第22話 半神と神柱護衛官(前編)

 一〇年前の霊災において、怨霊を封じ込めるため、神々は命を削って戦った。その勇壮な姿を目の当たりにした人々は、神が言い伝えやおとぎ話の類ではなく、現実に存在するのだと思い知らされたのである。同時に、霊災が日本国内のどこにでも起こりうるのではないか、という警告となった。


 神には、龍神のように強大な力を持った者もいるが、人間並みあるいは人間よりも脆弱な神の方が圧倒的に多い。一〇年前の怨霊の暴走をきっかけに、『ある理由から』政府は神の多くを保護対象と認定。次の霊災に備え、積極的に保護、警護する方針を取った。といっても、国内には何千何万もの神々が存在し(政府の調査で確認されているだけでも)、その全てを護衛することは不可能だ。そこで、神々にAからDのランクづけをし、神が生息する場所の『重要度』などを踏まえ、警護のレベルを調節している。一日数回の見回りで済まされる神から、常につきっきりで護衛を必要とする神まで、と様々だった。


 そのために働くのが神柱護衛官だ。近年になって警察庁内に新設された組織であり、神々を護衛する警察官だった。各都道府県警察に属する刑事課、警備課、生活安全課等の部署に勤務している警察官の中から選抜される。


 真之自身、高校卒業後すぐに警察学校に入り、その後はしばらく生活安全課に所属していた。そこでの仕事ぶりを上の者達に評価され、この春に神柱護衛官への推薦をもらったのである。半年の厳しい訓練を乗り越え、今日からこの家に派遣されてきた。


「本当にっ、ごめんなさい!」


 玄関での騒ぎが終わった後、結衣は平謝りをすると共に、真之に向かって土下座をした。

 真之が案内されたリビングの真ん中にはテーブルが置かれ、そのすぐ前には大きなソファが備えられている。あとは、正面の壁に薄型テレビが設置されているほかに、目立った調度品が見当たらない。少々、殺風景ともいえる空間だ。


「お顔を上げて下さい」

「ううんっ、私達をこれから守ってくれる人に、あんな失礼なことをするなんて! 死んだお父さんとお母さん、お祖父ちゃんに合わせる顔がないよっ!」


 真之がいくら促しても、結衣は平謝りをして顔を上げようとしない。傍らの大和も申し訳無さそうに項垂れている。彼女達の正面に立つ真之が説教、あるいは脅迫をしている図に、第三者からは見えるだろう。


「ほら、大和も謝って」

「キュゥ~……」


 大和は、真之と目を合わせない。時折、彼の顔をチラリと見ようとするのだが、すぐに視線を逸してしまう。どうやら、すっかり苦手意識が植え付けられ、「怖い」という感情が先に出てしまうようだ。気の小さい性格は幼いころから変わらないらしい。


 真之は、腹の底から響く禍々しい声を、出来る限り柔らかくほぐす。


「本当にお気になさらないで下さい。それに、こうしていても、時間が過ぎていくだけですし」

「……はぁい」


 真之の説得に、結衣はようやく土下座の構えを解いた。といっても、正座は崩していないが。


「改めて、自己紹介をさせていただけますか。自分は、建宮真之と申します」

「あ、お名前は聞いてるよっ。紺さんの息子さんだよね? 前に、一度会ったことがあるみたいだけど」


 結衣の言葉に、真之は意外だとばかりに眉根を上げる。


「覚えておいでなのですか」

「うーん、ごめんなさい。そのときは私達がまだ三歳だったらしいから、記憶にないの」

「いえ、仕方がありませんよ」


 双子がまだ物心つくかどうか、という年齢だったのだ。しかも会ったのは一度きりなのに、覚えているはずがない。


「紺――義母とは、今でもお会いになっているそうですね」

「うんっ。週に二、三回くらいかな。家に来てくれて、料理を教えてくれるんだよ」

「へえ……」


 真之は、家事を学ぶ少女に対して素直に感心する。確かに、紺は料理上手なので、師とするには申し分ない。性格には色々と難があるが。

 結衣は、エプロン越しに薄く膨らんだ胸の前で、手を合わせながら嬉しそうに言う。


「真之さんのお話は、紺さんからよーく聞かせてもらってるよ。自慢の息子だって」

「……義母の説明は、話半分に聞いておいて下さい」

「どうしてー。すっごくいい話ばっかりなのに」


 褒められれば褒められるほど、真之の胸の内から羞恥心が湧き上がってくる。これも全て、紺のせいだと決めつけた。


 結衣は、ハキハキとした口調と共に、快活な笑みを浮かべる。その天真爛漫な人懐っこさが、人間関係で奥手な真之には眩しく感じられた。


「あ、今度は私の自己紹介の番だね。知ってると思うけど、私、宗像結衣っ。こっちは、双子の弟の大和だよ」

「キュイ」

「こぉら、人見知りしていないの」


 結衣に言われ、大和は真之を見上げながら、おずおずと頭を軽く下げた。


「双子っていっても、全然似ていないでしょ? 大和はお父さんによく似てるし」


 結衣はそう笑い、大和を膝の上に乗せる。確かに、結衣は二本の角を除けば、人と同じ外見だ。それに対して、大和は小さな竜そのものだった。それでも二人は正真正銘、双子の姉弟として共にこの世に生を受けた。


「失礼ですが、お二人はお父上との思い出は?」

「お父さんは、小さいころに死んじゃったから、あまり記憶にないの。それでも、この家よりも大きな身体と、低くて優しい声は覚えてるなあ」


 真之の問いかけに対し、結衣は懐かしむように円な目を細めた。


「本当は、お父さんがお母さんをどう口説いたか、とか聞きたかったんだけどね? お祖父ちゃんに聞いても、教えてくれなかったし」


 結衣は桃色の舌を可愛らしく出して、茶目っ気たっぷりに笑った。


 二人の父、龍神は一〇年前の霊災で命を落とした。母方は代々、白鱗神社を守る家系であり、祖父が神主を任されていたのだという。だが、母は五年前、祖父は今年の四月にそれぞれ病死した――と、真之が事前に受け取った資料に記されていた。今の双子は、保護者のいないこの家に二人きりで住んでいるのだ。


「お母さんと祖父ちゃんが死んじゃって、大和と二人きりになっちゃったけど……護衛官の人達や紺さんが心配してくれるし、それに他の神様達が遊びに来てくれるんだー」


 結衣と大和は、保護重要度ではAランク。この志堂市に生息する神の中では、最も重要度が高い存在(半神だが)と位置づけられている。ゆえに二四時間、交代で常に五人の護衛官を配置していた。以前住んでいたのは和式の古い家だが、警護をしやすいようにと国の手配でこの家が建てられたそうだ。セキュリティーシステムも整えられており、家の周囲や神社内にいくつも配置された監視カメラからは、リアルタイムで地元の警察署へと映像が送られている。


「真之さん、今日からよろしくねっ!」


 そう言って結衣は、日向のような笑顔と共に、小さな手を差し出してきた。護衛対象と軽々しく握手をするなど、警察官としてのプロ意識に関わる。もしも上司に知られれば、説教を食らうこと間違いなしだ。真之は一瞬迷ったが、熊の前足のごとき大きな手で優しく握り返し、冷淡ささえ感じられる声を返す。


「こちらこそ、よろしくお願い致します」

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