第12話定家の姉、竜寿御前

 定家少年の姉、竜寿は弟に似ず、かわいらしく、

才気煥発で機転が利く少女だったので、

式子内親王のそば近くに仕えるように

なるとたちまち女主人の心をつかんで気に入られた。

「末の妹の休子が生きていたら、この竜寿のような

 利発で姿もかわいらしいおなごになっていたであろうか。」

と式子内親王はふと思った。

 式子内親王が賀茂の斎院を

退下して二年後に休子内親王は病により嘉応三年(1171年)にわずか15年の

短い生涯を終えていた。

 式子内親王のすぐ上の姉の好子内親王は

伊勢斎宮の任を終えて帰京する途中、物資が不足してしまい、

窮乏をきわめたためにその旅路は苦難の連続であったという。

そのため好子内親王は体をすっかり壊して病みついてしまったのであった。

そんな体が弱っている好子内親王ではなく、甥の六条天皇が位を退いたため、

伊勢への群行もしないまま運よく斎宮の任を終えることができた

休子内親王が若くして死んでしまったのは

なんという運命のいたずらであろうか。休子内親王の死と時期を同じくして、

二条天皇の皇女で前賀茂の斎院である、僐子内親王も12歳で薨去していた。

 竜寿を見ると、式子内親王は時々休子を思い出すのであった。

2人は赤の他人なので顔かたちがそれほど似ているわけでもなかった。

おそらく妹が他界したときの年齢に今の竜寿が近いからかもしれなかった。

「そなたを見ていると、不思議と亡き妹を思い出して懐かしくなる。」

と式子内親王はつれづれに竜寿に声をかけた。

「もったいなきお言葉ありがとうございます。

 姫宮様の妹の宮様なら、さぞかしおきれいな方でしょうに、

 わたくしなど及びもつかないことでしょう。」

と竜寿は謙遜したが、満更でもなかった。

「一緒に育てられたので、ずいぶん大きくなるまで気づかなかったが、

 実はあの子はわたしと母が違っていて顔はあまり似ていなかったのよ。

 でも同じ母を持つ姉宮たちよりもわたしと馬が合って

 姉妹の中では一番好きじゃった。せっかくまた一緒に

 暮らせるようになった途端に死んでしまい、残念じゃ。」

と式子内親王は言ったので、

「なんだ、似てないのか。」

と竜寿はがっかりした。

 ところで定家少年はというと、姉に会うという口実で

せっせと式子内親王の御所に出入りしてはすきをうかがっていた。

忙しいのか、それとも弟を避けているのか、今日は呼んでも

なかなか竜寿は出てこなかった。だいぶ待たされてから現れた姉に

定家少年は喜色満面の笑みを浮かべた。

「おねえさまあ~。また来ましたよ。いいなあ、おねえさまは

 姫宮様のおそばにいて一緒に暮らすことができて。ぼく、

 おねえさまみたいに女の子に生まれればよかった。

 そうしたら、堂々と姫宮さまと仲良くなれたのに。」

と定家少年が甘えた口調で言ったので竜寿はあきれた。

「なにを言っているの。あんたなんか、顔もかわいくないし、

 気が利かないからたいして気に入られないでしょうよ。」

と竜寿はズバズバと言ってのけた。

「宮仕えは気苦労が多くて大変なのに、この子は女同士で笑って

 おしゃべりしているだけだとでも思っているのかしら。」

と竜寿はため息をついた。

「ねえ、ぼくのこと何か言っていなかった?」

と定家少年は言ったが、

「一介の女房の弟の話なんか雲の上の人にしても興味ないでしょうよ。」

と竜寿はそっけない返事をしたのだった。



 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る