第3話 凡人、神獣に勝手に決められる

「――――話を聞いておるのか?」


 神狼様の声に我に返る。いけない。話の途中だった。


「すみません。貴女方が神話に出てくる神獣であったことに驚きまして」

「……邪龍の話かの?」

「そうです」

「……そうか。ちなみにどのように伝えられているのじゃ?」

「大まかに言いますと『世界を破壊しようとした邪龍ティアマトを神獣が勝利、封印し、今も守っている』という話です」

「……そうか。ありがとう。次に進もう。どうしてあんなところにおったのじゃ?」


 僕は話した。村の風習で狩猟をしたこと。途中で狼の群れに襲われたこと。仲間とはぐれ、崖の上まで逃げたこと。そこで戦い、最後は狼の突撃を受けて気を失ったこと。一度気が付いた時は既に崖下で、身体を動かすことができず、猛烈な痛みで再び気を失ったこと。その次に気が付いた時は治療後だったこと。詳細に話した。


「なるほどねぇ……」


 神人様が呟く。見ると全員が目を瞑って聞いていたようだ。


「あの……それで、僕はこれからどうすれば……? 出来れば村に帰りたいんですが」

「むぅ……普通はそうよな……」


 神狼様が唸る。僕は早く帰って無事を知らせたい。


「少し待っておれ」


 神狼様が皆を連れて部屋を出て行った。待てと言われたので僕は部屋に残る。



◇◇◇◇◇



「主らはどうしたい?」


 別室に入って早々に神狼が私達に問いかけた。


「どうするって、何をよ?」

「勿論、あの人間のことだ。私はあやつを、レイを鍛えたく思う」


 彼女の言葉に正気を疑った。


「あなた、正気なの?」

「無論じゃ。初めは私もすぐに送り返そうとは思ったが、奴の生に対する貪欲さ、それでいて他人を思いやる謙虚さ。アレを早々に死なせとうない」


 言いたいことはわかる。アレは弱いが、話を聞いた限りではなかなか骨があるようだ。


「私は鍛えるよ~! せっかく治したのにすぐ死なれたら困るもん。それなりに貴重な薬草使ったから」

「我も鍛えることに関しては異論無いのである」

「私も異論無いわ。神鳥が何を懸念しているのかわからないけれど、大丈夫じゃない?」

「むしろ、人間のことを知る良い機会じゃないっすか?」


 神霊、神龍、神人、神蛇は賛成らしい。


「神竜はどうなの?」

「……どっちでもいい。ただ、人間の食べ物には興味ある」


 神竜は中立――――食べ物目当てであるから賛成寄りか?


「……わかったわよ。やるからには徹底的にやるわよ」


 私以外がやる気だ。止められないわ、これは。なら、しっかりとやるしかないわ。私たちが鍛えたっていうのにあっさりと死なれたら困るもの。


「全員で鍛えることで異論はないな?」


 神狼は立ち上がり、部屋を出る。あの人間がどこまで耐えられるか見物ね。



◇◇◇◇◇



「待たせたのぅ」


 十分ほどで神獣様が戻ってきた。何か話し合っていたのだろう、それぞれの目つきが出る前と違っていた。


「さて、先ほどお主が問うた問いに答えよう。私らは、主を鍛えることにした」

「……え?」


 神狼様は今なんて言った? 鍛える? 僕を? どうして?


「何故でしょうか? 確かに僕は弱いですが、神獣様が僕を鍛える理由がわかりません」


 そう聞くと、神狼様は背後を見やり、微笑みながら答えた。


「私らの気紛れよ。ただ、せっかく助けた人間がそう簡単に死なれては、私らが助けた意味が無いからのぅ」

「私たちが誰かを鍛えるのはたぶん最初で最後でしょうから、あなたには頑張ってもらわないとね」

「貴重な薬草を使ってまで助けたんだから、その恩に報いなさい!」

「やるからには徹底的にやるわ。覚悟なさい」


 皆さんもやる気のようだ。鍛えてくれるのはうれしいが、僕は村に帰りたいのだ。


「じゃあ、村に帰るのは……」

「当分先じゃろう。彼らが満足しなければ、ここから出してはもらえんじゃろうし」

「そんな……」


 今のままでは村には帰れない。帰るには神獣様の修行で及第点を取らないといけないらしい。一体どれだけの時間がかかるだろう。


「……それと、料理もお願い。人間の料理に興味があった。食べてみたい」

「……わかりました。よろしくお願いします」


 逃げ道はない。


 自分でも強くならないといけないとは思っていた。皆さんが言う通り、こんな機会は後先考えてもないだろう。母さんや父さん、妹のエリには悪いけれど、ここで強くなろう。

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