、真っ当な半神ではないな」

「ご明察。この子はヒスイといってね。国の研究で龍神の遺伝子の一部を埋め込まれた実験体よ。研究所から逃げ出したところで、私達が拾ったの」


 芹那の説明を聞いて、紺は昨日宗像家を訪れた須藤の顔を思い出す。全くもって、ろくでもないことしかしない連中だ、と胸中で毒づいた。

 無力化するのが少々難しい相手のようだが、下手に紺が本気を出せば、結衣と大和が巻き添えを喰らいかねない。手加減の難しい状況に、紺は苛立ちを顔に滲ませる。


「これならばどうじゃ」


 紺は、妖気の塊を鋭利な錐状に変え、ヒスイという名の少女に向けて射出する。妖気がドリルのように回転しながら正面に襲いかかった。


 対するヒスイは、圧縮された妖気を避けようとしない。彼女がその場から逃げれば、すぐ後ろに控える芹那(と結衣)が攻撃されると判断したのだろう。はたき落とそうする大きな爪。が、妖気の勢いを殺すことはできず、妖気の先端が右手の甲を貫いた。


「ガァァァッ!」


 獣じみた声をあげ、ヒスイが右手を抑える。逆上して紺に飛びかかろうとしたところで、芹那が制止した。


「ヒスイ、やめなさい。あなたでは、彼女に勝てないわ。相手が悪すぎる」

「かといって、その目からして、大人しく投降するとは思えんな。人質を盾にして逃げるつもりかえ?」


 紺が注意を怠らず、芹那を鋭い視線で射抜く。

 その迫力に圧された様子の芹那だったが、すぐに薄ら笑いを貼り直した。何かを決断したことだけは、紺にも分かる。


「ええ、こうしてね」


 重い金属的な衝撃音が二度、神社内に響く。

 結衣の薄い胸の部分が真っ赤に滲んでいき、彼女は悲鳴を漏らすことなくその場に倒れ伏す。そのすぐ後ろでは、芹那の人差し指が拳銃の引き金を引いていた。

 紺は豊かな金の髪を逆立て、声に殺気を漲らせる。


「貴様ぁっ!」


 激高した紺の妖気が、機関銃の弾のようになって芹那に降り注ぐ。

 その動きを読んでいたのだろう、芹那は大和の入ったケージを抱え、その彼女をヒスイが抱きかかえた。ヒスイは妖気の猛攻をかろうじて避け、その場から飛び跳ねて逃げる。


(分身は生み出すのに時間がかかる。どちらを優先する!?)


 紺は彼女達を追うか一瞬迷った後、結衣のもとに駆け寄ることを選択した。すぐに治癒に取り掛かろうとする。

 その背中に、芹那の嘲笑が突き刺さった。


「そうそう。ここに来る前に、真之君と一緒だったのだけれどね? 彼もこの手で始末したわ」

「なっ!」

「その子と、最愛の息子。あなたはどちらの死を看取るのを優先するのかしら? ふふふ、あはははっ!」


 紺の慌てふためく様子を見るのが、楽しくて仕方がない。そう言いたげな笑い声は、森の中へと消えていった。

 それと入れ替わる形で、警察の増援がようやく到着する。


「紺殿っ、これは一体!?」


 惨状を見て血相を変える警官達の都合など、紺は知ったことではなかった。虫の息となった結衣に妖気を注ぎ込んで治癒しながら、警官を怒鳴りつける。


「真之がどこにいるか、お主らは知っておるか!?」

「え、ええ、それについてですが。建宮巡査が先程、バッティングセンターで何者かに襲われたようです。現在は意識不明の重体で、救急車を呼んでおります」

「救急車に乗せたら、早うこちらに運んでくるのじゃ!」

「で、ですが、一刻を争う状態なのです!」


 噛み合わない会話に、苛立つ紺は憤激を美貌に走らせる。


「いいから、早う連れてこい!」

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