第45話 古典的なお見合いを

 研修旅行なるものは、不慣れなままに時が進み無事かどうかは判断できないが特段トラブルなく終了を迎えた。久しぶりの陸地、いや家へと帰ってきたわけである。だが、まだ高校生のお楽しみである夏休みはまだまだ残っている。

 やはり、家にいる時間の方が落ち着いた雰囲気で過ごすことができるというのは俺のささやかな成長なのであろう。


 などと頭に思い浮かべていると朝が来たようだ。毎度のことながら、俺はそんなに用事が無い日というのは惰眠をしていたい人間なのだ。しかし、そうはいかない。零は夏休みだろうがなんだろうが俺より早く起きて、朝食の準備をし、そして俺を起こしにやってくるのである。だから、いつも俺の寝ているベットは一人分のスペースが暖かいが誰もいないという現象が起こっているのである。



 「涼さん、起きてくださ~い。朝ごはんですよ~。」


 「あ、うん。」


 規則正しく朝7時ともなれば、この有り様である。まぁ、確かに今は夏休みでつまりは季節は夏真っ只中で朝8時なり朝9時でもう気温はバカみたいになっているのでまだ涼しい内に活動開始は良いことだろう。

 食事用のテーブルに行けば、栄養バランスが細かく管理された朝食が美味しそうに並んでいる。その辺のヘルシー食堂とは雲泥の差とまで言えるほどだ。


 「相変わらず、すげぇ美味そうだな。」


 俺の好みを知っているのは、もちろんのこと零に和食を作らせてしまえば天下一品である。


 「ありがとうございます。朝食は大事ですから。」


 あぁ、こんな人と婚約できるとか自分でも夢かと思ってしまう。


 「そういえば、涼さんは今日何かご予定はありますか?」


 改まって零が尋ねる。もちろん、この暑いであろう日に予定はない。


 「いや、何もないよ。」


 俺の返答を聞くと、零はどことなく嬉しそうな素振りを見せた。


 「ちょっとお願いがあるんですけど、午後に私とお見合いして頂けませんか?」


 「はぁ?」


 今日も今日とておかしな事が巻き起こりそうだと察しがついた。




 零曰く、東雲グループは長く歴史のある会社に家系のため、昔のおかしな伝統も残っているらしい。その一例が、「お見合い」だ。昔は、親戚などの婚約も含めて「お見合い」が多くあり、単純に出会い探しの面と他の親戚や会社への牽制もあるとかないとか……。零の場合は、孫娘で五十六氏から溺愛されているというのは他の派閥企業や関係者でも周知のことで零に近づこうとする者は多いらしい。

 そこで、「お見合い」を公に行って、婚約もしくはそれに準じる者がいると知らしめたいらしい。まぁ、その最悪なパターンが数年前の積氷グループだとか…。

 


 お見合いと言ったが、俺と零の場合は形式的にやるだけで中身は単純にデートであろうと思っているつもりだ。


 すると、家の前には黒塗りの怪しいそうな高級車が二台ほど止まっていた。準備が早いようで、そして俺はまたどこかへと連れていかれるようだなと察してしまった。


 俺と零は二手に分かれてどこへやらとなってしまった。


 「萩原様、おはようございます。どうぞ!」


 黒塗り高級車のドライバーから案内を受けて、乗車した。金持ちなり大企業の社長なり会長なりはこんな生活を毎日しているものかと思ってしまう。

 危なげのない丁寧な運転に身を任せて、まず着いたのは、これまた高級そうな洋服店であった。黒塗りの高級車から解放されると次に俺を待ち受けていたのは、いかにも高そうなスーツを着たその店の店長であった。


 「萩原様、おはようございます。私は、責任者の黒田と申します。本日は、よろし くお願い致します。」


 呆気に取られて何も返答できなかった。


 「東雲様から萩原様のことを伺っておりまして、私どもの方で何点かご用意いたしましたので…。」


 「俺、何も聞かされてないんですけど、零が何か言っていたんですか?」


 「はい、東雲様から萩原様のお体のサイズであったり、素材やデザインなどをオーダー頂きました。そして、本日のお見合いの時に着用して頂きたいとのことでした。」


 「あぁ、そうですか。零のオーダーですか……。なるほど、合点がいきました。」


 全てを見抜いた探偵のような気分に陥ったが、やはり、零のいつものやつであった。だが、零がオーダーしただけあってサイズはとてもしっくりくるし、デザインや素材のチョイスに関しては黒田さんも舌を巻くほどであった。


 「萩原様、本日はありがとうございました。東雲様にも宜しくお伝え頂けると幸いです。洋服をご要望の際は、当店をよろしくお願いいたします。」


 「はい…。」


 黒田さんからの挨拶を頂いて、お店を後にする。


 あの爺さんが開催する食事会やパーティーでも感じることであるが、スーツ姿というのはあまり慣れないものだ。それに、これほど上等なものとなれば尚更だ。

 そこそこの時間、車に揺られていくと、高級感且つどこか落ち着いた雰囲気を持った旅館へとたどり着いた。


 「萩原様、お疲れ様でございました。こちらでお見合いが執り行われます。」


 「あ、あそうですか。ありがとうございました。」


 って言われてもなぁ。こっちは何も聞かされてないんだよとは言えなかった。先ほどから着ているオーダースーツで俺の外観も多少は良くなっている。


 旅館と言えど、その辺の旅館とはわけが違う。東雲グループが多額の補助を出しており、高級宿のランキングでは常にトップ3入りを果たす旅館で名を「碧玉(へきぎょく)」という。以前の「星宮リゾート」も高級宿ではあるに違いないが、ここはそれ以上だ。単純に、爺さんがここを気に入って補助を出しているのだ。経営不振に陥ったことは無く、利益はとんでもなく多いのもここの特徴だ。理由は簡単で、経済界や金融界の著名人やお偉いさんに芸能人、資産家などの超富裕層しか泊まらない、いや泊まれないからだ。裏情報だと、不倫や浮気に違法すれすれの契約、取引の場所としても使われるとかなんとか。


 「萩原様、本日は碧玉をご利用ありがとうございます。本日、萩原様と東雲様を担当させていただく佐伯と申します。何なりとお申し付けくださいませ。」


 胸には総支配人と書かれた名札を付けていた。No.1が世話係に付くとは、金持ち企業の見合いってそんなにヤバいのか……。


 「本日は、この後13:00から碧(みどり)の間で東雲様とのお見合いがございますので、そちらにご案内いたします。」


 「は、はあ」


 もうすでに大変疲れている。総支配人は俺にやたらと丁寧に今日の流れを説明するわ、黒田さんは荷物持ちで一緒についてくるわ、周りの宿泊客には物珍しい視線くれてるわで・・・。爺さんと参加した取締役会とか会食で会った人っぽいのもいた気がするなぁ。




~碧の間~


「こちらが碧の間になります。東雲様は中でお待ちですので。私はここで失礼いたます。何かございましたら、お呼びください。」


 旅館の客室では最上であるらしい。俺の好みにバッチリ合うような、和風の離れをイメージするかのような部屋であるとの説明を受けた。

 意を決して、部屋の引き戸に手をかける。そこで、皮靴を脱ぎ、零がこの奥にいるのであろう襖を開ける。



 零はテーブルを挟んで奥に座っていた。最初に目が合った。少し緊張してなのか頬に力が入っているのが分かった。だが、それは瞬く間に微笑みへと変わった。とても可愛い笑顔になった。



「お主を待っておったぞ。」


 俺の予感は的中したようだ。



 



 

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