第19話以仁王、時空を超越して平家から逃れる

 時刻は丑三うしみつ時。

ピーヒョロロ♪

以仁王もちひとおうが自慢の笛を奏でていると、

「うるせえ!今何時だと思ってんだ!」

という怒鳴り声と、コンクリートの壁をドンドンたたく音がした。

「はあ、まろは何でこんなに窮屈な時代にぶっ飛ばされてきたのかのう。」

と未だに一人称が「まろ」のままの以仁王は

ため息をついた。壁にかかっているカレンダーは

2000年の8月になっている。

「まあ、謀反人として首をはねられるよりはましか。」

とロングヘアをちょんまげスタイルにした以仁王は

ため息をつきながら笛をしまい込んだ。

 もう思い出したくもないのに、人生を大きく狂わせた

800年以上前の記憶が以仁王の頭によみがえってきた

 治承じしょう4年(1180)4月、以仁王は源頼政みなもとのよりまさのすすめにより、

諸国の源氏に平家打倒のための武装蜂起ぶそうほうきをよびかける

令旨りょうじ(皇族の出す命令)を出した。

しかし事前に反乱計画が漏れてしまい、

5月15日の夜に以仁王は検非違使けびいしに捕らえられそうになった。

しかし頼政の子、兼綱かねつなが追手のメンバーの一人だったため、

事前に脱出することができたのである。誰だったか忘れたが

「宮様、女装してお逃げになられてはいかがでしょうか。」

と提案された以仁王は化粧して女房の着物を借りて着ると、

市女笠いちめがさをかぶった。華奢な体で背が低い

以仁王の体に女ものの着物がぴったり合った。

「よくお似合いですよ。なよなよしてお美しいですなあ。」

などとおだてられて悪い気はしない。

「おっと、これを忘れていた。」

と言いながら、以仁王は付けひげを外してポイと投げ捨てた。

「ええっ、そのひげ、偽物だったのですか!」

とその場にいた面々は驚いたが、

「なぜか昔から生えない体質でのう。」

と言って以仁王はおどけてみせたが、

次の瞬間、背筋を伸ばし、きりりと引き締まった表情になり、

「まろは身を捨てる覚悟で平家に全力で立ち向かい、

 囚われの身の父上を救い出すつもりだ。

 皆の者、まろについてきてくれるか。」

と源頼政をはじめとする一堂に語り掛けた。

「我々が命がけでお守りいたします。」

と80歳を超えても堂々たる押し出しの

頼政は身をかがめて答えた。

その声には真心がこもっていた。

 御所を逃げ出した後、園城寺おんじょうじ

かくまわれていた以仁王だったが、延暦寺えんりゃくじの協力が得られず形勢が不利になり、

そこにも居られなくなってしまった。

 5月25日夜、興福寺こうふくじを頼って逃げる途中、以仁王は

光明山こうみょうさん鳥居の前で追手に追いつかれてしまった。

虚弱な体質で、特権階級の生活にありがちな

運動不足のため体力がない以仁王には乗馬での逃走は過酷であった。

必死で逃げたが、とうとう背後で

「お命ちょうだいいたす!」

という叫び声がして、武士の集団が刀を抜いて王に向かってきた。

「もうおしまいだ。」

と恐怖で震える以仁王の前に突如現れた

小柄な侍が馬に乗って追手の前に立ちはだかり、

「ここはわたしにおまかせを。」

というと、目にもとまらぬ速さで敵を全員なぎ倒した。

「わたしの後ろにお乗りください。」

と言われるまま、以仁王はなぞの侍の馬に乗り替えたが、

また別な集団が追いかけてきた。

 すると少しも慌てずに侍は敵の馬の足元に

丸い筒を投げつけた。あたりは煙で見えなくなり、

その間に2人の乗った馬は風のように走り去った。

 このやたら強い侍は何者だろうかと首をかしげていると、

「お怪我はありませんか。」

と尋ねる声が女性だったので以仁王は驚いてしまった。

「おなごの身でなぜかように強いのか。」

という問いに女は笑って答えなかった。

やがて、馬は急加速し、ざぶんと川に飛び込むと、跡形もなく消えてしまった。

あたりに水音と以仁王の悲鳴があたりにこだましたがやがて静かになった。



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