第6話 先達に教えを乞おう


 朝だ。

 いや、ちゃんと寝た。

 確か三時を回ったころだった。


「先輩、欠伸」

「ああ、すまん」


 岬から注意されてしまった。

 今日は久しぶりに、二人で外回りをしているところだ。


 電車がいい感じに揺れる。

 やばい、意識を持っていかれそう。


「最近、ずっとですね。どうしたんですか?」

「やっぱり、この歳じゃ寝不足はきついな」

「ふうん。なにしてたんです?」

「ああ、いや。ちょっと、遅くまでゲームのこと調べて……」


 岬の表情が曇った。


「……もしかして、昨日の用事ってゲームですか?」


 あっ。

 彼女の食事の誘いを蹴っていたのを忘れていた。


「い、いや、そんなわけ、ない、ぞ?」


 岬が下から覗き込んでくる。


「んー?」

「あー、その、あれだ。用事のほうは他にあって、それはもう忙しかったんだけど、それからゲームをな。気晴らしにな。そしたら遅くなって……」


 じーっと、見つめられる。


 はっきり言おう。

 おれの嘘が岬に通じたことはない。


「……すまん」


 てっきり不機嫌になるかと思ったが、くつくつと笑っている。


「なんだ。そんなことだったんですか」

「あれ。怒らないのか?」

「いいえ。なんか、逆に安心しました」


 ……あまり誠実な答えじゃなかったはずだが。


「どうして?」

「いえ、わたし、てっきり……」


 と言いかけて、はたと口ごもる。


「な、なんでもないです。ところで、そんなにおもしろいゲームですか?」

「なんでも、村を開拓していくらしい」

「らしい?」

「まだ始めたばかりで、よくわからん。なにもない草原を開墾している」

「ああ。そういうの、わたしもやったことありますよ」

「そうなのか?」

「ええ。苗とか肥料とかを買っておくと、時間が経ったころに実るんですよね。それを収穫して、市場で売って、それで苗を買って……。大学の講義とかの合間にできるからいいんですよね。卒業してからは、ぜんぜんしてませんけど」

「……なるほど」


 あの畑ができたら、そんなことも可能なのだろうか。

 なんだか楽しみな気がする。


 しかし、まず畑ができなければどうしようもない。


「先輩。今日もそのゲームで忙しい感じですか?」

「いや、そのための準備をしようと思っていた」

「ええ……。先輩、牧場ゲーム経験者から言わせてもらうと、あまり課金はお勧めしませんよ。ああいうのは、ゆっくり時間をかけてやるからおもしろいんです」

「そう言うな。あの調子だと、おれが死ぬまでに村が完成しない」

「うわあ。先輩、それ課金ゲーじゃないですか。他にも無課金でできるのありますよ」


 課金? 無課金?

 よくわからないが、金をとることを前提としたゲームということか。

 ゲームなんだから、金をとって当然だと思うのだが。


「まあ、どうせすぐ飽きるから」

「借金とか洒落になりませんからね。ちょっと変だと思ったら、わたし、力づくで止めますよ」

「ああ。そうしてくれ」


 おれは苦笑した。

 まさか、一回りも年下の子に心配されるとは。


「ところで、準備ってなんですか?」

「ああ、開墾のために用意しようと思っているものがあってな」

「リアルで、ですか? 追加コンテンツとか?」

「よくわからんが、まあ、そんなところだ」

「じゃあ、わたしもご一緒していいですか?」

「え? いいけど、おもしろいものじゃないぞ」

「そんなに先輩がハマるゲームなら、ちょっと興味あります」


 ふうん。

 岬はアクティブなほうだし、ゲームなど興味ないと思っていたが。


「じゃあ、先達に教えを乞おう」

「お任せください」


 おれたちは仕事を終えると、いっしょに駅前に向かった。


「先輩。家電量販店、こっちですよ?」

「いや、こっちだ」


 ホームセンターに入ると、岬が訝しげに聞く。


「……ゲームですよね?」

「ああ、ゲームだ」


 園芸用品コーナーで、目当てのものを物色する。


 あった、あった。


 おれは小型のツルハシを手にすると、岬に見せた。


「これを買って、ゲームするんだぞ」

「先輩、意味わかんないんですけど!?」


 ……あれ?

 なにか違ったのだろうか。

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