第28話 読書週間

 次の日の朝、美来はいつも通り元気いっぱいだった。朝会うなり、俺の背中を思いっきり叩いて、ニシシと歯を見せて笑うくらいに。


 やっぱり、昨日俺が感じだ違和感は気のせいだったのかもしれない。


 と、席につきながら一人安心していると、春輝が横の席に座った。


「どした? 変なため息ついて」


「え? あぁ、いや。美来の様子が気になってさ」


「美来? 何かあったのか?」


「んー、何というか……説明しにくいんだけど……。多分、昨日の昼のこと気にしてるのかなー?」


 そう言うと、春輝は顎に手を添えて、難しい顔を見せる。


「そっか。まあ、俺の言い方がよくなかったかもな。後で声かけとく」


 そう言って、春輝は美来の元に歩いていった。春輝が笑みを見せれば、嬉しそうに笑う美来。


 やっぱり大丈夫みたいだ。


 そして、やってきた昼休憩。今日は九条さんも交えて、四人で食べることに。昨日とは違って、美来は変なことを言うことなく、笑顔を向けてくれた。


 それから食事をしながら、会話を楽しむのだが、その途中、ふと気になることが浮かんだ。


「そういえば春輝、昨日は何してたんだ?」


「ん、まあ。呼び出し」


 答えたくないのか、春輝はぼやかす様な言い方をする。すると、美来が目線を春輝に向けた。


「女子?」


「まあ」


「そっか」


 流れる沈黙。何となくだが、振っちゃいけない話題だったような気がする。話題を変えねば……。そう焦っていると、五美がやってきて、大きな声を出す。


「七瀬の話か! 昨日見たぞ〜。二年のギャルっぽい人だよな! いいよなぁ。てか、断ったらしいな!」


 すると、春輝は顔だけを五美に向けて「まあ」と気の無い返事をした。しかし五美の追撃は止まらない。


「いやーしかし、何で断っかなー。俺だったら、即答なんだがな。もしや七瀬、好きな奴でもいるのか?」


 そう五美が質問を投げると、美来は少し目を細める。そして、会話を遮るように大きな声で話し始めた。


「てかさー、今日から読書週間じゃん? みんな読む本とか決めたの?」


 そうだった。そういえば今日から読書週間じゃん。昨日、九条さんとそういう話してたのに、何も用意していない。


「決めてないわ……」


 項垂れながらそう言うと、九条さんが机に両手をついた。


「それじゃあ、今日の放課後、みんなで図書室行こっ!」


「おお! 俺も行くー!」


 便乗する五美。美来と春輝も頷いてくれた。俺も大きく頷いた。


 そしてやってきた放課後。春輝と美来、そして五美と共に廊下に出ると、九条さんと、如月さんが待っていた。


「あれ、如月さんも図書室に?」


「そうよ。あたしも読む本決めてないし。それに何か怪しい奴いるし」


 そう言って如月さんは薄めた目を五美に向けた。五美は気の抜けたデレデレとした顔をしている。


 気付けば六人という、中々の人数。あまり横に広がらないように廊下を進んで行く。先頭は春輝と美来、その後ろには九条さんと如月さん。そしてその後ろは、俺と五美。


 雑談をしながら歩いていると、五美が考え込むような顔をする。


「なあ、桐崎。九条さんと如月さんのツーショット、美しいよな」


 何を言いだすかと思えば。


「ま、まあ」


 と、苦笑いをすると、五美の目が薄くなる。そして、顔をグイッと俺の方に近づけてきた。


「しかし、ツーショットといえば……。桐崎、最近九条さんとよく一緒にいるよな。もしかして……」


 そう言えば、五美には九条さんと付き合っていることを言ってなかったな。言った方がいいのか? しかし、五美に言ってしまったら瞬く間に校内に噂が飛んでしまいそうだ。


 んー。しかし隠し事は良くないよな。よし、しっかり釘を刺しておけば大丈夫だろう。


「その……実は……。俺と九条さん、付き合ってるんだ」


 小声で言ってみた。すると、五美は聞こえなかったのか、表情を変えずに固まってしまった。


 あれ? 声小さすぎたか。


 首を傾げながら、目線を上げてみる。すると、五美の好感度が85から80に下がった。


 えっ?! どゆこと?!


 すると、涙目になった五美が大声で話し始める。


「ふざけるなーっ! えっ? 冗談だよな? 笑えないぞっ!」


「い、五美。落ち着けよ」


 前の四人が何事かと振り返り、足を止める。しかし、五美の暴走は止まらない。俺の襟を掴んで揺さぶり始めた。


「何をしたんだ?! 黒魔術か?! 催眠術か?!」


「い、いや、そんな変なことしてないよ」


 と、言ってみるが、五美は聞く耳持たず。すると、美来の手が五美の腕を掴んだ。


「うっさい! 何話してたか知らないけど、冬馬が困ってんでしょ!」


 美来が怒った表情を五美に向ける。すると、五美は薄めた目を美来に向けた。そして、ゆっくりと腕を下ろす。


「本当、浅宮って口悪いよな。そんなんじゃモテないぞ。四天王の方々の様に、余裕持てよ」


 その言葉に美来の目つきが鋭くなる。そして、食いしばった歯を見せると、サッと振り返った。


「帰る」


 スタスタと廊下を走っていく美来。すると、焦ったような表情をした春輝が、美来を追いかけていった。俺は、その場に立ち尽くしてしまった。重くなる空気。すると、如月さんがため息を一つついた。


「はぁ……。あたしも帰るわ。桃華、行こっ」


「う、うん。桐崎くん、またね」


 気まずそうな作り笑顔。俺も笑顔を作って手を振った。静かな時間が流れる。すると、五美もため息をついた。


「悪い。ついカッとなって。浅宮を傷付けちゃったな」


「うん……。ま、まあ。美来も言い方キツイけどさ。なんていうか、昔からそうなんだ。別に人をけなそうとか、そういう訳じゃなくて。俺と春輝を守るためっていうか」


 思い出す。小さ頃の春輝は体が弱くて、ガキ大将によくいじられてた。俺もたいして強くなかったから、春輝を庇おうにも、まとめてコテンパンにされたりした。それを見た美来は、女の子なのに果敢にガキ大将に挑んで、俺達を守ってくれてたんだ。


 俺達よりもよっぽど男気があるんだよな。


 と、物思いに耽っていると、五美が頬を二回叩いた。


「俺、謝りに行くよ。桐崎、本当、今日は悪いな。折角、みんなで本借りる予定だったのに」


「大丈夫。明日借りにいっても間に合うよ」


「だな。そんじゃ、またな!」


「うん、またな」


 廊下を走って行く五美の背中を見つめる。俺も美来が心配だ。美来の元へ行こう。

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